衝突女×キング
大騒ぎの教室から走って逃げた私は、あてもなく廊下を歩いていた。
これからどうしよう。
冷静になって思い返すとだいぶ大変なことしちゃった。
教室であそこまで大暴れしてのこのこ授業受けに戻るのも格好がつかないし。
かといって早退しようにも荷物は教室だ。
となると行けるところは……。
「あ、馬場ちゃんのとこがあった」
いっつも休み時間や放課後にしか行っていなかったが、彼の事だ。授業だってサボっていることも十分あり得る。
「となると屋上だな、急がなきゃ」
左手の腕時計を見て呟く。
もうすぐ授業の予冷が鳴ってしまう。
そしたら移動する教師にみつかって面倒なことになるのは明白だ。
そうして焦って廊下を小走りで移動していたからか、曲がり角で曲がってくる人に気付かず、ぶつかってしまった。
身長140センチのミニマムな私とは言え、小走りでぶつかれば相手をよろめかせるくらいはできる。
普通ならよろめかせるだけですむが、今回は不運なことにぶつかった相手が手にカップ型のジュースを持ち、なおかつそれを飲んでいた。
「いたっ!」
「ブッ!」
前者は私が後ろに倒れ尻もちをついた声。
後者は私がぶつかった相手がジュースを自分の顔にぶっかけた声。
周囲に柑橘系の香りが漂う。
「え、ちょ、おま、え?」
突然の事に混乱しているのかジュースをかぶった男子生徒は意味のない言葉を吐いている。
「うわ、ごめん。とりあえずこれ使って」
ポケットからハンカチを取り出して彼に渡す。
「お、おぅ。サンキューな……じゃねーよ! どうしてくれんだよ!」
素直にハンカチを受け取ったかと思ったら、混乱から覚めたらしくいきなり怒鳴ってきた。
いや、ぶつかったのは悪いけど怒鳴るほどじゃなくない?
「いやどうしろって言われても、どうしようもない……ですけど」
相手は上履きの紐の色が青なので三年生だ。とりあえず敬語を使っておく。
だが、私のその答えに先輩は満足しなかったらしい。
「ふざけんなよ! こんなんじゃ授業出られないだろうが!」
「……ちゃんと拭けば大丈夫ですよ、学ランだから色だって目立たないし、かかった量だって大した量じゃないですから」
「臭いはどうするんだよ! 甘ったるい臭いなんかさせてられるか!」
一体この先輩は私に何をさせたいんだろう?
というかそんな大声出さないでくれよ、先生に見つかる。
キーンコーンカーンコーン
タイミングの悪いことに丁度予鈴が鳴ってしまった。
「チッ、仕方ねぇな」
先輩は舌打ちをして呟く。
許してくれるのかな?
柑橘系だって悪くないよ、香水って言い張ってみれば?
……無理だね、ジュースには砂糖が大量に入ってるせいで甘ったるい臭いになってるし。
「んじゃホレ」
そういって先輩は手のひらを上に向け、右手をこちらに出してきた。
「はい」
「いやちげーよ! 何で手を乗せてんだよ! サイフ出せよサイフ! それで勘弁してやるからよ」
あぁ~、サイフね。
いや、わかっててからかっただけだけどさ。
こんな人に真面目に取り合ってもいいことないし。
てかサイフ出してほしけりゃ最初っから言えばいいのに、めんどくさいな。
まぁいいや。こういう時の対応は一つだ。
私には必殺技がある。
「持ってません」
「持ってねーわけねーだろ高校生にもなって」
「ママがまだ早いって言うの」
「まぁ、小学生にはまだ早いもんな……ってなんでだよ! テメー制服着てるしうちの生徒だろうが!」
なんだこの人、勝手にノリツッコミとかしてきて変な人だな~
「なんだこの人、勝手にノリツッコミとかしてきて変な人だな~」
「漏れてるからな! 心の声ダダ漏れだからな!」
体格を生かした『必殺!子供のフリ』をしたけど流石に制服着てれば効かないか。
でも先輩ちょっと待とう、わたしがやったのは中学生の真似だ。
あれ? 普通中学卒業までサイフとか買ってもらえなかったよね?
「お前ふざけんなよ……!」
先輩の目が剣呑な光を帯びてきている。
おっと危ない危ない、からかいすぎたか。
でも去年買った愛着のあるサイフなんて渡したくないしな~。
大した金額入ってないけど、もちろん中身だって渡したくない。
でも喧嘩すればさすがに体格差で負けるし。
逃げても体格差で捕まるし。
あれ? これ詰みじゃない?
「ハイ、そこまで」
パンパンと手を打つ音と共に、涼やかな聞き覚えのある声が割って入ってきた。
「奥間先輩!」
「げ、キング!」
前者は私、後者はカツアゲ先輩。
あれ、なんかコンビニのホットスナックみたいになったな。
よし、カツアゲ先輩はカツアゲ君と呼ぶことにしよう。
そこにいたのは知り合いの先輩、奥間修介先輩だった。
いっつも穏やかな笑みを浮かべている優しい人だ。
なんでこの人が『小城高校で絶対に敵に回してはいけない四人(通称:小城四天王)』の一人『キング』なんて呼ばれているのか未だにわからない。
でもカツアゲ君の反応を見る限り『キング』の二つ名は伊達じゃないみたい。
「最初から見てたよ。君は彼女からお金を取るつもりみたいだけど、君にだって非はあるだろ。カップジュースは指定場所以外で飲むことは禁じられてる。今回みたいにこぼして校舎を汚す可能性が高いからね。そのルールを破っておいて人からお金取ろうなんて厚かましすぎないかな?」
今だって正論を述べて私を助けてくれているに過ぎない。
うーん、見事な紳士だ。
カッコいいぞー先輩!
「チッ、わーったよ」
「わかってくれてうれしいよ」
舌打ちして去って行こうとするカツアゲ君。
「あ、待ってください!」
その背中に声をかける。
「あ? まだなんかあんのか?」
不機嫌そうに振り返るカツアゲ君。
その眼をまっすぐ見て、頭を下げる。
「本当にすいませんでした」
……まぁ、ちゃんと謝ってなかったからね。
筋は通さないと。
「今度から気をつけろよ」とか言いながらカツアゲ君は去って行き、奥間先輩と二人残された。
「先輩戻んなくていいんですか? もう授業始まりますよ」
「あぁ、そうだね。もうこんな時間か、仲遠さんも急いだ方がいいよ」
「あ、お気遣いなく。私は放課後までサボタージュするんで」
先輩はその言葉に一瞬キョトンとし、次には笑い出した。
「ハハハッ! 堂々としてるね、いやー羨ましい。それじゃ先生達に見つからないように気をつけて、またね~」
そう言い、先輩は背を向けて去っていった。
「あれ? でもなんでこんな時間に先輩はあんな所にいたんだろう?」
☆
告白されて教室から逃げ出したって聞いたから焦って探したけど、心配して損した。
カツアゲされてたことには驚いたけど、そのカツアゲしてきた相手をからかって遊んだことには驚きを通り越して、呆れ笑いが出てきたよ。
ちょっとからかわれすぎて相手が熱くなったから割って入ったけど、どうなるか最後まで眺めていたかったってのが本音だ。
いや~、でも傷ついてるかと思ったけど、全然そんな風に見えなかったな。本心のとこじゃどうかわからないけど、堂々とサボタージュ宣言出来るくらいの元気があれば問題ないだろう。
となると、関心はあの二人に移るな。
振られた彼等がこれからどう動くか、興味はつきない。
ホント、見ていて飽きない後輩たちだよ。
脳裏に部活の後輩コンビを思い浮かべながら、俺は自分の教室へと戻った。
11/20 キング関連の細部と、書式手直し、タイトル変えました(旧・逃走女×キング)
11/21 高校一年の時に買ったサイフが新しいわけないので修正
02/06 誤字修正