ブチ切れ女×絶交
「は?」
思わず疑問の言葉が出る。
今コイツはなんて言った?
言われた意味が理解できず混乱する。
好きだ?
付き合ってくれ?
単語の意味は分かるけど、頭がそれを正しく処理しない。
一年間も放っておかれた幼馴染からの告白だなんて、訳が分からない。
助けを求めて周囲を見回すと、注がれている好奇の目、目、目。
先程まで勝負の行く末に注目していた視線が丸ごと移っている。
カァーと顔が熱くなる。
教室中の生徒が私に注目していた。
否、ただ一人。
焼きそばパンを持ったままうなだれる男子一人だけは、私を見ずにじっと何かに耐えるように床を見ていた。
彼を見た瞬間、なぜだか……一瞬で冷静になれた。
頭も体も冷たく冴えわたる。
そうして気づく。
賭けられていたものが何だったのかということに。
彼らが何のために勝負していたのかということに。
傲慢かもしれない、二人の幼馴染から好意を向けられていたなんて考えるのは。
でも、状況的に見てそうとしか考えられない。
その答に行き着くと体が再び熱くなる。
だが今回は羞恥ではない、体の内側から燃えるような思いが湧き上がり、それが体を熱くする。
「ではここで仲遠さんに告白の返事を聞かせてもらおうと思います!」
突然の出来事からいち早く立ち直った山岸が、私に教科書マイクを突き付けてきた。
そんなものは無視して、彷徨わせていた視線をしっかりと前に向ける。
ガッチリと京平の視線とかみ合う。
……コイツ、この一年の間にまた身長伸びたんじゃないか? ちょっと見上げる感じで首が痛いぞ。
いや! 今はそんなことはどうでもいい!
とりあえずこの体の奥から湧き上がってきた思いをそのままに口に出そう。
このまま内に溜めこんだら爆発しちゃいそうだ。
勿論この激情は、恋とか愛とかそんな甘ったるいもんじゃない。
この激情は……怒りだ。
「京平、アンタさぁ。どの面さげて告白とかやってんの?」
思った以上に低い声が出た。
「この一年、透流と二人で私を賭けて男同士の真剣勝負をしてたってわけ? 勝った方が私に告白だとか?」
「あぁ、そうだ「バッカじゃないのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
京平の言葉に怒声を被せて打ち消す。
うん、肯定の言葉が聞ければもういいです、しゃべんな。
「一年間も放っておいて、いきなり告白だぁ!? 常識で考えろ。そんなもん受けるか! いきなり無視されて二人っきりでいちゃこらされてみろ! 百年の恋だって冷めるし幼馴染だって嫌いになるわ!」
いきなりの私の豹変に、京平だけじゃなく周囲の人も驚く気配がする。
あぁ、私高校入ってからは髪も伸ばしたし結構おとなしくしてたから知らない人も多いか。
ごめん、私の本性はこんな感じなんです。
心の中でクラスメイトに謝罪しながら言葉を続ける。
「そもそもなんで勝手に私を賭けの景品にしてんの? しかもそれって告白すれば私がアンタたちと付き合うこと前提の賭けだよね? どんだけ自信家なんだよ! 私がアンタ達に惚れてるってか、振られる事なんてありえないってか、自惚れんな!」
捲し立てると、呆然と横に突っ立っていた山岸の手から教科書を奪い取る。
その教科書の角を右手で持ち振りかぶり、
「つーか『付き合ってくれ!』って何様のつもりだ! 『付き合ってください』だろうがぁぁぁ!」
気合一杯に放つ。
放たれた教科書は綺麗に縦回転しながら一直線に京平の顔へと飛び、顔面に突き刺さった。
「フゴッ!」
とかくぐもった声を上げて京平は後ろへと倒れる。
「俺の教科書ぉぉぉ!」とかって声が聞こえるが知らない、野次馬は痛い目に合うのだ覚えておけ。
京平を駆逐したあとは教室のさらに奥に視線をやり、叫ぶ。
「透流!」
呆然と下を向いていた透流が顔を上げた。
「アンタ、本気で好きなんだったら勝負とか細かいこと考えずに告白してみなよ」
その言葉に透流の目に生気が戻る。
透流は音を立てて立ち上がると
「一颯! 俺「でも告白されても絶対に振るけどね!」
透流の言葉をぶった切って振ってやる。
案の定告白してきた透流の奴にカウンターを喰らわせると、ガックリと膝を地面につき、そのまま両手も地面について四つん這いになってしまった。
おい、クラスメイトのみんな。まだこのクラスになって数週間だ。お互いよく知らないだろ。だからそんな恐ろしいものでも見るような目で私を見なくてもいいじゃないか。
そんな透流にスタスタと―途中で教科書を抱いてた山岸からそれを奪い―近づき、彼の前に立った。
手に持った教科書を丸めて右手に持ち、振り上げる。
「一年間も放っておいたのはこんなくだらないことのためか!」
地面を見下ろしていた透流の後頭部を思いっきり引っ叩く。
透流は踏ん張る気力すらなかったのか、殴られた勢いのまま床へと激突し「アグゥ」とか呻き声をあげている。
手に持った教科書をポイと放り捨てて―「俺の教科書ぉ……」とか聞こえてきたが気にしたら負け―顔を抑える二人の幼馴染を仁王立ちで見下ろす。
「アンタらが勝負をしていた理由もわかった、だけどそんなくだらないことで一年間も無視されたかと思うと怒りなんておさまらないわ、今日この日をもってアンタ達とは絶交よ!」
そう言い捨てて、私は教室を飛び出した。