朝×不穏
私が登校して下駄箱を開けると、上履きの上に便箋が乗っていた。
それを溜息とともにカバンに仕舞い込む。
転校してきてから数週間。
この頃毎日このようなイタズラがされている。
ラブレター。
とこれは言っていいものなのかどうか。
ただ転校生が珍しくてチョッカイかけてるだけだと思う。
だってそれほど長く時間を過ごしたわけでもないのに、簡単に好きになるものなのだろうか。
それに内容もほとんど似たような感じだし。
放課後に校舎裏に来てくださいとか、オリジナリティのないものばかり。
そして決定的だったのが告白を断ったあとに彼らが漏らした「これで66連敗か」という言葉。
数えたわけではないが私が振った数なんだと思う。
多分これは私が告白を断るものだから、誰だったら告白を受けるのかと言う一種の遊び。
なんの気持ちも籠っていないただのイタズラ。
だからこうも連日、ラブレターを送ってくるんだ。
礼儀として呼ばれたらちゃんと出向くが、ハッキリ言って知らない人からの告白を受けるつもりもないし無為な時間を過ごしている気がしてならない。
なにより、自分がイタズラの的にされているという事実は昔の事を思い出して、少しキツイ。
「おっはよ~! 岩飛さん!」
朝から憂鬱な思考にはまりかけるが、背後から掛けられた元気のいい声が強引に現実に引き戻す。
「……あ、はい、おはようございます仲遠さん」
「もー、暗いな岩飛さんは。挨拶はもっと元気にしないと」
「朝が苦手な人だっているんだよ、一颯」
「俺は朝、超好きだぜ!」
「京平には言ってないし、別に苦手な時間もないでしょ」
「まぁな! 朝昼晩いつでも好きだ!」
ダメ出しをしてくる仲遠一颯の後ろには、いつもの様に加藤君と田中君がついていた。
本当にいつも一緒にいるな、この3人は。
……昔と変わらずに。
「お姉さま!」
その時、廊下側から声が掛けられた。
そちらに目を向けると身長の高い1人の女生徒。
後輩で私を慕ってくれる竹野姫愛ちゃんだ。
「……おはよう、姫愛ちゃん」
「おはようございますお姉さま!」
この娘も朝から元気だなぁ。
何かいいことでもあったのかしら。
「姫愛ちゃんだ! オッハヨー!」
「な、仲遠先輩たちもおはようございます」
姫愛ちゃんはまだ仲遠一颯との距離の取り方に戸惑っているのか、言葉に固さが残っている。
そこまで緊張することではないと思うけど。
そんなことを考えていたら不意に
「おはようございます! 姉御!」
という大きな声が玄関ホールに轟いた。
「朝っぱらうっさい!」
「す、すいません」
声の主は1年生の御門君。
仲遠一颯を慕っている後輩だ。
朝の玄関ホールでの大声は否応なく視線を集める。
しかしその視線に晒されながらもまるで臆することなく堂々と立っていられることは素直にすごいと思う。
「ハァ、玄関が騒がしいと思ったらアンタらは……」
遠巻きに眺めている集団の中から、そんなことを言いつつ1人の女子生徒が歩み出てきた。
あれは――
「……おはようございます、黒須さん」
仲遠一颯の親友、黒須恵子さんだった。
「ん、おはよ岩飛さん」
短く返してくる彼女はいつもと変わらずにクールでカッコいい。
ただ、いつもより少しだけ元気がないような気がする。
「恵子オッハヨー!」
「……」
「何で返してくれないの!?」
「テンション高くてついていけないのよ、朝弱いんだから、私」
なるほど。
黒須さんは朝が苦手だったらしい。
確かに今も眠そうに目が細められている。
でも今日は珍しい。
朝の玄関に写真部のメンバーがこんなにも集まるだなんて。
なんだか新鮮だ。
ここに部長さんが来れば勢揃いなのに。
「おぉ、皆そろって一体どうしたんだい?」
そんなことを考えていたら、爽やかな笑顔を浮かべた男子生徒が声をかけてきた。
上履きの色から判断するに3年生だ。
「「部長!」」
「「げっ!」」
前者は田中君と加藤君。
後者は仲遠一颯と御門君。
声をかけてきた先輩に対するそれぞれの反応だ。
ちなみに黒須さんは眠そうにボーっとしてるし、姫愛ちゃんは人見知りを発動して私の後ろに隠れている。
「やれやれ、嫌われちゃったもんだな」
「変態には当然の反応です」
「僕は仲遠さんと以前の様な仲の良い関係に戻りたいんだけどね」
「それはホント無理ですから」
「そうだそうだ! 姐御に近づくんじゃねぇ変態!」
「ハハッ、中々傷つくなぁ~」
その先輩と仲遠一颯が微妙な距離感で会話をする。
仲が良いってわけじゃなさそうだけど、一体どんな関係なんだろう。
「……姫愛ちゃん、あの先輩は誰?」
私は背後の姫愛ちゃんに尋ねる。
「え、お姉さま知らないんですか? あの人は小城四天王の1人『キング』の奥間先輩ですよ」
聞いたことがない。
そもそも小城四天王って何?
「……ごめん姫愛ちゃん、小城四天王って何?」
「小城四天王はこの小城高校において、絶対に敵に回してはいけない4人の生徒の事です」
「……そんな人たちがいたの?」
全く知らなかった。
まぁ、私は友達がいないからしょうがないか。
そういう話を教えてくれる相手がいないもの。
「いるもなにも、そのうちの1人とはほぼ毎日会ってますよ?」
「……え?」
「小城四天王『クイーン』こと九条院部長です」
「……知らなかった」
なんだか底知れない人だとは思ってたけど、まさかそんな四天王とか呼ばれてる人だったとは。
失礼なことしてなかったかな、私。
その時、ギャラリーがざわめく。
「朝から玄関でウチの部員に絡むなんて、いい度胸ですわね奥間君」
噂をすれば何とやら。
ウェーブのかかった髪を靡かせて現れる1人の綺麗な女子生徒。
我らが部長、九条院華理奈先輩の登場。
さっきのざわめきは部長が現れたからか。
「おはよう九条院さん。でも心外だな、絡むだなんて。僕はただ会話をしていただけだよ」
「それが絡んでいると言っているんです、貴方の様な人間と会話をしているだけで悪影響です」
「……俺って九条院さんにこんな嫌われるようなことしたっけ?」
「自分の胸に手を当ててじっくりと考えてみればよろしいんじゃない?」
なんだか険悪な雰囲気。
美形の2人が対峙するとだいぶ迫力あるな。
「……姫愛ちゃん、あの2人は仲が悪いの?」
「いえ、私もそんな噂は聞いたことはないです。何なんでしょう」
首をかしげる姫愛ちゃん。
体が大きくて気づきにくいけど、この娘のこういう節々の所作は可愛いものが多い。
「あの2人は去年ちょっと色々あって仲悪いのよ。とは言っても部長が奥間先輩の事を一方的に嫌ってるだけだけど」
「……そうなんですか」
首をかしげる私達2人に教えてくれる黒須さん。
『ちょっと色々』ってどんな事なんだろう?
「まぁ、そんなことよりも人集まりすぎね」
「……そうですね」
言葉通り、先程よりも明らかに私達を囲む人が多くなってると思う。
あの先輩と九条院部長が四天王で有名だからかな。
私の背中の後ろにいる姫愛ちゃんはその人だかりを見て「ヒッ」と一層体を縮こませる。
そんな大勢のギャラリーにも構わずに2人の先輩は話し続ける。
「考えてみてもわからないから訊いてるんだけどね」
「確かにそんなお粗末な頭じゃ考えてみてもわからないかもしれませんね、酷なことを言ってごめんなさい」
「心当たりがないってことだよ、別に頭の出来は関係ないさ」
「頭の出来が悪いから何が悪かったのかにも思い至れないと申してるんです、そんなことも理解できないんですの?」
キツイです、部長。
「部長! 言いすぎです、言い過ぎ!」
「九条院先輩落ち着いて! 周りの生徒達に見られてますって!」
「悪い噂がたっちゃいますよ!」
仲遠一颯達が部長を止めに入る。
確かに、いつも笑顔を浮かべている部長がこれほど強く人を攻撃するとは想像していなかったことだ。
こんな姿を見られてしまえば悪い印象がついてしまうのは避けられないだろう。
……もう手遅れな気がしないでもないが。
「そんな噂、流せるものなら流せばいいわ! すぐ発信源見つけ出してソイツのネタを弄って、もっとひどいのにした後で上書きするだけよ!」
物騒なことを口走る部長。
なんて恐ろしいことを考えるんだろうかこの人は。
しかし効果覿面。
ギャラリーのあちこちで携帯電話を片づけるのが見えた。
多分密かに写真を撮ったり、メールを打っていたのだろう。
噂を立てられたらもっとひどい噂で上書きする、なんて恐ろしいことを考える人の敵になんかなりたくないもの。
「まったく、そんなことばっかり言って脅かしてると友達いなくなるよ九条院さん」
「うるさいですよ露出狂」
「はぁ、何度言ってもわかってくれないんだね。僕は別に脱ぎたくて脱いでいるわけじゃないんだよ。脱ぐことで誠意を見せようとしているだけさ!」
「どんな理由があるにしても脱いでるのなら露出狂ですわこの変態!」
なんかただの悪口になってる気がする。
というより脱ぐとか露出狂って何?
「……姫愛ちゃん、部長が脱ぐとか露出とか言ってるけどなんなの?」
「あぁ、あれですか。あっちの奥間先輩はやたらと脱ぎたがるらしいんですよ。『これが僕の誠意だ!』とかなんとか叫んで、まぁ、噂ですけどね」
何だそれ。
変な人がいるんだな~。
そんなことを考えていたら――
「今日は朝っぱらから人が多いな、何やってんだ?」
そんな声が玄関ホールに響いた。
声を発したのは見覚えのある男子生徒。
天然の銀髪を狼の様に逆立たせたクラスメイト、馬場要君だった。
「馬場ちゃんおはよ!」
その彼にいち早く仲遠一颯が話しかける。
「よぉ、仲遠。で、一体これはなんなんだ?」
「うーん、いつもの様に部長と奥間先輩のケンカ?」
「なんで疑問形なんだよ……まぁ、大体分かったわ」
「え、それじゃ何とかしてくれたりする?」
「は? なんで俺がんなことしなきゃならねーんだよ。メンドクサイ」
「え~」
「お前らだってあんな痴話喧嘩なんてほっとけよ」
「いやいや、流石にほっとけないって!」
「それよりも馬場ちゃん! 私と奥間君がち、ち、痴話喧嘩してるだなんて誤解もいい所ですわ!」
「あぁ、ハイハイ。すいませんでしたね。ま、俺は教室行くぞ」
そう言って背を向けて歩き出す馬場君を、仲遠一颯の声が追いかける。
「この薄情者!」
「……いや、だってな――」
歩みを止めて振り返る馬場君。
それと同時に――
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が響き渡り
「HR始まるぞ?」
馬場君の言葉の終わりを待たずに、ホールに集まっていた人の全てが一斉に走り出した。
◇◆◇
「……調子のってんなよ」
教室へと急ぐ途中、不意にそんな声が聞こえた。
ボソッと。
囁くような声量。
ともすれば空耳かと思ってしまうような小さな小さな声。
それが私の耳に届く。
思わず周りを見渡すが、多くの人が教室へと向かっている最中であり、誰が言ったのか見つけることはできなかった。
『調子のってんなよ』
その一言が私の心にズキンと突き刺さる。
純粋な悪意に思わず体が震えた。




