焼きそばパン×告白
春のうららかなある日、教室内には喧騒が響いていた。
「いっけぇぇぇ! 田中!」
「負けんなよぉぉぉ! 加藤!」
そんな声援を受けながら机に積まれた焼きそばパンを口に詰め込んでいるのは二人の男子生徒。
田中透流と加藤京平。
この学校では多くの人が知っている有名人。
彼らはいつでも一緒にいて、そしていろんなことで勝負する。
別に仲が悪いわけじゃない、それは誰もが見ていてわかる。
ただ何かと“勝負”をするのだ。
何かを賭けているのか、二人とも真剣に全力で勝負している。
それがどんなにバカらしいことであっても。
そして彼らが有名な理由がその勝負の結果にある。
彼らは未だ共に無勝無敗、全引き分けなのだ。
始めは今年の新入生にはバカがいると思って見ていた同級生や上級生も、彼らの勝負のつかない勝負に段々と熱中していった。
今では学校非公認で彼らを利用した賭博組織が出来ているという噂を聞いたことがある。
また、彼らの容姿はともに優れているらしく、ファンクラブまであるらしい。
「優しげな田中君とワイルドな加藤君、どっちが好み?」
とか言う質問が女子たちの間で流行ったのは去年の6月くらいだったか。
ちょうど体育祭の時期で彼らが大活躍したことも知名度アップに拍車をかけていた。
まぁ、そんな学校の有名人は「私」こと仲遠一颯にとってはちょっと特別な存在である。
「幼馴染なんだっけ?」
彼らを横目で見ていたら、お弁当を広げた机の向こう側、正面に座る少女が問いかけてきた。
艶やかな黒髪を肩口で揃えた彼女の名前は黒須恵子。高校に入ってからできた友達だ。
「うーん、一応」
「一応って何よ?」
「あっちはそう思ってないだろうし、私だってあいつらの事なんか幼馴染だなんて思ってないから」
お弁当箱の卵焼きをつまんで、口に運ぶ。
うん、うまい。今日のは出来がいい。
「この一年間まともに話してないんだよ、あいつらとは他人だよ他人」
「……喧嘩とか?」
「いや、全然心当たりない。透流が『高校に入学するまで距離を置こう、そうしないとダメだ』とかなんとか言ったから受験勉強に専念したのに、高校入学したら無視されたんだ。やってられないよ」
嫌なことを思い出した。
むしゃくしゃした気分をうまいお弁当を食べることで押し流す。
「ふーん、あ、そういえば新入生勧誘どうする?」
私が不機嫌になったのを察してか、話題を変えてくれる恵子。こういう気遣いがうれしい反面、気遣わせてしまう自分に自己嫌悪。
でもどうしようもない。
悪感情が制御できない。
一年経っても私は彼らとのことを整理できていないから。
なんで彼らが私を無視するようになったのか、私が悪かったのか、自問自答しても答なんか出ず、彼らに訊きに行こうとしても逃げられる。
去年の入学当初はホント地獄だった。
今まで一緒だった奴らがいなくなっただけで私はとんでもない喪失感と孤独を味わっていた。
それを救ってくれたのが目の前の少女と、部活の先輩だった。
だから彼女達には感謝しているし、迷惑をかけたくないと思っている。
でも当時の事を思い出すと心が澱んでしまう。
「なんかでっかいことパーッとやろうよ! 部長の傑作を大パネルにしたりしてさ!」
だから殊更明るい声で暗い感情を振り切った。
「もぅ、そんなスペースとれないでしょ、私たち弱小写真部なんだから」
呆れた声を出しながらも恵子が笑う。
「確かに……、今年新入部員二人以上はいらないとヤバいよね」
「部活動の活動規定では部員数5人以上が原則、去年先輩たち三人が抜けちゃって今は部員三人だからね~」
「やっぱり派手なことして注目を集めるべきじゃない?」
「部活動の勧誘スペースやアピール時間は部員多かったり実績のある部活が優先されるから、あんまり派手なことできないよ」
「むむむ、負のスパイラルだよねこれ! 生徒会長に直談判して変えてもらおう!」
「あれ? 一颯は生徒会長が誰か知ってるの?」
「……誰だっけ?」
「はぁ、三年の貴志先輩だよ。奥間先輩と同じクラスの3-4だったかな? まぁ、どっちにしてもいきなり行った所でどうにもならないから座りなさい」
立ち上がりかけた腰を椅子におろす。
「まぁ、現実的に考えて地道なチラシ配りと活動アピールかな。写真部だから他の部活を撮りに行けばその部活を見学している人にもアピールできるし」
「うわー、横取りとか流石の腹黒須」
「なんですって~」
そういうや否や、恵子の右手が素早く動き私の額にデコピンが刺さった。
「イッタ~!」
うめきながら額を抑える。
ゴンとかドンとか擬音のつきそうな威力のそれが、どうしてそんな細い指から放てるのか不思議でしょうがない。
ゴリラ女め。
「……もう一発いっとく?」
不穏な何かを感じたのか、恨みがましく指を見ていた私の目の前でデコピンを素振りする恵子。
フルフルと首を横に振り否定の意を表しておく。
そんな馬鹿話をして昼休みが中頃までさしかかった時、
ウォォォォォォォォォォオオオオ!
と言う歓声が突然に教室を埋めた。
反射的に声の発生源を振り返る。
そこには半分ほどの食べかけの焼きそばパンを右手に持ちうなだれている透流と、立ち上がり右手を拳にして頭上に掲げている京平がいた。
「なんと、なんと無勝無敗全引き分けの勝負に今日決着がついた! 勝負のつかない勝負に勝敗がついた! 勝者はザ・ワイルド! 加藤京平だぁぁぁ!」
クラスのムードメーカー、サル顔の山岸が大声で実況している。
周囲の反応は賭けに勝って喜んだり、泣いたり、彼らの健闘を称えたり、勝負が遂についたかと寂寥を感じたりと様々だった。
ただ共通しているのは「なんでこんな勝負をしていたのか?」という疑問の答えを期待していた。
それは今までも話題に上ったことだが当人たちが口を割らなかった為に推測でしか語られなかったことだ。
それがたぶん今日明かされる、皆の期待はそれだった。
かくいう私も、ちょっぴり興味があった。
奴ら二人の事は大嫌いだけど、なんでこんなことしてたのかは純粋な興味が勝る。
「コホン、では加藤よ、皆が気になっていると思うことを代弁して聞くがなんでこんなことしてたんだ?」
教科書を丸めてマイクの代わりにした山岸が加藤にそう質問した。
騒いでいた教室は静まり返り、皆の視線がすべて京平へと集中した。
みんなから集中された加藤は差し出された教科書マイクをシッシッと手の動きで払い、一呼吸する。
そしてまっすぐに私を見た。
(ん? なんでこいつは私を見ているんだ?)
なまじ注目していた分バッチリと目が合ってしまう。
(てかなんでコイツはこんなに赤くなってるんだろう?)
京平の顔は耳まで真っ赤である。
静寂が占める教室の中、遂に京平が口を開き、
「仲遠一颯! お前が好きだ! 付き合ってくれ!」
……今なんつった?
11/20 桜間先輩→奥間先輩に変更