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今世は『神の子』扱いされているので、推しを『巫子』として養います!

作者: 下菊みこと
掲載日:2026/06/30

「…お初にお目に掛かります、神の子さま。僕はアルフレッド。こちらは兄の、アーサーです」


白布の帳の向こう側で、アルフレッドが震える声で頭を垂れていた。その隣で、泥にまみれたアーサーが鋭い眼光でこちらを睨みつけている。


(嘘でしょ。本物? 本物の花騎士のラピスラズリ兄弟じゃん!!!)


内心の限界オタクの叫びを、私は完璧な「神の子」の仮面で叩き伏せた。


前世は過労死寸前の社畜OL。当時の生きがいは『花騎士』のラピスラズリ兄弟だった。(ブラコン共依存兄弟キャラ、兄のアーサーも弟のアルフレッドも推し)


ちなみにこの世界、元の現代日本でもラピスラズリ兄弟の出る花騎士の世界でもない。


なのに今、目の前に「アーサー・ラピスラズリ」と「アルフレッド・ラピスラズリ」がいる。


…なんで?


とりあえず、頭の中を整理しようじゃないか。


今世、圧倒的な魔力量を持って異世界に転生した私は、新興宗教の「神の子」として文字通り祭り上げられた。


治癒の奇跡で王族の病を治し、破壊の魔法で敵国を更地にし、気付けばこの宗教を「国教」にまで押し上げていた。


そんな私の前に、まさか推しが現れるなんて。


「こいつらの絶大な魔力量なら、神の子さまのお役に立ちます!」


二人の親と名乗る男が、卑屈な笑みを浮かべてまくしたてる。最低な親だ。


私は帳を静かに開け、彼らを見下ろした。


「では、その子たちは我が巫子みことして預かりましょう。アーサーとアルフレッドと言いましたか。貴方たちはこれから、私の護衛兼世話係…巫子です」


「は、はあ! ありがとうございます!」


「よく私に二人を託してくれました。これはお礼です」


私は教団にうなるほどある金貨の袋を、男の足元に投げつけた。


「もう二度と、この子たちの前に現れないで。…行きなさい」


冷徹な神の威圧を込めた声に、男は悲鳴を上げて部屋から逃げ出していった。


静まり返る聖堂。


残された二人は、これから自分たちがどんな目に遭うのかと、全身を強張らせている。


特にアーサーは、アルフレッドをかばうように前に出ようとしていた。


私は椅子の背にもたれ、ふっと息を抜いた。


神の子としての厳格なオーラを消し、ただの「ユーミリア」として二人に微笑みかける。


「…二人とも。ここでは貴方たちは巫子です。特別な存在です。ここでは私以外に、貴方たちに偉そうな顔を出来る者は居ません」


二人が、驚いたように目を見開いた。


「私の護衛兼世話係をするのは大変でしょうけど、どうか許される限り好きなように過ごしなさい。美味しいものを食べて、温かい布団で寝て、誰も恐れなくていいの」


前世で、どれほどこの兄弟の幸せを願ったか。


地獄のような環境で、傷つけ合いながら生きるしかなかった彼らに、私は今世の特権を全て使って「安全な居場所」を買い与えたのだ。


「…本気、なのかよ」


アーサーが、掠れた声で呟いた。


その瞳には、まだ深い疑念と、それ以上の戸惑いが浮かんでいる。


「本気よ。私の魔力は世界を滅ぼせる。そんな嘘つく理由がない…それとも、私の言葉が信じられない?」


私が優しく首を傾げると、アルフレッドがぽろぽろと涙をこぼしながら、アーサーの服の裾をぎゅっと握りしめた。


「兄さん…。この人、あったかい…」


生まれ持った魔力量が多い彼らだからこそ、私の魔力の「質」が分かるのだろう。


そこには悪意も、利用しようとする下心も一切ない。


あるのは、ただ二人を慈しむ全肯定の感情だけだ。


アーサーは、突き上げられるような感情を堪えるように奥歯を噛み締めた。そして、ゆっくりと私に向かって膝をつく。


「…あんたが本当にそのつもりなら、俺の命はあんたにやる。アルフレッドを守ってくれた恩は、俺の全てで返す」


「僕も、神の子さま…ユーミリア様のために、一生懸命働きます…!」


泥にまみれた二人の小さな手が、私の差し伸べた手をそっと握り返す。


それは、過酷な運命を歩むはずだったラピスラズリ兄弟にとって、この異世界でやっと訪れた、絶対的な救いの始まりだった。









和風の障子戸の向こうに、洋風の豪奢なシャンデリアが揺れる。


この異世界は、和と洋が不思議に混ざり合った文化を持っていた。


そして幸運なことに、この国の公用語は「日本語」だった。


前世で限界まで働いた社畜OLの知識――といっても、普通の高校生レベルの国語や数学、理科の知識だ。


だがそれだけで、この世界では「神童」と囁かれるほどの学力として重宝されていた。


「神の子さま、本日の治癒祈祷の報告書でございます」


「ありがとう、下がっていいわ」


神官を下がらせ、私はふう、と息を吐く。


ふと視線を向けると、私の机の斜め後ろで、真新しい巫子の装束に身を包んだアーサーとアルフレッドが、微動だにせず控えていた。


我が家(神殿)に引き取ってから数日。


栄養のある食事と清潔な衣服のおかげで、二人の頬には年相応の赤みが戻りつつある。


けれど、その佇まいにはまだ、いつ敵が襲ってくるか分からないといった平民時代の緊張感が残っていた。


私はペンを置き、二人に笑顔を向ける。


「二人とも、お勉強には興味はある?」


唐突な問いかけに、二人は一瞬、目を丸くした。


先に口を開いたのは、不敵に眉を上げたアーサーだ。


「あ? あるけど…。俺らにそんなもん教えて、なんかあんのかよ」


「あります! 兄さんと一緒に、ユーミリア様のお役に立てるなら、なんでも学びたいです」


アルフレッドがすかさず引き締まった表情で続く。


私は嬉しくなって、引き出しから白紙のノートと万年筆を取り出した。


「お役に立つためじゃなくて、二人がこの世界でナメられないために教えるの。…空いている時間にお勉強しようか。まずは読み書きからね」


二人の前に、椅子を二脚引き寄せる。


戸惑いながらも並んで座った兄弟の前に、私はまず、それぞれの名前を美しい楷書で書き写した。


「これが『アーサー』。こっちが『アルフレッド』。自分の名前よ。カタカナで書くの」


「…へえ。これが、俺の名前」


アーサーが、珍しく子供のように目を輝かせてノートを凝視する。


「綺麗…ユーミリア様。僕、この文字を早く書けるようになりたいです」


アルフレッドはすでにやる気満々で、万年筆を握りしめていた。


私は前世の記憶をフル活用し、小学校低学年の文字ドリルを思い出しながら、一文字ずつ丁寧に書き順を教えていく。


「アーサー、上手よ。アルフレッドは、線の長さに気をつけて」


教えるうちに気づいた。この二人、信じられないほど頭が良い。


平民ゆえに機会がなかっただけで、スポンジが水を吸うように、わずか数時間でひらがなとカタカナをマスターしてしまった。


「…なぁ、ユーミリア」


カリカリとペンを走らせていたアーサーが、ふと顔を上げた。


「この『算術』って本の計算、もっと早くやる方法ねえのか? 足し算を何度も繰り返すの、かったりいんだけど」


「あるわよ。『九九くく』っていう魔法の呪文があるの。インイチがイチ、インニがニ…って、リズムで覚えちゃうのよ」


「くく…? なんだそれ、面白そうじゃねえか」


「兄さん、僕も一緒に覚えます!」


和洋折衷の奇妙な神殿の一室で、前世の「普通の知識」が、二人の天才を覚醒させていく。


楽しそうに九九を唱え合う推し兄弟の姿を眺めながら、私はお茶をすすり、限界オタクの心を限界まで満たしていた。


世界を壊せるほどの魔力を持つ神の子が、最推し兄弟に勉強を教える、穏やかで贅沢な放課後のような時間。


彼らがいつか、誰にも怯えず、自らの知性で世界を渡っていけるように。


私は惜しみなく、前世の財産を二人に授け続けると心に誓った。








神殿の廊下を歩けば、すれ違う神官や侍女たちが、一斉に深く頭を垂れる。


その敬意の視線は私だけでなく、私の後ろにぴったりと付き従うアーサーとアルフレッドにも向けられていた。


当初は「平民上がりの子供が、なぜ神の子さまの側近に」という不届きな陰口も、ごくわずかにあった。


だが、私が目に見えて二人を特別扱いし、最高級の衣服を与え、常に傍に置き、何より二人に話しかける時の私の声が世界一甘くなるのを見て、教団の人間はすぐに察したのだ。


『あの二人を侮ることは、神の子の逆鱗に触れることと同義である』と。


今や教団内には、自然と「巫子さまたちは特別」という空気が完璧に出来上がっていた。


二人の前に立ち塞がったり、無礼な態度を取ったりする者は一人もいない。


「…ふぅ、やっと終わった。二人とも、お疲れ様」


執務室の重厚な扉が閉まり、完全に私室の空間になると、私は張り詰めていた肩の力を抜いた。


振り返ると、まだどこか周囲への警戒を完全に解ききっていない兄弟が、神妙な面持ちで立っている。


けれど、その佇まいには、数日前のような「いつ捨てられるか分からない」という怯えはなかった。


この場所が安全だと、心のどこかで安心し始めている証拠だ。


「だから言ったでしょう? ここでは私以外に、貴方たちに偉そうな顔を出来る者は居ないって」


私はクスクスと笑いながら、二人に歩み寄った。


そして、和洋折衷なこの世界特有の、サクサクのパイ生地にあんこと生クリームが詰まった特製の甘味を、二人の皿にぽんと載せてあげる。


「はい、今日の分の糖分補給。これ、すっごく美味しいのよ」


「…またかよ。あんた、本当に俺らを甘やかすのが好きだな」


アーサーは呆れたように眉を寄せつつも、手慣れた手つきでフォークを手に取り、サクッと音を立ててパイを口に運んだ。


その瞬間、美味さにふっと目元が緩むのを、私は見逃さない。


「美味しいです、ユーミリア様…! こんなに甘くて美味しいもの、生まれて初めて食べました」


アルフレッドは頬を落としそうなほど幸せそうな顔をして、大切そうに味わっている。


(あああ、可愛い…! 推しが目の前で美味そうにスイーツ食べてる…! 前世の私がこれ見たら尊さで爆発四散してるわ…!!)


私の内心は限界突破したオタクの歓喜で荒れ狂っていたが、表面上はどこまでも慈愛に満ちた「神の子」の聖母スマイル(ニコニコ)を維持していた。


もぐもぐと口を動かしながら、アーサーがふと、値踏みするような視線を私に向けてくる。


「…なぁ、ユーミリア。あんた、なんで俺たちにそこまで施すんだよ。金も、服も、立場も、こんな美味いもんまで。俺らが魔力持ちだからってだけで、ここまで割に合わねえことしねえだろ」


その問いに、アルフレッドも食べる手を止め、不安そうに私を見つめた。


彼らにとって、無償の愛や施しなど、この世で最も信じられない不気味なものなのだろう。


私は二人の頭にそっと手を伸ばした。


サラサラとしたアーサーの髪と、柔らかなアルフレッドの髪を、慈しみを込めて優しく撫でる。


「割に合わないなんてことないわ。二人がそこに居て、笑って、美味しいって食べてくれるだけで、私にとっては世界中の何よりも価値があることなの。…理由なんて、それだけで十分でしょう?」


聖母のような微笑みを浮かべる私に、二人は言葉を失った。


その日の夜。


与えられた豪奢な巫子の寝室で、兄弟は二人きりで言葉を交わしていた。


「…兄さん。ユーミリア様、なんで僕たちにそこまでしてくれるのかな」


「さあな。俺にもさっぱり分からねえ」


アーサーは腕を組み、天井のシャンデリアを見つめる。


「普通なら、俺らの力を利用してこき使うか、怯えて遠ざけるかの二択だ。だけどあの人は…。昨日だって、俺が文字を一つ覚えただけで、自分のことみたいに大喜びしてやがった」


「うん。…でも、分からないけど、悪意はこれっぽっちも感じないよ。ユーミリア様が兄さんと僕を見る目は、いつも本当に、あったかくて、優しくて…」


アルフレッドは胸元に手を当て、昼間に食べさせてもらった甘いパイの味と、頭を撫でてくれた手の温もりを思い出していた。


「…そうだな。あの人が裏切らねえ限り、俺はあの人の盾にでも剣にでもなってやるよ」


アーサーがフッと不敵に笑う。


兄弟の心に、神の子の、打算なき全肯定の愛情が、確実に、そして深く染み渡り始めていた。








「…二人とも、よく似合っているわ。本当に素敵」


鏡の前で、私は感嘆の息を漏らした。


和洋折衷のきらびやかな夜会服ドレスを纏った私の左右には、同じく最高級の絹と豪奢な刺繍で仕立てられた、特製の巫子服を身に付けたアーサーとアルフレッドが立っている。


生まれ持った顔立ちの良さと、仕立ての良い服、そしてここ最近の栄養満点の生活のおかげで、まるでどこかの若きご令息のような気品さえ漂っていた。


今日は、王国でも指折りの大貴族が主催する夜会へ出席する日だ。


国教となった我が教団のトップとして、顔を出さざるを得ない退屈な儀礼。


けれど今日の私には、明確な「娯楽」があった。


(推しに最高級のドレスアップを施して、公式の場に伴う…。これ以上の贅沢がこの世にあるかしら? いや、ない)


内心で限界オタクのガッツポーズをキメつつ、私は二人の手をそっと握った。


ふと見ると、アルフレッドの指先が少しだけ緊張で震えている。


アーサーは周囲を鋭く睨みつけ、すでに臨戦態勢のようだ。


「…これから向かう場所には、私の力を利用しようとしたり、教団の権勢に媚を売ろうとする狐や狸がたくさんいるわ」


馬車が夜会の会場である伯爵邸に近づく中、私は二人に、どこまでも優しく、そして底冷えするような笑みを向けた。


「あのね、二人とも。これは事前にしておいてあげる、私からの優しい警告よ」


「…警告?」


アーサーが片眉を上げる。


「ええ。もし夜会で、平民上がりだからと貴方たちを侮ったり、傷つけようとする馬鹿がいたら、憐れんであげなさい。だってその瞬間、その貴族の家系は『神の奇跡』の対象外になり、私がその領地ごと、跡形もなく消し去ることになるのだから」


私は二人の手をぎゅっと握りしめ、極上の聖母スマイルを浮かべた。


「私の可愛い巫子たちを舐めたらどうなるか、分かっているわよね? …って、国教のトップとして、ちゃーんと周囲に分からせてあげるから。だから二人は、何も恐れずに、私の隣で堂々としていなさい。これは、二人の凄さを世界に見せつける、楽しい自慢大会よ」


私の放った、文字通り「国家転覆レベル」の圧倒的な過保護と狂信的な愛情。


それを間近で浴びた二人は、一瞬呆気に取られた後…アーサーはククッ、と愉しそうに喉を鳴らし、アルフレッドは心酔しきった瞳で私を見つめた。


「…ハッ、そりゃ傑作だ。あんたがそこまで言うなら、俺はあんたの横で、最高に偉そうにしててやるよ」


「はい、ユーミリア様…! 僕、ユーミリア様の誇れる巫子として、立派に振る舞います!」


(ああ、可愛い。最高。今日も推しが眩しい)


そうして、私たちは夜会の会場へと足を踏み入れた。


豪奢な大広間の扉が開いた瞬間、喧騒が一瞬で静まり返る。


「神の子」の降臨に、居並ぶ王族や貴族たちが一斉に息を呑み、道を開けた。


だが、彼らの視線はすぐに、私の左右を固める二人の少年に注がれる。


平民出身の噂を聞きつけてか、一部の貴族の目に、侮蔑や値踏みするような色が混ざるのを、私は見逃さなかった。


「神の子ユーミリア様、お初にお目にかかります。…おや、そちらの少年たちは? 随分と、毛並みの珍しい野良犬を連れておいでで…」


案の定、教団の勢力を面白く思っていない侯爵が、嫌味たらしく近づいてきた。


その瞬間、アーサーの目が一気に据わり、アルフレッドが身構える。


だが、彼らが動くより早く、私は一歩前へ出た。


「お黙りなさい、侯爵」


鈴を転がすような、けれど空間の空気を一瞬で凍りつかせる魔力を込めた声。


広間全体の温度が数度下がったかのような錯覚に、侯爵の顔がサッと青ざめる。


「この子たちは、私が自ら見出し、我が半身として引き立てた、唯一無二の特別な巫子です。この子たちを侮辱することは、私への反逆、ひいては我が教団への宣戦布告と受け取りますが…宜しくて?」


私の背後から、膨大な、世界を滅ぼしかねない純粋な魔力が「圧」となって吹き荒れた。


床が微かにみしりと音を立て、シャンデリアがガタガタと震える。


「ひ、ひえっ…! 滅相もない、失礼いたしました…!!」


侯爵は腰を抜かさんばかりに震え上がり、脱兎のごとく壁際へと逃げていった。


それを見た周囲の貴族たちも、完全に理解した。


あの少年たちは、触れてはならない「神の子の逆鱗」そのものであると。


「…ふふ、言ったでしょう? 誰も、二人に偉そうな顔なんて出来ないのよ」


魔力をすっと収め、私は左右の二人に振り返って、何事もなかったかのように微笑んだ。


「ユーミリア様、凄いです…!」


アルフレッドが目を輝かせ、私のドレスの裾をそっと握る。


アーサーは、逃げていった貴族たちを見下すように鼻で笑い、それから私を見て、不敵に口角を上げた。


「おいユーミリア、これなら俺がこの会場の奴ら全員、力で叩き伏せる必要もねえな。あんたが一番、手が付けられねえや」


「あら、私はただ、私の大切な二人を自慢したかっただけよ?」


クスクスと笑いながら、私は二人の腕を取って歩き出す。


怯え、平伏する貴族たちを他所に、私たちは夜会の最高級の食事と、推しとの贅沢な時間を、心ゆくまで堪能するのだった。








あの夜会から数日。


神殿の広大な裏庭にある演習場には、すさまじい風の音と、大気を震わせる魔力の残響が響き渡っていた。


「はぁッ、たぁあああ!!」


アルフレッドが鋭い掛け声とともに木剣を振り抜くと、その軌道に沿って、禍々しいほどの漆黒の魔力が刃となって解き放たれる。


前方の頑丈な標的が、一瞬で木端微塵に砕け散った。


「チッ、まだ甘ぇな。アルフレッド、魔力の練り込みが遅い。一歩踏み込むと同時に、体内の芯から一気に爆発させろ」


腕を組み、鋭い眼光で見守っていたアーサーが容赦ない指示を飛ばす。


そのアーサーの周囲には、すでに彼の意思に従って、意志を持つかのように蠢く膨大な魔力の波動が渦巻いていた。


二人の成長速度は、教団の専属騎士たちをも戦慄させるほど異常だった。


元々、原作(花騎士)でも「呪詛」の扱いに天賦の才を見せていたラピスラズリ兄弟だ。この世界において、その才能は「魔力」という形で爆発的に開花していた。


(…う、美しすぎる。何この神作画な戦闘訓練…!!)


演習場の天幕の陰から、私はお茶を片手に、内心で大歓声を上げていた。


平民の服から巫子服へ、そして今は動きやすい黒の訓練着に身を包んだ二人の姿。


汗に濡れた前髪、引き締まった身体、そして真剣そのものの鋭い瞳。


どこを切り取っても最高の一枚。限界オタクの心臓はすでに限界を迎えていた。


「ユーミリア様」


不意に、訓練を止めたアルフレッドが私に気づき、小走りで駆け寄ってきた。


さっきまでの獰猛な獣のような気配はどこへやら、私を見る瞳はキラキラとした子犬のようだ。


「ユーミリア様、見ていてくれましたか? 僕、少しは魔力を形にできるようになりました!」


「ええ、見ていたわ。とっても素敵だった、アルフレッド。はい、冷たいお水とおしぼりね」


「ありがとうございます!」


遅れて、肩にタオルを引っ掛けたアーサーが、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。


「おい、ユーミリア。あんた、俺らの訓練をそんなところで見てて、怖くねえのかよ。普通の奴なら、俺らの魔力を見ただけで腰を抜かすぜ」


「まさか。二人の魔力は、力強くて、とっても綺麗だもの」


私が本心からそう言って微笑むと、アーサーは一瞬、照れたように視線を逸らし、それからフッと真面目な顔になった。


「…なぁ、ユーミリア。俺らはもっと強くなる。あんたの隣に立っても、誰にも文句を言わせねえくらいにな」


その言葉に、アルフレッドも深く頷いた。


「あの夜会で、ユーミリア様が私たちのために怒ってくれた時、本当に嬉しかったんです。…でも、同時に悔しかった。ユーミリア様に守られるだけじゃなくて、僕たちは、ユーミリア様の『盾』に、そしてユーミリア様を害する者をすべて排除する『剣』になりたいんです」


二人の瞳の奥に宿る、圧倒的な忠誠心。


それは単なる恩義を超えて、どこか狂信的な「執着」へと変化しつつあった。


元々、お互いしか信じ合えなかった孤独な兄弟だ。


そんな彼らに、絶対的な安全と、無償の愛と、自分たちを侮る世界を捻じ伏せる力を与えてくれた「ユーミリア」という存在は、今や彼らにとって世界のすべて、絶対的な信仰対象になっていた。


(あ、あれ…? 心なしか、原作(花騎士)より独占欲とか執着心がマシマシになってる気がする…? でも、強くてかっこいい推しが私を守るために命懸けで強くなろうとしてるの、最高すぎて尊い…!)


オタクとしての歓喜と、ちょっとした背徳感に震えながら、私は二人の前に一歩踏み出した。


「嬉しいわ。二人がそこまで私のことを想ってくれるなら、私からも少し、手伝いをさせて」


「手伝い?」


不審がるアーサーの手を、私はそっと両手で包み込んだ。


同時に、もう片方の手でアルフレッドの手を握る。


「私の魔力を、二人の体内に少しだけ流すわ。私の魔力の『流れ』を体感してみて。私の感覚を直接共有すれば、魔力の効率的な動かし方がもっとよく分かるはずだから」


ドクン、と私の圧倒的な、神のごとき魔力が二人の体内に流れ込む。


それは恐ろしい破壊の力であるはずなのに、二人にとっては、どこまでも優しく、心地よく、全身を蕩けさせるような甘美な波動だった。


「ッ…! なんだこれ…、すげぇ、力が、満ちてくる…!」


アーサーが苦しげに、けれど歓喜に震える声を漏らす。


アルフレッドは顔を真っ赤に染め、私の手を握り返したまま、その圧倒的な魔力の快感に身を委ねるように目を瞑った。


「ユーミリア様、の…魔力…。あたたかくて、頭の中が、ユーミリア様でいっぱいになります…っ」


「ふふ、焦らなくていいわ。ゆっくり、自分の魔力と馴染ませていってね」


ニコニコと微笑む私の前で、二人の少年は完全に、私の魔力という名の「底なしの沼」に沈み込んでいく。


神の子を守る最強の双璧が、この異世界で、今まさに完成しようとしていた。








「神の子さま、正気でございますか? 幾ら魔力量が多いとはいえ、その辺りの平民の子供を、この私が相手するなどと…」


聖堂の裏手に広がる、大理石が敷き詰められた第一騎士演習場。


教団の最高戦力であり、国一番の剣士と謳われる聖騎士長・ラインハルトは、酷く不満げに眉をひそめていた。


彼の背後に控える精鋭の聖騎士たちも、どこか冷ややかな、あるいは嘲るような視線をアーサーとアルフレッドに向けている。


私の魔力を直接分け与えられ、急速な進化を遂げた二人。


その実力を公式に証明し、教団内での彼らの地位を「神の子の寵愛」という曖昧なものから、「圧倒的な実力による絶対の地位」へと書き換えるため、私はこの手合わせをセッティングした。


(あーあ、言っちゃった。聖騎士長さん、フラグ建築一級建築士かな? 推しを舐めた奴がどうなるか、私が一番よく知ってるんだからね)


私は特等席の長椅子に深く腰掛け、優雅にお茶を啜りながら、内心でワクワクとしていた。


「ラインハルト。手加減は不要よ。彼らは私の巫子。私の魔力をその身に宿した、特別な存在なのだから」


私が鈴を転がすような声でそう告げると、ラインハルトはフンと鼻を鳴らし、しぶしぶと模造の長剣を抜いた。


「…そこまで仰るなら。少年たち、怪我をしても泣き言を言うなよ」


演習場の中央へ進み出る。


対するラピスラズリ兄弟は、すでに戦闘用の黒い巫子服に身を包んでいた。


アーサーは首をコキリと鳴らし、不敵極まりない笑みを浮かべている。


アルフレッドはいつもの気弱さを完全に消し去り、冷徹な暗殺者のような瞳で聖騎士長を見据えていた。


「おい、おっさん」


アーサーが、身の丈ほどもある大剣を片手で軽々と肩に担ぎ、ラインハルトを指差した。


「ユーミリアの前だからよ、あんまり無様な姿晒すんじゃねえぞ。一瞬で終わっちまったら、つまんねえからな」


「不遜な。身の程を教えてやる!」


ラインハルトの身体から、凄まじい聖なる魔力が噴き出す。


流石は最高戦力、地を割るような踏み込みと同時に、彼の姿がブレた。


常人の目には捉えられない神速の一撃がアーサーの頭へと振り下ろされる。


キィイイイイイン!!!


激しい金属音が演習場に鼓膜を突き刺した。


だが、ラインハルトの剣は、アーサーに届いてすらいなかった。


「なっ…!?」


ラインハルトの目が驚愕に見開かれる。


彼の剣を受け止めたのは、いつの間にかアーサーの前に割り込んでいたアルフレッドの細い木剣だった。


アーサーの身体からは、ユーミリアから分け与えられた純度の高い、禍々しいほどの漆黒の魔力が、炎のように立ち上っている。


「ユーミリア様のお名前を、気安くその汚い口で呼ぶな」


アルフレッドの冷徹な声。


次の瞬間、アルフレッドが下から剣を跳ね上げると、聖騎士長ともあろう男の巨体が、信じられない力で宙へと弾き飛ばされた。


「ぐ、あああッ!?」


「ハッ! どこ見てやがる、おっさん!」


空中へ逃げたラインハルトの死角へ、すでにアーサーが肉薄していた。


空中での恐るべき身のこなし。


アーサーの大剣が、ユーミリアの魔力を宿して不気味に赤黒く発光する。


「終わりだ。…押し潰れろ」


ドオオオオオオン!!!


アーサーの放った魔力の衝撃波が、ラインハルトを地面へと叩きつけた。


大理石の床が蜘蛛の巣状に激しくひび割れ、凄まじい土煙が舞い上がる。


「せ、聖騎士長…!?」


背後で見ていた聖騎士たちが、あまりの光景に、恐怖で声を失いガタガタと震え出した。


土煙が晴れる。


そこには、剣を叩き折られ、全身の鎧をボロボロに破壊されて地に伏せる、教団最高戦力の無惨な姿があった。


意識を失い、完全に気絶している。


わずか、二手。


時間にして十秒にも満たない、圧倒的な、文字通りの『蹂躙』だった。


「…チッ、歯応えがねえな。国一番が聞いて呆れるぜ」


アーサーは大剣を消滅させ(すでに魔力の具現化をマスターしている)、つまらなさそうに髪を掻いた。


「ユーミリア様、お怪我はありませんでしたか? 土煙が飛んでしまって、申し訳ありません」


アルフレッドはすぐさま私の元へ駆け寄り、跪いて私のドレスの汚れを心配している。


(う、美しすぎる…! コンビネーション完璧じゃん! 圧倒的最強じゃん!! これが見たかったのよおおお!!!)


私は内心のスタンディングオベーションを完璧に隠し、長椅子からゆっくりと立ち上がった。


そして、恐怖で硬直している聖騎士たちを見渡し、最高に冷徹で、最高に誇らしげな笑みを浮かべる。


「皆のもの、よく見なさい。これが、私の魔力を受け継いだ我が巫子、アーサーとアルフレッドの実力です。…これ以降、この二人の序列は教団において私に次ぐものとします。異論のある者は、今すぐ彼らの前に出なさい」


演習場は、死んだように静まり返っていた。異論を唱えられる者など、この場に一人として存在するはずがなかった。


「ふふ、よくやったわ、二人とも。私の自慢の巫子たち」


私は二人の元へ歩み寄り、その頬に優しく手を添えた。


「ありがとな、ユーミリア。あんたの魔力のおかげだ」と獰猛に笑うアーサー。


「ユーミリア様のお役に立てて、僕は幸せです…」と、熱い、狂信を孕んだ瞳で私を見上げるアルフレッド。


教団の最高戦力を捻じ伏せ、名実ともに私の「唯一無二の半身」となった二人の推し。


彼らの視線は、もはや私以外の全人類を、ただの路傍の石としか捉えていないようだった。









「…うわ、なんだこれ。めちゃくちゃ美味そうな匂いがすんな」


「ユーミリア様、これは…お肉、ですか? 見たこともないお料理です!」


執務室の奥にある私的な食堂。


和風の畳敷きにローテーブルを置いた落ち着く空間に、アーサーとアルフレッドが目を輝かせて足を踏み入れた。


聖騎士長を圧倒し、教団のナンバー2としての地位を不動のものにした二人へのお祝い。


私は今日、神の力を一切使わず、前世の「社畜OL時代のささやかな癒やし(自炊)」の記憶をフル活用して、厨房を一日貸し切って腕を振るった。


「ふふ、驚いた? 二人が頑張ってくれたから、お祝いのご馳走よ。さあ、座って座って」


テーブルの上に並べたのは、この異世界の食材を工夫して再現した「前世の料理」だ。


メインは、時間をかけてじっくりと煮込み、箸で簡単に切れるほどトロトロに仕上げた『豚の角煮』。


醤油やみりん風の調味料を使い、甘辛く濃厚なタレがこれでもかと絡んでいる。


「これは『カクニ』っていうの。アーサー、お肉好きでしょう? アルフレッドもたくさん食べてね」


「…へえ、美味そうじゃねえか。じゃ、遠慮なく」


アーサーが待ちきれない様子で角煮を口に運んだ。


その瞬間、彼の端正な顔が劇的に変化する。


噛む必要すらないほど柔らかい肉から、じゅわっと溢れ出す脂の甘みと旨味。


「っ…うんめぇ!! なんだこれ、骨まで溶けてんのかってくらい柔らかいじゃねえか…!」


「本当です、兄さん! 味が中まで染みていて、ご飯がいくらでも進みます…っ」


アルフレッドも大感激で、お茶碗のご飯をものすごい勢いで掻き込んでいる。


二人が美味しそうに、しかも幸せそうにモグモグしている姿は、まさに至高の癒やし。


(ああ、原作(花騎士)のあの過酷な環境じゃ絶対に食べられなかった味…! 推しにお腹いっぱい美味しいものを食べさせるの、全オタクの夢が今ここに叶ったわ…!!)


私の心は尊さで爆発寸前だったが、表面上は優しい「神の子」の笑顔のまま、二人の器に次々と角煮を乗せてあげる。


「たくさんあるから、おかわりも遠慮しないでね」


食事が一段落すると、私は一度席を立ち、冷やしておいたデザートを運んできた。


運ばれてきたそれを見て、二人は本日二度目の衝撃に目を見張る。


「…おいユーミリア、今度はなんだ? 芸術品か何かか?」


「綺麗…。白いリボンのようなものが巻かれていて、上に乗っているのは果物ですか?」


「これは『洋梨のシャルロット』。貴方たちのために作ったケーキよ」


ビスキュイ生地を貴婦人の帽子に見立てて周囲に並べ、中には洋梨のババロアをたっぷりと詰め込んでいる。


上には贅沢にスライスした瑞々しい洋梨のコンポートを敷き詰めた、前世のちょっと高級な洋菓子だ。


「さあ、召し上がれ」


切り分けたケーキを口にしたアルフレッドの目が、一瞬で潤んだ。


「…っ、サクサクなのに、中はふわふわで、すっごく優しい甘さです…。梨が、お口の中でとろけます…!」


「ほう、あの角煮の後にこのさっぱりした甘さはたまらねえな。あんた、本当に何でも作れるんだな」


アーサーも大層気に入ったようで、フォークを進める手が止まらない。


「二人が喜んでくれて本当に嬉しいわ。お勉強も、戦闘の訓練も、二人が一生懸命頑張ってくれたから、私はこの世界で一番幸せな神の子になれたの。…いつも私を支えてくれて、ありがとうね」


私が心からの感謝を込めて微笑むと、二人は食べる手を止め、少しだけ居住まいを正した。


「…ユーミリア、お礼を言うのは俺らの方だ。俺らに居場所をくれて、力をくれて、こんな美味いもんまで食わせてくれた。あんたのためなら、俺は世界のどこにだって行って、どんな敵だって引き裂いてやるよ」


アーサーの瞳に、ギラリとした絶対的な忠誠の炎が灯る。


「はい。僕は、ユーミリア様が悲しむ顔だけは見たくありません。ユーミリア様の行く道を阻む不届き者は、僕がすべて、この手で排除します。だから…ずっと、僕たちの傍にいてくださいね」


アルフレッドが私の手をそっと握り、熱を帯びた、どこか狂信的な瞳でじっと見つめてきた。


(あ、圧倒的な愛の重さ…! でも最高!! 推しからの激重感情の矢が心臓に刺さりまくって幸せすぎて死にそう!!!)


「ええ、もちろんよ。私たちは、ずっと一緒よ」


ニコニコと微笑みながら、私は二人の手を握り返す。


前世の孤独な兄弟は、今やこの異世界で、私の「手料理」と「底なしの愛情」によって、世界で一番甘やかされ、そして世界で一番危険な、神の子専属の最強の双璧へと完全に創り替えられていた。










「…で、話はそれだけか?」


深夜、神殿の最奥へと続く薄暗い回廊。


教団のユーミリア反対派である枢機卿と、ユーミリアの利権を狙う不届きな貴族たちが集まる秘密の会合室に、その声は冷酷に響いた。


「だ、誰だ…っ!?」


枢機卿が慌てて振り返る。


そこには、漆黒の巫子服を纏ったアーサーが、部屋の窓枠に腰掛けて不敵に笑っていた。


影からは、冷徹な瞳をしたアルフレッドが、音もなく床に降り立つ。


「神の子ユーミリアを暗殺し、その魔力を奪う新薬の実験台にする…。ずいぶんと面白いお伽話をしてやがったな、虫ケラども」


「貴様ら、あの平民上がりの…! 出会い頭に何を…っ、ひ、ひえっ!?」


貴族の一人が叫ぼうとした瞬間、彼の足元から不気味な赤黒い魔力の触手が這い上がり、その口を完全に塞いだ。


空間そのものが二人の圧倒的な魔力で圧殺され、誰も声を上げることすらできない。


「兄さん、ユーミリア様はもうお休みになられている時間だよ。あまり大きな音を立てて、ユーミリア様の睡眠を邪魔したくないな」


アルフレッドは優しく微笑みながら、ユーミリアの魔力によって鋭利な漆黒の刃へと変貌した真剣を抜いた。


「分かっている。ユーミリアは明日も、俺たちに新しい『お勉強』を教えてくれるって張り切ってたからな。あいつの綺麗な手を、こんなゴミどもの血で汚す必要はねえ。…一瞬で終わらせるぞ、アルフレッド」


「うん、兄さん」


次の瞬間、夜の闇の中で、無慈悲な処刑が始まった。


抵抗する間も、悲鳴を上げる間もなかった。


アルフレッドの神速の刃が枢機卿の首を刎ね、アーサーの放った破壊の魔力が、貴族たちの肉体と魂を「存在ごと」跡形もなく消滅させていく。


わずか数十秒。


ユーミリアに害をなそうとした者たちは、血の一滴すら残さず、この世界から完全に隠滅された。


明日になれば、彼らの家系は「多額の不正蓄財と不敬罪による、突然の夜逃げ(失脚)」として処理されるよう、教団の裏の権力はすでに二人の手によって完璧に操作されていた。


「よし、片付いたな。…アルフレッド、服に血はついてねえか?」


「大丈夫だよ、兄さん。魔力の障壁で防いだから、ユーミリア様から貰ったお洋服は綺麗なままだよ」


二人はお互いの姿を確認すると、満足げに微笑み合い、何事もなかったかのように夜の闇へと消えていった。すべては、最愛の「神の子」の平穏を守るためだけに。


「ふわぁ…。二人とも、おはよう」


翌朝、よく晴れた光の中で、私は寝室のテラスで優雅に朝茶を愉しんでいた。


私の左右には、いつも通り、非の打ち所がないほど美しい佇まいで控えるアーサーとアルフレッドがいる。


「おはよう、ユーミリア。今日もいい天気だな。よく眠れたか?」


「おはようございます、ユーミリア様。お顔の色が良いようで、安心いたしました」


(朝から推しの顔面が大爆発してる…! 最高、今日も生きる活力が湧いてくるわ…!!)


爽やかな笑顔を向けてくれる二人の姿に、私の限界オタク脳は朝から大歓喜だった。


まさか昨晩、私の知らない裏で、国家転覆レベルの暗殺計画が一瞬で圧殺され、数人の大物貴族が社会的に滅ぼされたなどとは、微塵も気づいていない。


「ええ、とってもよく眠れたわ。…そういえば、昨日言っていた私の反対派の枢機卿たちが、急に全財産を置いて国境を越えて逃亡したって、今朝神官が慌てて報告してきたのよ。不思議なこともあるものね」


私が小首を傾げてお茶をすすると、アーサーとアルフレッドは一瞬だけ視線を交わし、それから同時に、どこまでも優しく、そして深い愛を込めて微笑んだ。


「へえ、そいつは傑作だな。よっぽど後ろ暗いことでもあったんじゃねえの?」


「きっと、ユーミリア様の神聖な力に恐れをなして、自ら罰を受けに消えたんですよ。不届き者が居なくなって本当に良かったですね、ユーミリア様」


「そうね、二人が無事なら、それが一番だわ」


ニコニコと笑う私の頭を、アーサーが愛おしそうに撫で、アルフレッドが私の手をそっと握りしめて引く。


前世の限界社畜OLだった私が、異世界で手に入れた最高の聖域。


私に極上の全肯定を注がれ、胃袋も心も掴まれた二人の推しは、今や私に気取らせることすらなく、世界の「害虫」を裏で一瞬で駆除する、最高に過保護で狂信的な騎士へと完全覚醒していたのだった。








ドォオオオオオオオン!!!


遙か彼方の国境線。


押し寄せていた敵国の十万の大軍が、天から降り注いだ圧倒的な光の矢によって、一瞬にして文字通りの塵へと還された。


大地を揺るがすその破壊の奇跡を、私は神殿の最奥の玉座に座ったまま、指先一つで成し遂げていた。


「我が信者たち、そしてこの国の民よ。恐れることはありません。あなた方の安寧は、この私が永遠に保障しましょう」


拡声の魔術に乗せた私の声が、国中に響き渡る。


地平線に立ち上る爆煙を背景に、神殿に集まった数万の信者たちが「神の子ユーミリア様…!」と涙を流し、狂信の祈りを捧げていた。


前世は限界社畜OL。


だからこそ私は知っている。


組織のトップがブレては下がつぶれること。


そして、平和とは圧倒的な力による抑止力の上でのみ成り立つということを。


私は、国の安寧を脅かす敵には一切の慈悲を与えない。


だが同時に、私を崇める信者たちにはどこまでも平等で、慈愛に満ちた「完璧な神の子」として君臨していた。


国家の平和を愛するがゆえに、そのためならどれほど過激な手段も辞さない。それが、この世界の誰もが畏怖し、崇拝する私のパブリックイメージだった。


「…ふぅ。これでしばらくは静かになるかしら」


謁見の間から信者たちが退き、完全に扉が閉ざされた瞬間、私は玉座の背もたれに体を預けた。


神としての冷徹なオーラを霧散させ、ただの「ユーミリア」に戻る。


すると、私の左右から、影のように控えていたアーサーとアルフレッドが音もなく歩み寄ってきた。


「お疲れ様です、ユーミリア様。十万の軍勢を一撃だなんて、相変わらず無茶苦茶な魔力量ですね」


「ハッ、あれじゃ敵さんも国ごと戦意喪失だろ。手出しする馬鹿はもう居ねえよ」


口々に私を労ってくれる二人。


その姿を眺めていた私は、ふと、アーサーが右手の親指を気にするように弄っているのに気がついた。


「…アーサー、ちょっと右の手を見せてごらんなさい」


「あ? なんだよ。別に何ともねえぞ」


怪訝そうな顔をするアーサーの手を、私は有無を言わさずに両手で包み込んだ。


差し出された彼の大きな手の、爪の生え際。


そこに、小さな、本当に小さな『ささくれ』が一つ、めくれて血が滲んでいた。


「あ、兄さん、ささくれが…! すぐに手当てを…!」


「だ、馬鹿、アルフレッド。こんなの放っときゃ治るだろ、大袈裟な…!」


二人が慌てたように言葉を交わす。


それもそのはずだ。


私の『治癒の奇跡』は、本来なら王族の末期癌を消し去り、死にかけた兵士の四肢を瞬時に繋ぎ止めるような、国家予算並みの価値がある超弩級の魔術。


ただのささくれごときに使うようなものでは、断じてない。


けれど、私は一切の躊躇なく、体内の魔力を優しく練り上げた。


「ダメよ。痛いのは嫌でしょう? はい、貸して」


私の手から、ぽうっと、温かくて清らかな純白の光が溢れ出す。


さっき十万の軍勢を消し去ったものと同じ、けれど世界で一番優しくコントロールされた奇跡の力が、アーサーの指先を包み込んだ。


ほんの数秒。光が収まったときには、ささくれの痕跡など影も形もなく、ただ綺麗な皮膚だけが戻っていた。


「…よし。これで良し、ね」


満足してニコニコと微笑む私。


周囲の信者が見たら「ささくれに神の奇跡を無駄遣いするなんて…!」と卒倒しかねない過保護の極み。


だが、私にとっては国を滅ぼすことよりも、最推しの指先の小さな傷を治すことの方が、遥かに重要で優先されるべき大事件なのだ。


「あんたな…」


アーサーは、自分の綺麗になった指先と、私の満面の笑みを交互に見つめ、呆れたように深くため息を吐いた。


だが、その鋭かったはずの目は、今やとろけるほどに柔らかく、愛おしげに細められている。


「本当に、俺らのことになると見境がねえな、ユーミリアは。国のために十万の人間を冷徹に消す奴のすることかよ」


「ユーミリア様にとっては、兄さんの指先の小さな傷の方が、敵国の軍勢よりも一大事なんですよ。…ふふ、本当に優しいお方」


アルフレッドもまた、いつもの冷徹な表情を完全に崩し、目元をふにゃりと和らげて私の顔を覗き込んできた。


普段は「冷徹で過激な、平和を愛する完璧な神の子」。


全人類に平等で、一分の隙もない絶対強者。


それなのに、自分たちにだけは、こんなにも簡単に行政を私物化するような、規格外の甘さとえこひいきを向けてくれる。


世界中を敵に回しても、この人だけは自分たちを最優先にしてくれるという絶対的な確信。


それが、戦場で獣のように荒れ狂うのが本質の兄弟の心を、この上なく優しく、そして深く満たしていた。


「…ユーミリア。あんたがその気なら、俺は一生あんたの傍から離れねえからな」


「はい。ユーミリア様が世界を愛するなら、僕たちはその世界を守ります。ですが、ユーミリア様を傷つけるものがあれば、例え神の信者であっても、僕たちが容赦なく刈り取りますから」


慈愛に満ちた優しい顔で、けれど瞳の奥には底知れない執着の火を灯して、二人は私の両手をそっと握りしめる。


完璧な神の子が作り出す、歪で、世界で一番甘やかな聖域の中で、二人の忠誠と狂信は、今日も静かにその根を深く張り巡らせていた。










「以上が、我が教団が誇る巫子、アーサーとアルフレッドに関する『最重要聖規定』の改定案でございます」


数日後の朝。


執務室の重厚な机の前にずらりと並んだ最高位の神官たちが、真剣そのものの面持ちで一斉に深く頭を垂れた。


渡された分厚い羊皮紙の書類に目を落とした私は、持っていた万年筆を取り落としそうになった。


(…待って。何これ。意味が分からない。オタクの妄想でもここまでの怪文書は作らないわよ!?)


そこに書かれていたのは、狂気すら感じる過保護な文言の羅列だった。


『箇条一:巫子両名の手指にささくれ、及び微細な擦過傷が発生せし場合、国家一級非常事態を宣言する』


『箇条二:両名の怪我は神の子ユーミリア様の精神的動揺、ひいては天界の奇跡(超大規模破壊魔術)の暴発を招く恐れがあるため、全信者は全力を以てこれを未然に防ぐべし』


『箇条三:神殿内のすべての角に綿入りの緩衝材を設置し、模造刀の訓練は禁止、今後は綿の詰まった布の棒を使用することとする』


事の発端は、あのささくれ事件だった。


私が十万の軍勢を滅ぼすレベルの神聖な魔力を、アーサーの親指の小さなささくれに「無駄遣い」したその現場を、運悪く最高位の側近神官が目撃してしまったのだ。


神官たちは大いに勘違いした。


「神の子さまが、あれほどの奇跡の力をたった一ミリの傷に注がれた…! ということは、あの巫子さまたちの肉体に万が一のことがあれば、神の子さまは悲しみのあまり世界を滅ぼしかねないのだ!!」と。


結果、教団内は「巫子様たちの怪我は国家の危機である」という謎の共通認識のもと、大騒ぎでこの狂気の「巫子保護法」を作り上げてしまったのである。


「あの、ラインハルト…。これは流石にやりすぎではないかしら。布の棒で訓練なんて、彼らが承知するはずが…」


私が引きつった笑顔で、前回の件ですっかり大人しくなった聖騎士長に視線を向ける。


ラインハルトはガタガタと震えながら、涙目で訴えてきた。


「滅相もない! アーサー様の指先から血が滲むなど、我が聖騎士団の切腹ものでございます!ユーミリア様が再びお怒りになれば、今度は我が国が塵に…っ!」


(いや、怒ってない! 私はただ推しのささくれが気になっただけの、しがない限界オタクなのよ!!)


私の内心の絶叫など露知らず、背後に控えていたアーサーが、書類を覗き込んで盛大に鼻で笑った。


「ハッ! 綿の詰まった布の棒だと? ふざけんじゃねえよ。そんなもんで俺らの体が鈍ったら、それこそユーミリアの護衛がつとまらねえだろ」


「そ、そこを何卒…! アーサー様、アルフレッド様、どうか歩く際も足元には細心の注意を払ってくださいませ! 転んで膝を擦りむきでもしたら、教団の予算が治癒祈祷で消し飛びます!」


神官たちが必死に懇願する。


隣に立つアルフレッドは、困ったように眉を下げつつも、どこか嬉しそうな、そして酷く冷徹な声音で神官たちを見下ろした。


「僕たちはユーミリア様の剣であり盾ですから、訓練の手は緩められません。…ですが、僕たちが傷つくことでユーミリア様の心を痛め、その手を煩わせることが罪であるというのなら、今後は絶対に傷一つ負わないよう、徹底して敵を瞬殺することにします」


「おお…! なんという神聖なるお覚悟…!」


神官たちは「これぞ神の子の愛し子!」と感動に打ち震え、一斉に祈りを捧げ始めた。


(いや、会話が全く噛み合ってない!! アルフレッドの『傷つかない=敵を瞬殺する』っていう物騒な結論に誰も突っ込まないのなんで!?)


ツッコミ不在の異世界で、私の限界オタク脳は完全にフリーズしていた。


チラリとラピスラズリ兄弟を見上げると、アーサーは相変わらず不敵に笑っており、アルフレッドは私と目が合うと「ユーミリア様、これからも絶対に傷は作りませんからね」と、子犬のような無邪気さと、狂信的な独占欲が混ざり合った「優しい顔」で微笑みかけてくる。


たった一つのささくれから始まった、教団を巻き込む大騒動。


本気で国家の危機だと怯える周囲を他所に、私からの規格外のえこひいきの理由を正しく理解している二人の推しは、この狂った状況さえも「ユーミリアからの極上の寵愛」として、存分に愉しんでいるのだった。








和と洋が不思議に混ざり合う王都の城下町。


いつもの豪奢な神殿の奥とは違い、今日の私は「少し良いところのお嬢様」が着るような、落ち着いた模様の着物に仕立ての良い袴を合わせた姿に変装していた。


「たまには私たちが守る、民の暮らしも見ておかないと。神殿に引きこもってばかりじゃ、本当に救うべきものが分からなくなっちゃうもの」


そう言って、私は隣に並ぶ二人を見上げる。


アーサーとアルフレッドも、いつもの仰々しい巫子服ではなく、上質な和洋折衷の書生風の着物を着こなしていた。


黒髪を少し崩したアーサーの不敵な男前っぷりと、ポニーテールを揺らすアルフレッドの端正な美少年っぷり。


(お嬢様と従者の隠密デート…!! はぁ、前世の徳がカンストしてるわ。和洋折衷な街並みに二人のビジュアルが映えすぎて、視界が神作画すぎる!)


内心の限界オタクの奇声を完璧に押し殺し、私は「良家のお嬢様」のたおやかな足取りで、賑やかな大通りを歩いていた。


だが、大通りを一本外れ、裏路地へと進むにつれ、徐々に街の雰囲気が変わっていく。


華やかな洋風のレンガ造りの建物は影を潜め、崩れかけた木造の長屋が連なる、薄暗い一角へと足を踏み入れていた。行き交う人々は皆、ボロボロの服を纏い、飢えと諦めに満ちた目で地面を見つめている。


この世界が抱える陰、すなわち『貧困地区』だった。


「…っ」


前世が現代日本の限界社畜OLだった私は、これほど露骨な「貧困」を間近で見たことがなかった。


原作(花騎士)でも、ラピスラズリ兄弟がどれほど凄惨な環境で泥を啜って生きてきたかは知っていた。


けれど、実際に目の当たりにしたその光景に、胸が締め付けられるように痛む。


私は、彼らが奪われ、傷つけられてきた過去の重さを、今さらながら突きつけられた気がした。


自然と、私の顔からいつものニコニコとした笑みが消え、悲痛な色が浮かぶ。


「…ユーミリア?」


アーサーが、私の様子の変化にいち早く気づき、鋭い眉を寄せた。


「酷いわ、こんなの…私がいくら国境で軍勢を滅ぼして平和を守っても、足元の民がこんなに苦しんでいるなんて…。神殿に戻ったら、すぐに教団の予算を回して、この地区の炊き出しを増やさせましょう。医療の奇跡も、もっと平民に行き渡るように制度を作り直さなきゃ…」


ぎゅっと拳を握りしめ、本気で心を痛める私。


そんな私を見つめるラピスラズリ兄弟の視線には、周囲の平民たちに向ける冷酷なものとは全く違う、ひどく複雑で、けれど底知れない熱を孕んだ色が混ざり合っていた。


「…ユーミリア」


アーサーが私の肩を、大きな手でそっと引き寄せ、自分の影に隠すように路地の奥から視線を逸らさせた。


「俺たちも、こっちの道が貧困地区に繋がると知らなかったとはいえ、迂闊だったな。こんな薄汚ぇ場所、あんたに見せるべきじゃなかった」


「ええ、兄さん。迂闊でした。これからは僕たちが事前にルートを徹底して確認し、気をつけましょう。ユーミリア様の目に、こんな無価値で不快なゴミ溜めを映してしまうなんて、護衛の怠慢です」


アルフレッドもまた、いつもの優しげな顔のまま、声音だけをひどく冷たく冷え切らせて呟いた。


(えっ、あ、あれ…!? 私、二人への過保護で悲しんでたんだけど、二人の方向性がそっちに行っちゃう!?)


二人の思考は、貧困地区の惨状への同情ではなかった。


「最愛の神のユーミリアが、自分たちの知らない場所で心を痛めた」という事実に対する、激しい怒りと、護衛としての猛烈な悔恨だったのだ。


彼らにとって、自分たちが育ったような地獄などどうでもいい。


ただ、ユーミリアの綺麗な世界に、そんな泥を一切入れたくないという、度を越した排他的な過保護だった。


「ち、違うのよ二人とも、私が勝手に見たいって言ったんだし、二人が責められることじゃ…」


私が慌てて弁明しようとすると、アーサーがフッと笑って、私の頭を優しく、包み込むように撫でた。


「分かってるよ。あんたが優しくて、そこのゴミどもまで救いたがってることくらい。…あんたが炊き出しをやれって言うなら、教団の奴らを動かして徹底的にやらせてやる。だから、そんな顔すんな」


「はい。ユーミリア様が炊き出しを望むなら、僕たちがその運営をすべて監視し、不届き者がユーミリア様の施しを盗まないよう叩き潰します。ユーミリア様は、ただ笑っていてくださればいいんです」


アルフレッドが私の手を両手で包み込み、心酔しきった瞳で私を見上げて微笑む。


(う、嬉しい、嬉しいんだけど…! 炊き出しの監視にラピスラズリ兄弟が行ったら、平民たちが恐怖で誰も近寄れなくなるんじゃ…!?)


「良いところのお嬢様」の変装をしたはずの街歩き。


しかし結果として、二人の私への執着と、周囲を排除しようとする「最強の超過保護」にさらに火をつけてしまう形になり、私は内心で(どうしてこうなった…!)と頭を抱えつつも、推しからのあまりにも重くて不穏な愛の深さに、やっぱり尊さで胸をいっぱいにさせてしまうのだった。








「おいおい、見ねえ顔だな。上等な着物着て、随分と良いところのお嬢様じゃねえか」


貧困地区の境界に近い、薄暗い裏通りの十字路。


和洋折衷の入り組んだ路地裏から、酒臭い息を吐きながら、数人のタチの悪いゴロツキたちが私たちの行く手を遮るように現れた。


変装した私の姿を「金持ちの世間知らずなお嬢様」だと勘違いし、カモが来たとでも思っているのだろう。ギラついた下卑た視線が、私に注がれる。


(…うわぁ、テンプレなゴロツキ。でも、ご愁傷様。君たちが絡んだ相手、世界を指先一つで更地にできる神の子と、その狂信的で最強の護衛のラピスラズリ兄弟だよ)


私が内心で哀れみの念を抱いた瞬間、背後にいた二人の空気が一変した。


だが、それは以前のような、周囲を怯えさせるための威圧の魔力ではなかった。驚くほどに静かで、淀みのない…まるで「落ちているゴミを拾う」かのような、日常のひとコマのような自然さだった。


「ひ、ひえっ…!?」


ゴロツキの一人が短い悲鳴を上げた。


彼らが私に一歩近づこうとしたその刹那、アーサーとアルフレッドの二人が、常人の目には捉えられない神速で彼らの背後に回り込んでいたのだ。


「あ? 声がでけえよ。ユーミリアが驚くだろ」


アーサーは、ゴロツキのリーダー格の男の首根っこを、まるで子猫でも扱うかのように片手でひょいと掴み上げた。


あまりの怪力に、男は抵抗することすらできず、白目を剥いてガタガタと震えている。


「静かにしてくださいね。せっかくのユーミリア様との街歩きが、台無しになってしまいますから」


アルフレッドもまた、いつもの天使のような「優しい顔」で微笑みながら、残りのゴロツキたちの肩にそっと手を置いていた。


その手のひらから、ほんの一瞬だけ、肉体を内側から麻痺させる漆黒の魔力が流し込まれる。


ゴロツキたちは声を出すことも、動くこともできなくなり、ただ恐怖に目を見開くことしかできない。


「ユーミリア、ちょっとそこで待ってろ。こいつら、道に迷ってるみたいだからよ、あそこの裏路地まで案内してやるわ」


アーサーは、私に振り返ると、それはそれは穏やかで甘やかな「優しい顔」になって微笑んだ。


「ええ、ユーミリア様。すぐにお片付けして戻りますから、どうかその綺麗な着物が汚れないよう、そこから動かないでくださいね」


アルフレッドもふにゃりと目元を和らげ、心底愛おしそうに私を見つめてくる。


(えっ…笑顔が眩しすぎる!! 何その極上のハニースマイル! バックの裏路地の暗闇とのギャップで脳がバグるわ…!!)


「え、ええ…。分かったわ。乱暴はほどほどにね…?」


私が引きつった笑みで頷くと、二人は「はーい」とでも言いそうな軽い足取りで、ゴロツキたちを引きずりながら、完全に光の届かない真っ暗な裏路地の奥へと消えていった。


…数秒後。


裏路地の奥から「ひいっ…!」「ご、ごめっ…」という、押し殺された短い絶望の呻き声が微かに聞こえたかと思うと、すぐにそれすらも完全に消え去った。


おそらく、アーサーの破壊の魔力で、声も上げられぬまま社会的、あるいは肉体的に「処理」されたのだろう。


二人の実力なら、服を汚すどころか、埃一つ立てずに終わらせるなど造作もない。


「待たせたな、ユーミリア。ほら、もう誰も居ねえよ」


「お待たせいたしました、ユーミリア様。さあ、神殿に帰りましょう。温かいお茶をご用意させますね」


すぐに見違えるほど爽やかな顔で戻ってきた二人は、私の左右に並ぶと、ごく自然に私の両手をそれぞれの手で包み込んだ。


その手のひらは、少し前まで平民を恐怖のどん底に叩き落としていたものとは到底思えないほど、あたたかくて、優しさに満ちあふれている。


(推しが私のために裏で一瞬でゴミ掃除して、戻ってきたらこの極上の溺愛…。不穏だけど最高すぎてオタクとして本望すぎる…!!)


「ありがとう、二人とも。じゃあ、お家に帰りましょうか」


ニコニコと微笑みながら、私は二人の手をぎゅっと握り返す。


民のために国を滅ぼす過激な神の子と、その神の子を悲しませるもの、害するものを「笑顔のまま」一瞬でこの世から消し去る最強のラピスラズリ兄弟。


歪で、けれど誰よりもお互いを強く求め合う三人の隠密デートは、血の匂い一つ残さず、最高に甘やかで完璧な平穏のうちに幕を閉じるのだった。









「…おい。並ぶなら静かに並べ。前との間隔を空けろって言ったのが聞こえなかったか?」


王都の片隅、かつてゴロツキと飢えが支配していた貧困地区の中心地。


新設された巨大な炊き出し会場に、アーサーの低く冷徹な声が響き渡った。


その場にいた数百人の平民たちが、一瞬にしてカチコチに硬直する。


あの日、街歩きで心を痛めた私のために、二人が主導した「貧困地区救済計画」が本格始動した。


教団の莫大な予算を注ぎ込み、清潔な調理場と長机が整えられた会場。


そこに立つのは、エプロン姿の神官たち…ではなく、圧倒的な覇気を放つ黒い訓練着姿のラピスラズリ兄弟だった。


「兄さんの言う通りだよ。ユーミリア様が皆のために用意してくださった温かいスープだ。横取りしようとしたり、揉め事を起こすような不届き者は…この場で僕が『お片付け』するからね?」


アルフレッドがいつもの天使のような「優しい顔」でふにゃりと微笑みながら、漆黒の魔力を指先からパチパチと爆発させる。


その光景に、平民たちは「ひ、ひえっ…!」「神の子さまの愛し子たちだ…!」と涙目になりながら、自衛隊顔負けの完璧な整列を見せていた。


世界一規律正しく、そして世界一静かな炊き出し会場の完成である。


(…う、美しすぎる。何この完璧な空間統率能力…!!)


会場の特等席に座る私は、お茶を片手に内心で大歓声を上げていた。


かつて泥水を啜って生きていた最推し、ラピスラズリ兄弟が…今やその圧倒的な武力と魔力で平民の頂点に立ち、私の理想とする「平和な炊き出し」を完璧に防衛している。


「ユーミリア様、お待たせいたしました。本日の特製具だくさんスープです。まずはユーミリア様にお味見をしていただきたくて」


アルフレッドが小走りで私のもとへ駆け寄り、お盆に載せたスープを恭しく差し出してきた。


さっきまで平民を魔力で威圧していた男とは思えない、きらきらとした子犬の笑顔だ。


「ありがとう、アルフレッド。…うん、すっごく美味しい! お肉も野菜もトロトロね」


「本当ですか!? よかった…。兄さんと一緒に、ユーミリア様に教わった『カツオダシ』の比率を何度も試した甲斐がありました」


「おう、ユーミリア。そっちの出来はどうだ?」


アーサーも大釜のチェックを神官たちに押し付け、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。


「アーサーもありがとう。二人がこうして会場を守ってくれるから、誰も怯えずに美味しいご飯が食べられるわ。本当に世界一平和で安全な炊き出し会場ね」


私が満面の聖母スマイルで二人の頭を優しく撫でると、二人は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから同時に、とろけるような「優しい顔」になった。


「ハッ、あんたが喜ぶなら、この地区の連中全員を聖戦士並みの規律で動かしてやるよ。あんたの慈悲を無駄にする奴は、俺が許さねえからな」


「はい。ユーミリア様がこの国を愛し、平和を望むなら、僕たちはその世界一綺麗な平和を、力尽くで維持してみせます」


普段は国境の軍勢を指先一つで滅ぼす過激な神の子と、その神の子の笑顔のためだけに、笑顔のまま世界を統治していく最強のラピスラズリ兄弟。


私への狂信と独占欲を栄養に、どんどん最強の過保護へと進化していく推したちに見守られながら、私は今日も限界オタクの幸せを噛み締めるのだった。










「…ユーミリア、ちょっと行ってくるわ」


「ユーミリア様、少しの間だけお留守番をお願いしますね。すぐに片付けて戻りますから」


ある日の朝。


和洋折衷の豪奢な執務室に、黒い戦闘巫子服に身を包んだアーサーとアルフレッドがやってきた。


その手にはそれぞれ、私の魔力を吸って禍々しく不気味に明滅する大剣と真剣が握られている。


事の発端は、今朝届いた一本の急報だった。


西の軍事大国が、我が国の圧倒的な奇跡(私の破壊魔術)の存在を知りながらも、「神の子とて、二正面作戦を展開されれば手が回るまい」と高を括り、国境に向けて三十万の同盟大軍勢を進軍させ始めたのだ。


いつもの私なら、「また私の手を煩わせる虫ケラが湧いたわね」と、玉座に座ったまま指先一つで更地にする手筈だった。


…だが、私の前世仕込みの「過保護(限界オタクのえこひいき)」に日々極限まで甘やかされ、脳髄まで私の魔力と愛情に浸かりきった二人の思考は、すでに私の想像の斜め上を爆走していた。


「待って、二人とも。三十万の大軍よ? 私がここから一撃で…!」


私が慌てて止めようとすると、アーサーは不敵極まりない目を獰猛に細め、私の前に膝をついた。


そして、私の両手を自分の大きな手でそっと包み込む。


「あんたはここで、大人しくお茶でも飲んでろ。いつもいつも、そんな薄汚ぇ虫ケラどものためにあんたの神聖な魔力を使わせるのが、俺は昔から気に入らなかったんだよ」


「そうです、ユーミリア様」


アルフレッドも隣に跪き、熱を帯びた、狂信的なまでに優しい瞳で私を見上げて微笑む。


「ユーミリア様の綺麗な手を、これ以上そんな無価値な奴らのために煩わせたくありません。ユーミリア様の魔力を分けてもらった僕たちは、もうあの聖騎士長すら足元に及ばない最強の『剣』なんです。…だから、次の敵国は、僕たち二人だけで更地にしてきます」


(さ、更地にするって笑顔で言うことじゃないのよ…! 三十万の大軍を二人だけで壊滅させに行くって、原作(花騎士)以上の超次元バトルが始まっちゃうじゃん…!!)


私の内心のオタク叫びをよそに、二人の決意は完全に固まっていた。


彼らにとって、私が他国を滅ぼすために魔力を使うことすら「ユーミリアへの負担」であり「護衛としての怠慢」なのだ。


自分たちを奈落から救い、世界一甘やかしてくれた唯一無二の信仰対象ユーミリアには、ただ世界の頂点でニコニコと笑っていてほしい。


そのための障害は、すべて自分たちが排除する。


「…分かったわ。ただし、絶対に『傷一つ』作らずに帰ってくること。これが私からの命令よ。分かった?」


私が最上級の過保護を込めて告げると、二人は一瞬目を見張り、それからこれ以上ないほど甘やかな「優しい顔」で笑った。


「ハッ、当たり前だろ。あんたに救われたこの体に、傷なんてつけさせるかよ。…行ってくる」


「はい、ユーミリア様! ユーミリア様の命令、絶対に守ってみせます。…兄さん、行こう」


二人は私の手を名残惜しそうに離すと、背を向け、一瞬にして演習場へと跳躍した。


そして、神殿に控えていた数万の聖騎士たちや神官たちが「お、お二人でどこへ…!?」と腰を抜かす中、教団特製の軍用魔獣の背に跨り、風のごとき速度で国境へと出陣していった。



…数時間後。


国境線、荒野の戦場。


「な、なんだあの二人は…!? 悪魔か…っ!?」


「教団の巫子だと!? 莫迦な、三十万の我が軍勢が、たった二人に蹂躙されているというのか…っ!!」


敵国の総大将は、本陣の天幕の影で、恐怖に歯の根をガタガタと鳴らしていた。


戦場に広がっていたのは、地獄絵図、あるいは一方的な「災害」だった。


「オラァッ!! どいつもこいつも、ユーミリアの手を煩わせようとした罪をその身で贖えッ!!」


アーサーが不敵に吼えながら大剣を振り抜くと、ユーミリアから分け与えられた赤黒い破壊の魔力が、地を這う巨大な津波となって数万の歩兵を文字通り一瞬で「消滅」させる。


上空へと逃げた魔導兵たちも、アルフレッドの神速の抜刀から放たれる漆黒の魔力刃によって、羽虫のように叩き落とされていった。


「兄さん、右から増援が十万来るよ。…ユーミリア様がお待ちだから、あと三分でお片付けしよう」


「おう、一気に行くぞッ!!」


二人の肉体には、傷はおろか、敵の返り血の一滴すら触れていない。


彼らの周囲に展開された、ユーミリアの魔力の障壁が、世界中のどんな攻撃も完全に遮断しているからだ。


三十万の軍勢。


一つの国家が社運を賭けて集めた最大戦力が、たった二人の少年の独占欲と過保護の前に、文字通り「跡形もなく更地」へと変えられていく。











夕暮れ時。神殿の執務室の窓辺で、私はお茶を飲みながらハラハラと帰りを待っていた。


(あああ、心配…! 二人とも無事だよね? 傷なんて作ってないよね!? もし一本でも髪の毛が傷ついてたら、私がその敵国を歴史の教科書から消し去るレベルで更地にし直すからね…!!)


限界オタクの超過保護な思考が限界を迎えようとしたその時、テラスの窓がトントンと叩かれた。


「ユーミリア、ただいま。約束通り、無傷で帰ってきたぜ」


「ユーミリア様、ただいま戻りました! ほら、お洋服も綺麗なままです!」


窓を開けると、そこには出陣前と何一つ変わらない、むしろ散歩にでも行ってきたかのような爽やかな笑顔のアーサーとアルフレッドが立っていた。


報告を上げる前に自ら私の元へと直行してきた二人は、すぐさま私の前に跪き、その綺麗な両手を差し出してくる。


「本当に、怪我はない…?」


私が二人の頬や手をペタペタと触って確かめると、アーサーはククッと喉を鳴らして愛おしげに目を細め、アルフレッドは私の手のひらに自分の頬をすり寄せた。


「ああ、かすり傷一つねえよ。敵国も本陣ごと完全に消し飛ばしてきたから、もう二度とあんたの邪魔をする奴は居ねえ」


「はい。これでユーミリア様の世界は、もっと静かで平和になりました。…僕、ユーミリア様のお役に立てましたか?」


心酔しきった、熱い狂信の瞳。


過激に平和を守る神の子と、その神の子の手を汚させないために、笑顔のまま世界を蹂躙して帰ってきた最強のラピスラズリ兄弟。


歪で、けれど世界で一番甘やかで甘美な三人の聖域は、こうしてまた一つ、世界の脅威を塗り替えて、どこまでも強固に完成していくのだった。










「『今日だけは、二人のどんな我が儘も聞いてあげる』…って、本気で言ったんだな?」


豪奢な天蓋ベッドが設えられた、私の私的な寝室。


普段は立ち入ることの許されないその最奥の空間で、アーサーが不敵な笑みを浮かべながら、ゆっくりと私との距離を詰めてきた。


その隣では、アルフレッドがいつもより少しだけ熱を帯びた、とろけるような「優しい顔」で私の顔をじっと見つめている。


敵国三十万の軍勢を二人だけで更地にし、約束通りかすり傷一つ負わずに帰ってきた二人。


そのあまりの健気さと男前っぷりに限界オタク脳を完全に狂わされた私は、盛大に彼らを労おうとするあまり、口を滑らせてしまったのだ。


(あ、あれ…? いつもの『神の子』の聖母スマイル(ニコニコ)が、二人の圧倒的な男の気配に負けて上手く作れない…!?)


ベッドの端に腰掛けた私の前に、二人が同時に跪く。


けれど、その姿は神殿での臣下の礼とはまるで違っていた。


獲物を確実に追い詰めた、獰猛な獣のそれだ。


「…ユーミリア様。僕たちは、ユーミリア様に傷一つ作らないと約束を守りました。だから、僕たちの我が儘、本当に聞いてくださるんですよね?」


アルフレッドが私のひざの上にそっと両手を重ね、上目遣いで覗き込んでくる。


その瞳の奥にある執着の炎は、すでに隠しきれていなかった。


「え、ええ。もちろんよ。私にできることなら、何でも言ってちょうだい」


私が少し緊張しながら頷くと、アーサーがククッと愉しそうに喉を鳴らした。


「何でも、な。…じゃあまず、俺の我が儘だ」


アーサーの大きな手が、私の腰をぐっと引き寄せた。


驚いて息を呑んだ瞬間、彼の顔が目の前に迫る。


サラサラとした黒髪が私の頬に触れ、彼の熱い体温がダイレクトに伝わってきた。


「今夜は、俺の気が済むまでこうして抱きしめさせろ。あんたの匂いと、その温けぇ魔力で、俺の頭の中を全部満たしてくれ。…他の奴らのことなんて、一瞬も考えんじゃねえぞ」


力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱きしめられる。


耳元で囁かれるアーサーの低く掠れた声に、前世はただの一般OLだった私の心臓は、尊さとときめきで破裂寸前だった。


「…ずるいです、兄さん。私だって、ユーミリア様に甘えたいのに」


不満げに唇を尖らせたアルフレッドが、私の反対側に回り込み、私の首筋にそっと顔を埋めてきた。柔らかな髪が肌を撫でる。


「僕の我が儘は…明日、目が覚めるまで、ユーミリア様の手をずっと握らせてください。それから、僕たちがどれだけユーミリア様を愛しているか、何度も何度も、お口で教えてあげます」


アルフレッドの手が、私の指の隙間に滑り込み、ぎゅっと指を絡ませてくる。完全な恋人繋ぎだ。


(待って待って! 推し二人に左右から同時ハグ&恋人繋ぎされてる!? これ、ご褒美が過剰すぎて私の心臓がおかしくなっちゃう…!!)


内心で全宇宙に感謝を捧げるレベルで大絶叫している私を、二人は本当に愛おしそうに見つめていた。


普段は冷徹に国を守る神の子として、全人類に平等な慈悲を配る私。


だからこそ、この夜の部屋の中だけで見せる、自分たちだけに独占されている無防備で真っ赤な私の姿が、二人の独占欲を極限まで満たしていく。


「ユーミリア、あんたの心臓、ものすげぇ音立てて動いてんぞ。…可愛いな」


「本当に…。ユーミリア様が私たちだけのものになってくれたみたいで、胸がいっぱいです…」


アーサーが私の耳たぶを優しく喰み、アルフレッドが私の手の甲に何度も熱いキスを落とす。


夜洋折衷の美しい月光が差し込む寝室で、二人のわがままは朝が来るまで終わることはなかった。


限界社畜OLから転生し、神の子となった私の聖域は、世界一最強で、そして世界一愛の重い双璧の腕の中で、どこまでも甘やかに溶けていくのだった。








「ねえねえ、ユーミリア様! アーサーさまとアルフレッドさまは、ユーミリア様の『跡継ぎ』になるの?」


それは、貧困地区の炊き出し会場を視察していた、よく晴れた午後のことだった。


すっかりこの安全な場所に馴染んだ信者の子供たちが、私のスカートの裾を引っ張りながら、純粋できらきらとした瞳でそんな質問を投げかけてきた。


(跡継ぎかぁ。確かに、この教団の未来を考えたら二人がトップに座ってくれるのが一番安心よね。うん、原作的にも二人のカリスマ性なら文句なしだし!)


前世の限界社畜OLとしての組織運営思考と、限界オタクとしての「推しが教団のツートップに君臨する尊さ」が最悪の化学反応を起こした私は、いつもの神聖なニコニコ笑顔で快く答えようとした。


「あら、それもいいわね。二人ならきっと、立派な…」


「ちげぇよ、おチビちゃんたち」


私の言葉を遮るように、上から降ってきたのはアーサーの低く楽しげな声だった。


振り返ると、大釜のチェックを終えたアーサーが、不敵な笑みを浮かべて私の腰を慣れた手つきでぐっと引き寄せる。


さらに反対側からは、アルフレッドがいつもの天使のような「優しい顔」でふにゃりと目元を和らげて現れた。


「ええ、僕たちはユーミリア様の跡継ぎになるわけじゃないんだよ」


「えー? 違うの? じゃあ、二人はユーミリア様と何をするの?」


不思議そうに首を傾げる子供たちに、アーサーは私の腰を抱く手にさらに力を込め、極上の男前スマイルでとんでもない爆弾を投下した。


「俺たちはな、神の子さまの跡継ぎを『作る』お手伝いを、将来するんだよ」


「…ぶふっ!!!???」


上品にお茶を啜っていた私の喉から、変な音が飛び出た。神の子としての完璧な仮面が、音を立てて粉々に砕け散る。


「えっ? 作るって? お料理みたいに作るの?」


純粋無垢な子供たちが、さらに目を輝かせて問いかける。


「そうだよ、とっても大切に、時間をかけて作るんだ」


アルフレッドが私の手を恋人繋ぎでぎゅっと握りしめ、心酔しきった、熱い熱を孕んだ瞳で私を見つめながら子供たちに応じる。


「作るって、どうやって?」


「はは、大人になったら、みんなもわかる。だからそれまで楽しみにしとけ」


アーサーがニッと笑って子供たちの頭を乱暴に撫でる。


「わーい! 大人になったらわかるんだね!」と、何も知らない純粋な子供たちは大喜びで走り去っていった。


静まり返る特等席。


残された私は、顔面を真っ赤に染め上げたまま、完全にフリーズしていた。


(ひぇっ…!? い、いつのまにそんな話になったの!!!??? 跡継ぎを『作る』って、しかも『お手伝い』って、それ実質…実質、私の旦那様(それも二人同時に)になるって公言したようなもんじゃないのーーー!!!???)


前世はただの限界社畜OL、今世は過保護な神の子。


そんな私のキャパシティを遥かに超えた「推しからの超弩級のプロポーズ(将来の既定路線)」に、私の心臓は三十万の軍勢よりも激しく、跡形もなく蹂躙されていた。


私の大混乱を他所に、左右の兄弟は、これ以上ないほど甘やかで、そして底知れない独占欲に満ちた「優しい顔」で私の顔を覗き込んでくる。


「おい、ユーミリア。顔真っ赤だぞ。…まさか、他の男と跡継ぎ作る気だった、なんて言わねえよな?」


アーサーが私の耳元で、掠れた声で意地悪く囁く。


「そうですよ、ユーミリア様。ユーミリア様の未来も、そのお身体も、次の世代のことも…すべて僕たち二人だけで引き受けるって、あの夜にもう決めたじゃないですか」


アルフレッドが私の手の甲に、誓いを立てるように深く熱いキスを落とした。


国を守る過激な神の子のパブリックイメージはどこへやら、私だけの聖域の中で、二人の最強の過保護たちは、すでに「神の子の夫」としての将来計画を完璧に、そしてあざやかに包囲網を狭めながら進めているのだった。








「神の子ユーミリア様。我が教団一同、この命に代えましても『国家一級慶事』の完遂をお約束いたします!!」


翌朝、執務室の扉が開いた瞬間、最高位の神官たちと聖騎士長ラインハルトが、まるで決死の戦場に赴くかのような悲壮かつ歓喜に満ちた表情で一斉に床に平伏した。


渡されたのは、昨日の「巫子保護法」を遥かに凌駕する厚さの、もはや鈍器のような羊皮紙の束だ。


(…ちょっと待って。嫌な予感しかしないんだけど、表紙に『御成婚大典・予算及び儀礼計画書』って金箔押しで書かれてるの何ですかね!?)


私の限界オタク脳が防衛本能でフリーズする中、神官長が涙を流しながら熱弁を始めた。


「昨日、炊き出しの現場にて、アーサー様とアルフレッド様が『神の子さまの跡継ぎを(三人で)作る』と公式に神託を下されたと拝聴いたしました! 我々信者一同、あまりの尊さに神殿の床を涙で濡らす日々でございます! さあ、ユーミリア様、まずは和装の白無垢と、洋風のウェディングドレス、どちらの仕立てから始めましょうか!?」


事の発端は、あの子供たちとの会話だった。


物陰で警備(という名の、神の子と巫子たちの尊い絡みの監視)をしていた神官たちが、二人の「跡継ぎを作るお手伝いをする」という爆弾発言をバッチリ聞いてしまっていたのだ。


彼らの脳内では瞬時に素晴らしい変換が行われた。


「神の子さまとラピスラズリ兄弟がご結婚される…! しかもお二人同時に…! さすがは我らが神の子さま、愛のスケールも世界を滅ぼす魔力並みに規格外であらせられる!!」と。


結果、教団は総出で、まだ付き合ってもいない段階から「国家一級慶事」としてフライング大騒ぎを始めてしまったのである。


予算案の欄には、他国からのお祝いの品を並べるための臨時の宝物庫の建設費まで計上されていた。


「あ、あのね、ラインハルト、神官長も…。それは流石に、まだ気が早すぎるというか、そもそも私はまだ何も承諾してな…」


私が引きつった笑顔で止めようとした、その時だった。


「ハッ! なんだよ、手際がいいじゃねえか。おいユーミリア、ドレスは両方着ればいいだろ。あんたならどっちも似合うぜ」


私の背後から、アーサーが不敵に笑いながら歩み寄ってきた。


彼は机の上の計画書をペラペラとめくり、実に入念にチェックを始めている。


「そうですね。ユーミリア様の美しい花嫁姿、僕は今から楽しみです。…神官長、式典の警備は僕たちが指揮します。ユーミリア様との神聖な儀式を邪魔するような不届き者が万が一にも紛れ込んだら、その場で国ごと更地にしますから」


アルフレッドもいつもの天使のような「優しい顔」のまま、さらりと国家滅亡レベルの脅しを神官たちに微笑みかけた。


「おおお…! なんという頼もしい御新郎様がた…っ! 即座にデザインの選定に入ります!!」


神官たちは「これぞ未来の教団の主!」と感動に震え、再び一斉に祈りを捧げ始めた。


(いや、新郎が二人いることに誰も疑問を抱かないのなんで!? 国教のトップの結婚だよ!? あとアルフレッド、笑顔でさらっと『国ごと更地』って言わないで! 神官たちもそれで納得しないでーーー!!!)


ツッコミ不在の異世界で、私の限界オタク脳と元OLの理性は完全に消滅した。


チラリとラピスラズリ兄弟を見上げると、アーサーは「外堀は埋まったな」と言わんばかりに獰猛に口角を上げており、アルフレッドは私の手をぎゅっと恋人繋ぎしながら「ユーミリア様、逃げられませんからね?」と、甘やかな狂信を孕んだ瞳で私を見つめていた。


たった一言の我が儘から始まった、国家をも巻き込む大フライング。


本気で御成婚の準備に奔走する教団を他所に、未来の約束(強制決定)を勝ち取った二人の最強の過保護たちは、大混乱する私の赤面顔を、それはそれは愛おしそうに眺めるのだった。









「…さあ、ユーミリア。あとはあんたがここにサインするだけだぜ」


「ユーミリア様、万年筆はこちらです。どこに書けばいいか、僕たちが手を添えて差し上げましょうか?」


執務室の重厚な机の上に、ぽんと置かれた一枚の極上質な羊皮紙。


それは、金箔の刺繍で美しく縁取られた、この国の最高法的効力を持つ『婚姻届』だった。


すでに左側の新郎欄には、私から教わった美しい楷書で、力強く『アーサー・ラピスラズリ』、そしてその隣に並んで『アルフレッド・ラピスラズリ』の署名が完璧に、一点の迷いもなく並んで書かれている。


残されているのは、右側の新婦欄…私の名前を書くスペースだけだった。


(…う、嘘でしょ!? 本当に二人と結婚することになっちゃったよ! しかもこれ、国教の最高書類なんだけど!?)


引きつった笑顔のまま、私は目の前の婚姻届と、私の左右を完璧に包囲している二人の最推しを交互に見つめた。


前世は限界社畜OL。


今世は国教のトップ。


だからこそ、私は教団の最高法規や教義のすべてを把握している。


数日前まで、我が宗教の戒律には「配偶者は一人のみ」と厳格に定められていたはずだった。


だが、私が手元の計画書の束をめくると、昨晩の日付で神官長たちの血判が押された『教義改定案』が添付されていた。


そこには、信じられない文字が踊っている。


『神の子ユーミリア様が望まれる場合、その聖なる慈愛は無限であるため、二人の夫を迎える「重婚」を全面的に肯定し、これを聖なる絶対の規律とする』


(うちの宗教、重婚可になっちゃったよ!!! 巫子様たちの怪我は国家の危機だって騒いだと思ったら、今度は二人の独占欲のために世界の常識(教義)のほうを書き換えちゃったよーーー!!!)


ツッコミ不在の異世界で、教団の権力を完全に掌握した二人の行動力は、私のオタク脳の想像を遥かに超えていた。


私が呆然と万年筆を握ったまま固まっていると、アーサーがククッと不敵に喉を鳴らし、私の椅子の肘置きに両手を突いて、上から覆いかぶさるように顔を近づけてきた。


「なんだよ、ユーミリア。今さら逃げられると思ってんのか? あんたが俺らを拾って、美味いもん食わせて、ささくれ一つで世界一の奇跡を使うほど甘やかしたんだ。…今更、他の男のところにいくなんて、俺が世界を滅ぼしても許さねえよ」


「そうですよ、ユーミリア様」


アルフレッドが私の背後に回り込み、私の肩を優しく、けれど絶対に離さないという強い力で抱きしめる。


彼の熱い吐息が耳元にかかり、心酔しきった甘やかな声音が鼓膜を揺らした。


「僕たちの戸籍も、名前も、未来も、すべてユーミリア様のもの。ユーミリア様が国を守り、世界を愛するなら、私たちはその世界ごと、ユーミリア様を愛して、閉じ込めて、一生甘やかして差し上げます。さあ、僕たちの『奥様』になってください、ユーミリア様」


(ひぇっ…! 笑顔の圧がすごい! 独占欲と重すぎる激愛の覇気で、部屋の空気が糖度一万パーセントに達してる…!!)


国境の軍勢を指先一つで滅ぼす過激な神の子。


全人類に平等な慈悲を配る絶対強者。


そんな私のパブリックイメージは、この至近距離から放たれる推し二人の「男の気配」と「新郎の特権(確定)」の前に、完全に形無しだった。


恥ずかしさと尊さで、顔から火が出そうなほど真っ赤になる。


けれど、私の手を包み込む二人の手のひらは、出会ったあの日の泥まみれだった頃とは違い、温かくて、清潔で、私への打算なき純粋な愛と狂信だけで満ちあふれている。


前世の孤独な兄弟に、今世の特権をすべて使って「安全な居場所」を買い与えた結果、彼らは私を世界の中心(神)へと祭り上げ、その隣の座を力尽くで永遠に独占することを選んだのだ。


「…もう、二人とも、強引なんだから」


私は小さくため息を吐きながらも、限界オタクとしての最高の幸福と、今世の伴侶としての深い愛を込めて、ニコニコと微笑んだ。


そして、二人が見守る中、万年筆の先を羊皮紙へと落とす。


カリカリ、と静かな部屋に音が響き、新婦欄に『ユーミリア』の名前が刻まれた。


「よし。これで一生物だ。ありがとな、俺のユーミリア」


アーサーが狂喜の表情で私の唇を奪う。


「ありがとうございます、ユーミリア様。…いいえ、僕の可愛い奥様」


アルフレッドが私の左手の薬指に、教団の予算で特注された、私の魔力と同じ色の輝く指輪をそっと嵌める。


国教の教義さえも書き換え、世界一過保護で世界一愛の重い双璧を旦那様に迎えた神の子ユーミリア。


完璧な平穏と底なしの溺愛に包まれた彼女の聖域は、二人との「新しい家族の計画」とともに、この和洋折衷の異世界で、どこまでも甘やかに、そして永遠に続いていくのだった。

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― 新着の感想 ―
甘々! だけど普通とは違うベクトルでかなーり病んでるな、三人とも。 この三人のせいで一体何人の人が塵になった事か。 でも! 敵国を更地にしてはいけません! ちゃんと形を残しておかないと税金や寄付金を徴…
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