表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天天地地  作者: ずいむし
2/5

第二話 悪だくみ

 習永(しゅうえい)が次に意識を得たのは、幔幕の中であった。

 なんとなく疲れがまだ芯に遺っている感じだったが、それでも推して体を持ち上げた。

 騎馬兵の躍動する様子だの、右督の狂乱だの、一つ一つ記憶を辿ってゆけば、最後には将校の(なにがし)の顔がでてきた。ようやく、自分が卒倒したことに思い至った。

 自軍の被害の状況やら、助けに来たあの将校のことやら、気になることが頭の中をひとしきり駆け巡った後、自分の本来の任務を思い出した。

 (とりで)の造営である。目標地点に到達する前に、敵襲を察知したので、その(とりで)造作のための資材を流用して防衛陣地を構築した。戦場ではやむを得ぬ判断であった。

 とかく賀覧(がらん)将軍に申し開きをせねばならない。

 べきべきと鳴る体中の関節に気遣う余裕もなく、ぎこちなく立ち上がった。

 軍医がそれを気に留めてすっとんできた。


「いまは、ご静養を」


「将軍のもとへゆかねばならん」


「その将軍から、(しゅう)部尉には英気を養わせよとおおせつかっています」


 頑として聞き入れない軍医に腹を立て、習永(しゅうえい)は力任せに腕を引きはがす。さすがに腕力で軍人に敵おうはずもない。

 賀覧(がらん)将軍は気難しい人柄のとおり、神経質かつ堅実な作戦をする。石を積むように戦をする人だ。決めた手順を崩すことを嫌う。

 今回の習永(しゅうえい)の仕儀はまったく予定外のものである。怒りを買っているに違いない。習永(しゅうえい)は一刻も早く名誉を回復したい。心がざわついては静養などできようもないではないか。

 軍医を押しのけて幔幕を出ると、ちょうど、かの将校が向かってくるところであった。


「やあ、習永(しゅうえい)どの」


「そなた、たしか。……すまぬが」


支乾(しけん)慶純(けいじゅん)将軍からの、参軍事の」


 ああ、と習永(しゅうえい)は目を開く。

 習永(しゅうえい)自身は気が付いていないが、それにしても顔色が悪い。そんな土気色の顔の男が、軍医を引きずって幔幕を出ようとしている。支乾(しけん)は苦笑いするほかなかった。


「その顔で会いに行かれては、賀覧(がらん)将軍も気を遣う。じっとしていられないならば、わが営においでになってくれ」


「いやしかし、わたしは()将軍に――」


「ちょうどその()将軍にご挨拶にいったところなのだ。(しゅう)部尉のことも気にしておられた。事情もご承知しておられる。ぜひわが営に。茶の一つでもだすから」


 支乾(しけん)はそういいながら、軍医のほうへ合図をする。

 軍医は仕方なく歩行補助の杖を出してやった。

 ていねいに軍医へ礼をつくして辞す習永(しゅうえい)をみて、支乾(しけん)はまぶしい思いがした。


()いな、習永(しゅうえい)どの。善い善い」


 習永(しゅうえい)は怪訝な顔をするが、支乾(しけん)は気にしない。

 習永(しゅうえい)の歩調にあわせながら自分の陣営に案内する。道すがら、二、三の将校と出会って労いのことばを習永(しゅうえい)に投げるものはいたが、支乾(しけん)に言及するものは皆無であった。


「この軍では貴官がわたしの初めての面識者だ。いろいろとたのむ。アチラの軍からの出向なので、いい顔されんのだ。貴官には恩があるだろうから、よくしてくれよ」


 いたずらっぽく笑って見せるが、習永(しゅうえい)の反応はにぶい。

 やりすぎたかな、と支乾(しけん)は頭をかく。

 習永(しゅうえい)は気を取り直して自軍の様子を問うた。中督部が総崩れになっていた光景が脳裏に去来する。診療所の(ベッド)にも喬眉(きょうび)の姿はなかったように思えるが、意識を取り戻してすぐに飛び出してきたものだから、把握できていない。


喬眉(きょうび)中督は名誉を果たされたと聞く」


 支乾(しけん)はそういった。うなだれはしない。自分もあの人も、責務を遂行していたにすぎない。戦場に立つ限り、()()は廻ってくるのだ。喬眉(きょうび)は、たまたまそれが昨日であった。遅いか早いかだけの問題である。

 ちょうど目的地に着いた。


「もどった!」


 支乾(しけん)はつとめて朗らかな声を挙げる。その砕けた様子に、習永(しゅうえい)はわずかばかり気後れした。軍中で、ここまで気の置けぬ仲があるものか。わが陣営には、もはやあの愛想のない左督しか残っていない。

 支乾(しけん)の言葉に、二つの声が応じる


「こっちの御大将はいかがでござった」


「大哥の悪だくみには、つきあってくれそうだったか」


 悪だくみ――。その言葉に習永(しゅうえい)は気色ばむ。

 支乾(しけん)を「大哥(あにき)」といった髭面の男は、まずった、という顔をして支乾(しけん)と、もう一人を交互に見やる。

 もう一人のほう――青白い顔をした面長の書生然とした男は、すでに刀柄に手をかけていた。威嚇などという生ぬるさではない。殺気には一片の躊躇も存在していなかった。


「まて、まて。な」


 支乾(しけん)は青白い書生のほうへ体を差し込むように、習永(しゅうえい)のかたに腕を回した。


「このお方、覚えてないかね。あのときの将校どのだ。紹介したい。まあまあ、とりあえず習永(しゅうえい)どのも――」


 おちつけ、という代わりにぐっと力を込めてその肩をつかむ。

 書生は支乾(しけん)の静止におとなしく従った。髭面のほうは、すまない、すまない、と支乾(しけん)に平謝りである。


「支参軍……」


「順を追って話そう。逃げも隠れも、ここではできぬ。ひとまずは腰を落ち着けて」


 支乾(しけん)はとりあえず、お互いを紹介した。

 支乾(しけん)を「大哥」と称する、口を滑らせた虎ヒゲ男のほうは、寅眈(いんたん)という。

 すさまじい殺気をいとも簡単に出し入れした青白いほうは、劉辰(りゅうしん)という。

 それぞれ、寅眈(いんたん)は左督、劉辰(りゅうしん)は右督として、支乾(しけん)軍を構成していた。


「中督はおらぬ。督部二つからの編成が、わが軍だ。あとはわたし自身が率いる騎馬兵二百」


 つまり、二千人からの部隊ということになる。

 最前、習永(しゅうえい)を救い出した騎馬突撃もこの二百騎によるものであった。

 習永(しゅうえい)は黙って支乾(しけん)を見た。説明を求めているのは明らかだったが、支乾(しけん)は軽くいなす。


「我らがこちらに推参したのは、賀覧(がらん)将軍に助太刀するため、というのは表の理由。その実、慶純(けいじゅん)将が賀覧(がらん)将軍へ、()()()使()()として我らをこちらに寄越したのだ」


「誘い……『悪だくみ』の誘いか」


「違うな。それはわが将軍の悪だくみで、大哥()じゃない」


 懲りずに口をさしはさむ寅眈(いんたん)。ふたたびゆらりと青白い殺気が昇り立つが、今度は殺意というよりも怒気である。

 支乾(しけん)はそれを放っておいて、習永(しゅうえい)に向き直る。


「この()()()()()の言う通りだ。わが将軍・慶純(けいじゅん)の『悪だくみ』は、蹇族と組んで反旗を翻そうということだ」


 習永(しゅうえい)はすうっと血の気が引く思いがした。

 叛徒のまんなかに入るのか。うまく回らない頭に代わり、身体はこわばり、手はしぜんと剣の柄をさぐっていた。支乾は身じろぎもせずにいう。


「それを邪魔してやろうというのが、私たちの『悪だくみ』。賀覧(がらん)将軍がこれに乗ってくれるか、という心配をこやつらはしておったのだ」


「乗らぬことがあるのか」


 慶純(けいじゅん)の通敵行為、反逆が真実ならば、帝国の一大事である。これを防ごうとする支乾(しけん)たちを阻むことこそ、利敵というべきことではないか。いくら賀覧(がらん)将軍が気難しい御仁とはいえ、である。習永は緊張を解かない。


慶純(けいじゅん)の反逆を許す真似は、いくらなんでもしないであろう。しかし、そうなると問題はこれだ」


 と支乾(しけん)は自分を指さす。

 なるほど、と習永(しゅうえい)は得心した。慶純(けいじゅん)のもとから派遣されてきた一軍の将が、慶純(けいじゅん)の反逆を告げに来た――疑われ、斬られても不思議はない。自分がそうであったように。


「委細承知した。重大事のようであるし、何かあれば力になろう。恩義をかえしたい」


 支乾(しけん)はちょっと考え、寅眈(いんたん)にむけて手をひらひらとして見せた。

 すこしいやそうな顔をしながらも、先ほどの粗相の手前、強く出ることもできない。そそくさと席を離れる。


「……まあ、誤解も解けたことだし、習永(しゅうえい)どの、喫茶といこう。北辺の冬は堪える」


 寅眈(いんたん)がいそいそと人数分の茶と軽食をもってきた。

 社交辞令だとおもっていた「お茶でも」を本当にするとはおもっていなかった習永(しゅうえい)は、さきほどの衝撃も手伝って、唯々諾々とこれを受けるほかなかった。

 あとは歓談である。

 どうやら、寅眈(いんたん)支乾(しけん)を「大哥」と呼ぶのは、寅眈(いんたん)の一方的なことらしく、支乾(しけん)は「お前の兄者になった記憶はない」と嬉しそうにうるさがっていた。


劉辰(りゅうしん)も大哥を大哥と呼べばいいのに」


支乾(しけん)どのは兄上じゃない」


()()分、ってだけだぜ」


「実の兄に申し訳が立たぬだろう」


「そんなもん、たててどうする」


 習永(しゅうえい)は不思議に思ったことを素直にぶつけてみた。この三人は、どういった経緯で集まったのか。


「付き合いじたいは、わたしと劉辰(りゅうしん)が一番ながい。同郷の出身だ。わが父が軍人だったからその後を継いでわたしも軍人だ。父に無理言って百長(百人部隊の隊長)までになっていた劉辰(りゅうしん)を督軍としてもらい受けたのだ」


「おれはその埋め合わせで転属」


「埋め合わせ?」


「百人将の劉辰(りゅうしん)を督軍に抜擢した代わりに、不良督軍をおしつけられてしまったのだ」


「おれはさほど悪くないんだぜ」


 寅眈(いんたん)は不満げにかぶりを振る。

 もとは他の部隊での部将であったが、同僚と殴り合いのいさかいをおこして、降格したのだという。以来疎まれて各部尉のもとを転々としていたところ、ようやく支乾(しけん)の下に落ち着いたのだとか。

 ようやく習永(しゅうえい)の顔に生気がかえってきた。その機を見逃さず、支乾(しけん)はすかさずいう。


「さて、交際をあたためたことだし、習永(しゅうえい)どの、賀覧(がらん)将軍の説得にご助力ねがいますかな」


「それはもう」


「よかった。実は先ほどの会見で賀覧(がらん)将軍はいたくわたしを気に入ってくれたようで。『戦場では背中に気を付けておくがいい』とお言葉をいただいたのだ」


 支乾は肩をすくめるように、いかにも、こまった、という身振りをする。


「はあ、それはそれは」 


 厄介ごとの範疇には収まらなさそうであった。習永(しゅうえい)はまた茶をすすったが、味はまるでわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ