第7話 不登校予備軍になる要因ってこういうこと。
さて、学級委員と合唱コンの伴奏。
パッと見普通では?不登校になるような事?
と思われるようなことで精神が消耗していった私。
ここからトドメ?のような出来事が起こります。
まず1つ目。
部活動の雰囲気についていけなくなりました。
私の所属していたバレー部の顧問、Y先生。
Y先生は割と機嫌による指導の差が激しい先生で、
お気に入りの生徒、そうじゃない生徒がいるんだろうな〜と感じてしまう行動、言動も多数見られました。
その中で私は卒業した兄がY先生と仲が良かったお陰でお気に入り、と言われる部類でした。
そんな感じで部活の友達と話す時も、
「ここ(私)ちゃんは気にいられてるもんね。
私たちめっちゃ嫌われてるからさ〜」
「ここも上手くない訳じゃないけどさ、もっと他に試合出れる子いるよね。」
といったような感じのことを言われることも少なくありませんでした。
私も、もちろん兄の影響で好かれているとは思ってました。
でも、GWで自由参加日になっていて
1年生はほとんど参加していない中で部活に参加したり、
積極的に試合に参加したり、声出ししたり。
自分なりにバレーが上手くなりたい!と頑張っていました。
そんな中でのその発言。
そんな風に思われてたんだ。
もしかしてバレー部全員に嫌われてるかも。
と思うように。
お気づきかもしれませんが、
大抵私の思考がおかしいせいで勝手に気にして
勝手にしんどくなってるわけです。
そんなことにも気づかず、
自分の中で『事実』と『考察』をチグハグにして考えるようになってしまいました。
そして2つ目。
付き合っていない男の子と付き合っているとイジられるようになりました。
私のその男の子は幼なじみで仲が良く、たまに一緒に帰ったりもしていました。
別に恋仲という訳ではなく、ただ単に友達だったのですが…
中学生は恋の話が大好き。あっという間にあらぬ噂を立てられてしまいました。
友達と素直に友達でいられなくなってしまい、ことある事ににイジられ…
(その男の子の苗字が田中だとしたら、田中ここー!
と呼ばれるのがデフォでした。)
中一ギャップを感じていまだ学校に馴染めていなかった私にとってはしんどい出来事でした。
それでも嫌われたくなかったので、
「違うし!やめてよ笑」
などと軽く流していたら、
どんどんエスカレートしていきました。
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そんな感じで色々な要素が加わり、学校へ行こうとすると胸とお腹が痛くなってしまうように。
母に相談すると色々な病院へ連れて行ってくれましたが原因は見つからず…
逆に母が心配してくれたり、
親戚に相談してくれてるのも私にとっては苦痛になってしまいました。
そんな感じで週1回、多い週は2回学校を休むようになり、保健室の常連になりました。
学校へ行ってる時はとにかく帰りたくて、
逃げたくて。
でも休んでいる時はこんなに休んで大丈夫なのか。
嫌われてたらどうしよう、
サボりだと思われてるよね。
などなど、どこにいても気が休まらない日々が続きました。
もう消耗しきっていたこと、
1秒でも早く学校から帰りたかったこと、
雰囲気が合わなかったことなど色々な要因から、
ついに頑張っていた部活も辞めてしまいました。
そんなこんなでようやく合唱コンが終わった頃、
母の勧めもあり私はスクールカウンセラーさんにかかることになりました。
因みに中学受験で共に落ちたIちゃんもカウンセラーさんにかかっていたので、初回は相談室まで着いてきてもらいました笑
(流石に面談はカウンセラーさんと2人きりです。)
そんな感じで初めてのカウンセリング。
スクールカウンセラーは守秘義務守らない、
行っても意味が無い…
など、色んなところでボロボロに言われていますが、
私の学校のカウンセラーさんは大当たり。
男の先生でしたが、雰囲気も優しかったですし、
守秘義務をしっかり守ってくれ、
カウンセリングもとっても上手?で私の気持ちを引き出してくれました。
まぁ、しっかり自分の気持ちを話せるようになるまでに1年程かかりましたが…
そうこうしている内に冬休みが明け、
三学期になりました…
がまだ学校に馴染めませんでした。
しかし、そんな私を救ってくれるものが現れました。
それは『本』。
本を読んでいる間だけは全部忘れて物語に入りこめると気づいてからはどんどん本にのめり込んで行きました。
本を読んでいるせいで周りから若干避けられたりもしましたが…
例えば、そんな風に見せちゃったのも悪いんですが、
クラスのみんなが終わりの会サボってどんちゃん騒ぎしている時に私だけ本を読んでいたら、
明るい女の子達から怒っていると勘違いされ、
「言いたいことがあるんならはっきり言えば?」
と言われたり…
しかし、そんな中でも、本を読むことで学校を感じずに過ごせる時間が増えたこと、
合唱コン、学級委員から解き放たれたこともあり学校を休む頻度も減りました。
そんなこんなでようやく三学期も終わり、
何とか中一は乗り切りました。
完全なる不登校とは言えませんが、この経験は私にとって大きなことだったと今も感じています。




