第4話 運命の6年生後編
さて、受験の天王山と呼ばれる夏休みを何とか乗り切り、2学期に突入。
受験まであと6ヶ月。
学校の教室はなんとなく夏休みの余韻で浮き足立っていますが…(お土産は無事貰えました)
まぁ、もちろん塾はいよいよ追い込みをかけ始めていました。
そんな私に、衝撃の模試結果が返ってきます。
適性検査型で、1番本番に近い模試。
テストはIとⅡがあって、Iは数学や理科、社会、
Ⅱは国語と小論文。といった感じのテストでした。
私は夏休み中にそのテストを受け、テスト返しの時間。
先生からテスト結果が返された時、私は思わず叫びました。
『え゛え゛ぇぇぇぇぇ!!』
なんと、Iのテストは偏差値56。
そしてⅡのテストは偏差値70を越えていたのです。
Iのテストはまぁまぁでは?と思われると思いますが、それまで偏差値50あるかないかだった私にとっては大躍進でした。
そしてⅡのテスト。
私が国語だけ得意だったことと、
その時の問題の相性がバッチリだったようで、
この後の人生できっともう取ることはないだろう偏差値をたたき出したのです。
正直、我武者羅に勉強してきて、結果が伴っているのか不安に思っていたので、この模試にはびっくり仰天。
両親にも褒めちぎられました。
しかし、受験に落ちるようなやつはここで頑張るようなやつではありません。
「えっ!私もしかしたら受かるんじゃーないか?」
と天狗になり、勉強時間が減る事態に。
多分中学受験ガチ勢が見たら激昂してそのまま失神するでしょう。
ほんとに受験生か?と中学受験をしてない人も思うでしょう。
本当に信じられませんが、ノンフィクションなんですね。
フィクションであってくれればどれだけ良かったか。
そのままズルズルと1ヶ月ほど引きずり。
最終的には偏差値60行かないくらいまで落ちたような気がします。
おめでたい頭なもので、
良かった1回の結果しか覚えてないので詳細は覚えてないのですが…
このように、着々と不合格への道を闊歩している私。
ですが、面接対策と小論文対策は非常に力を入れました。
なぜなら、ここでしか点数を稼げないからですね。
当時の私は、既に自分の出来なさを痛感し始めていました。
これは映画かアニメかの受け売りなのですが、
まさに、
『井の中の蛙が大海の広さを知り始めていた』
わけです。
プラスアルファで小学校の時の担任に言われた一言。
私はいじられキャラだった為かしりませんが、
「ここちゃんは受からないでしょ〜」
と言われたのも中々効いていました。
(これは中学生になってからも引きずる呪いの言葉となりました笑)
ですから、少しでも得意な小論文と、
己の声のデカさを最大限に活用するしか勝ち目がないと判断したのです。
もちろん、算数などの勉強も行っていました。
特に面接では、明るく、ハキハキ、にこやかに。
とにかく1番最初に手を挙げてできるだけ完璧に答える。それを徹底しました。
小論文では国語だけ得意という意地とプライドてゴリ押した部分もありますが、
書いて、書いて、書きまくってました。
もう少しあとの話になりますが、
私は受験本番で面接、小論文ともに大コケします。
乞うご期待。
そんなこんなで必死に毎日を過ごしていると、あっという間に冬休み。
冬期講習もびっちり通い、冬期講習DX版の『正月特訓』にも行く予定だったんですが、
思わぬハプニングが。
私が受験生だった時は、コロナが流行って2年ほど経ったとき。
まだまだコロナは盛んに人々を襲っていたんですね。
お陰様で正月特訓1日前にコロナになり、
過去最大に苦しみ、正月特訓にも行けない。
絶望の冬休みを過ごしました。
とにかく受験において大切なことは、
体調管理とメンタル管理。皆さんご無理なさらず。




