第3話 怒涛の6年生前編
さて、桜も満開になり晴れて6年生になった当時の私。
小学校最後の年の幕開けでもあり、受験勉強にとって大切な時期へ突入します。
4月はようやく宿題、自主勉、週3の塾…
と勉強が大半をを占めた生活に慣れ始めていました。
他にもフリーザみたいな髪型の先生が新しくやってきたり、(ガチまじフリーザ。誇張はありません。)
確か初めて適性検査型の模試を受けたり。(記憶が曖昧なのですが、偏差値50あるかないかだった気がします。)
勉強もようやくついていけるようになってきた頃。
どこかで書きましたが、ネット中毒の私。
受験が始まる前は2ch切り抜きやyoutubeで休日をまるっと潰していました。
そんな私にとって正直、勉強ばかりの日々は苦痛でしかありませんでした。
ですがそんなこと言ってられません。
なんせ激遅のスタートダッシュ。
当たり前ですが、どこまで差を縮められているか分からない中サボることは出来ませんでした。
そんな感じでようやく受験生らしくなってきた頃。
GW特訓のお知らせが配布されました。
内容はGWの間、朝から晩まで缶詰で勉強する…ような感じだった気がします。
もちろん参加しなければいけません。普通は。
ですが何を思ったか小6の私はその特訓をパスしたのです。
びっくりしましたか?
多分、1番びっくりしているのは書いてる私です。
残念ながらまだまだ普通の小学生気分が抜けず、
GWくらい休ませろ!と、特訓へ行かない決断をしました。
普通は両親が引きずり倒してでも行くのかもしれませんが、私の場合、私がやりたいと言った事をやらせてくれているだけ。
両親は引きずり倒すほどの受験熱は持っていなかったようです。
(勉強などは熱心に教えてくれてましたが…)
そんな意味の分からない決断により、GW中の勉強時間は5時間あるかないか。
愛するネットと共に中々楽しい休暇を過ごしました。
言っちゃえば、受験生失格のお手本みたいな感じです。
さて、このように受験不合格の伏線をはり散らかしている中、
O塾に私より激遅スタートダッシュの男の子が入塾してきました。
名前はT君。控えめな感じだった気がします。
多分T君はそんなこと思ってないと思いますが、私は遅めスタートダッシュ同士で謎の親近感を感じていました。
新しい仲間も参戦し、切磋琢磨し合いながら頑張って日々受験勉強に励んでいると、あっという間に夏休み。
周りからは何とも楽しそうな声が。
「夏休み楽しみー!旅行行くんだ!」
「私もー!ここちゃん、お土産あげるね!」
…はい。
受験生にとって夏休みは受験の天王山。
夏休みにどれだけ勉強に時間を費やせたかで合否が決まる。とも言っている方もいるよう。
もちろん、旅行の予定なんてさらさらないので、
「ははは。いいね。」
と歯を食いしばりながらそう言うしかありませんでした。(私は受験を受けることを友達に言ってませんでした。)
こんなことを言いつつ、勉強は嫌いじゃないですし、塾は楽しい。
なのでそんなに憂鬱ではなかったです。
(強がりではない…はずです。)
毎日休むことなく塾へ足繁く通う日々。
人生1、勉強したと思います。
そんな中、夏休みの折り返し、ラスボスがやって来ました。そう、「お盆特訓」です。
お盆の間、色々な教室の子が集まり、朝から晩まで授業を受ける。言うなれば夏期講習DX版。
ラスボスと表現したのには訳があります。
それは、初めての『クラス分け』があったからです。
頭が悪い子から下のクラスに振り落とされるというなんとまぁ残酷なテスト。
そのテストの手応えはほぼなく。
この頃からメンタル面で怪しかった私は
あぁ終わった。今までの努力なんだったんだろうと絶望していました。
それでもクラス分けは行われるわけで。
先生が黒板にクラス分けの紙を貼り、
「じゃあ紙をみて教室を移動してくださーい」
と軽快に言いました。
それどころじゃねぇんだよ!!と言いたかったですが、もちろん言わず。
泣きそうになりながらクラス分けの紙を見ました。
まず、1番上のクラス。
まぁ勿論自分の名前は見つからず。
ここまでは想定通り。
問題は真ん中のクラス。
ここに残ってないと私のメンタルはバラバラに叩き割れるだろうと直感し、祈るように紙を見ました。
上から下へ。なければ次の列を上から下へ。
心臓のバクンバクンとした音が、胸に手を当てずとも聞こえてきました。
「あった…」
こうして、真ん中のクラスで授業を受けられることになった私。何故か友達も出来ました。
内容は、当然難しかったです。
何度も上のクラスの子と脳みそを交換したいと思いました。
ですがここで折れる訳にはいかねぇ!
と、根性でお盆特訓を乗り切りました。




