山牙の丸焼き
朝飯の片付けを終え、侍が立ち上がる。
「お師匠さん、何で使わない木刀を持ってるんですか?」
侍はしばらく考え、口を開く。
「バランスだな。」
小太朗は首を傾げる。
「生まれた時から剣を持っているからな。こいつがないとまっすぐ歩けん。」
「そんなことあるんですか?」
木刀を置き、歩き始める侍。
どうしても右へ右へと曲がって歩いてしまうようだ。
笑いを堪える小太朗。
小太朗の様子を見て侍は大笑いする。
木々の新芽が、春の日差しを浴びて輝いて見える。
何やら村の方で人々の騒がしい声が聞こえる。
侍と小太朗は、様子を見にいくことにする。
曲がりくねった小道を歩く二人。
村の中心では人々が集まって、何やら準備をしている。
二人に気がついた男が教えてくれる。
「力王の奴が山で獣を狩ってきたんだ。山の主だ、今からみんなで料理して食べるぞ。お前さんたちも一緒にどうだ?」
小太朗は、お師匠の顔を見る。
「そうか。では我々もご馳走になろう。」
小太朗の顔が笑顔になる。
「俺たちに手伝えることはあるか?」
「そうだな。薪がまだまだ足りない。集めてきてもらえるか?」
小太朗は頷く。
二人は雑木林に入り、薪になりそうな木を集める。
「最近は天気が良いから落ちてる枝も乾いたものが多いが、雨が降った後はどうしたら良いかわかるか?」
小太朗は首を振る。
「そういう時は、腐った木の表面を削ったら良い。大抵中は乾いているもんだ。」
小太朗は、いざという時には試してみようと思った。
二人は両手で抱えられるだけの薪を集め、村人たちの元へ戻る。
調理は始まっているようだ。
「力王の奴、山の主を倒してきたぞ。」
「凄いな、何人前くらいあるんだ?」
村人の輪の真ん中には、山のように大きな猪に似た獣。
びっしりと生えた黒い毛の中から大人の太ももよりも太い牙が突き出している。
村人たちの真ん中で、力王が大きな声を上げる。
「コイツは山牙だ。」
大きな体をグッとそらし、大きな胸を張って皆を見渡す。
「コイツで宴をしよう!」
皆の歓声があたりに響く。
村の男衆で山牙を解体する。
あたりに漂う血の匂い。猪よりも獣の匂いが強い。
腑を出し、血を抜いた体をみんなで抱えて運ぶ。
小太朗も加勢する。
山牙の腹の中にみんなで山菜と香草を詰め込んでいく。
女衆が準備した、「竹の皮で包まれた何か」も腹の中に詰める。
最後に、山牙のはち切れそうなお腹を紐で縛っていく。
侍の額にも汗が光っている。
大きな焚き火の上に木に縛りつけた山牙をぶら下げ、ゆっくりと回して均等に火が通るように交代で回し続ける。小太朗も一緒になって回し続ける。
肉の表面が焼けて、香ばしい匂いがあたりに広がっていく。
村人たちの顔が笑顔に包まれていく。
肉の表面からは脂が垂れ、焚き火の上に落ちジュッと音を立てる。
油が焼ける匂いに、小太朗は唾を飲み込む。
表面が焼けたところから肉を削ぎ、皆思い思いに頬張る。
侍と小太朗も、削ぎ取った肉を頬張る。
噛み締めるたびに口の中に肉の旨味と油が広がる。
「秘蔵の酒を持ってきたぞ!」
威勢の良い声が聞こえる。
声の周りに人々が集まり、笑顔が広がっていく。
「お師匠さん、僕も飲んで良い?」
「まだ早いな。一人前になってからだ。」
小太朗は膨れて横を向く。
侍も一杯酒を飲んだが、すぐに真っ赤になってしまった。
気がつけば歌い出す者、歌に合わせてリズムを取る者、踊り出す者もいる。
小太朗は腹一杯で、もう動けないとばかりに大の字になって地面に寝転んだ。
「お、鍋の!ついでに小僧もおったか。」
力王が真っ赤な顔をしてやってくる。
「ついでとはなんだ!」
小太朗は笑いながら言う。
「小僧、もう腹一杯になったのか?」
言いながら、竹の包みを差し出す。
香草の匂いが鼻腔をくすぐる。
「コイツが美味いんだ。」
力王が包みを開けると、湯気とともに香草の香りが強くなる。
竹の包みの中からは、ふんわりと炊けた米。
獣の油と山菜、香草のえもいわれぬ香りが食欲をそそる。
小太朗はガバッと起き上がり、力王から米を受け取り食べる。
「お師匠さん、これ滅茶苦茶美味しいですよ!」
「そうか。」
侍も一口食べ、笑顔になる。
「コイツをお前たちに食わせたかったんだ。」
力王は大笑いする。
山牙の料理もあらかた片付いたようだ。
村人たちは思い思いに座り込んだり、寝転がったりしている。
「お師匠さん、僕こんなに楽しいのは初めてだ。」
侍は小太朗を見つめて微笑んだ。
ザッザッと足を引き摺る音に、小太朗は起き上がる。
見たことがない痩せた男が足を引き摺りながらこちらへやってくる。
着物は汚れ、ところどころ解れている。
何事か?と思った時には、男は足がもつれたのか倒れ込んでしまった。
駆け寄る小太朗。
「水、水をくれ…」
小太朗は水の入った竹筒を男に渡す。
男は夢中で水を飲み干した。




