夢か、真か。
「お前らにやるものは何もねえ。」
暗がりの中から、しゃがれた声が聞こえた。
小太朗は思わず身構える。
「拙者達は、怪しいものではない。雨宿りさせていただきたいだけだ。」
侍はいつもと変わらぬ低い声で喋った。
「雨が止むまではいてもいい。だがもてなしはできんぞ。」
「ありがとう。」
小太朗は声を絞り出す。
「宿代と言ってはなんだが、残り物のおにぎりでもどうだ。」
言いながら侍は包みを差し出す。
「こいつはありがてぇ。」
暗がりから、一人の老人が出てきた。落ち窪んだ眼窩、浮き出た肋が痛々しい。
「温かいものもあったほうが良いな。」
言いながら、侍は囲炉裏で残り物を使った汁を作る。
夢中でおにぎりにかぶりついた老人は、慌てたせいでむせこむ。
小太朗は水筒がわりの竹の筒をそっと差し出す。
老人は竹筒を掴み、水を流し込む。
「坊や、ありがとう。」
老人の顔には赤みがさしてきた。そして貪るようにおにぎりを食べる。
老人を見ながら侍は、一瞬怪訝な顔をする。小太朗が気が付かないほんの一瞬。
侍は、湯気を立てる汁を椀に注ぎ、老人に手渡す。
老人は震える手で汁を啜りながら、話し始めた。
「戦続きで年貢は上がるし、野盗もウロウロしてやがる。落ち着いて畑仕事もできやしねぇ。」
老人は痩せた笑顔で、竹筒を小太朗に返しながら言う。
「そんなに酷いの?」
「この辺りは元々村だったんだが、今は俺しかいねぇ。みんな出ていっちまった。」
「…そうか。」
「都は賑やかだって言う話だが、俺らには関係ない話だ。」
言いながら、老人は乾いた声で笑う。
「まあ、うまいおにぎりを食わせてもらったんだ。何ももてなしはできんが、雨はしのげる。今晩はゆっくりしていってくれ。」
老人は言いながらまた、暗がりに戻っていく。
まだ雨はしとしとと、降り続けていた。
気がつけば小太朗は、眠ってしまっている。侍は上着を抜いで小太朗にかける。そして周囲への警戒を怠らぬよう、壁に背をつけてうつらうつらし始めた。
野鳥の囀りで侍は慌てて目を開ける。いつのまにか眠ってしまったようだ。
小太朗がまだぐっすりと眠っているのを確認し、ほっと一息つく。
雨はいつのまにか上がっており、柔らかな日差しが荒屋に差し込んでいる。
昨晩の老人はいつのまにか起き出したのか、姿が見当たらない。
一陣の風が吹き抜け、戸を揺らす音で、小太郎が目を覚ます。
「おはようございます、お師匠さん。」
目をこすりながら小太朗は挨拶をする。
「おはよう。」
「おじいちゃんはどこにいったの?」
侍は首を振る。
二人が身の回りの品をまとめていると、風で戸が倒れ荒屋に日が差し込む。
照らされた床の上、壁際には骸骨。
小太朗は思わず声を上げて後退りをする。
侍は腰の木刀に手を添え、身構えた。
二人はしばらく、ただそのままでいた。
侍は意を決して、警戒しながら骸骨に近づいて調べ始めた。
骸骨の手に握られたしゃもじ、米櫃の中の深い傷。
侍が指を触れると骸骨は、崩れ落ちた。
骸骨の足元には、空になった椀が転がっている。
「これ…昨日、おじいちゃんが使ったお椀だよね。」
侍はゆっくりと頷く。
「夢でも見たのかな…。」
小太朗は震える声で呟く。
「だからか。生き物の匂いがしなかったのは。」
侍は誰にともなく呟き、骸骨の前でただ目を閉じる。
小太朗は静かに手を合わせる。祈りの言葉は知らない。
侍は無言で立ち上がり、荒屋の裏に穴を掘り始める。
小太朗も近くに落ちていた木切れを拾い、侍と一緒に穴を掘る。ただ穴を掘る。
二人で老人の墓を作った。微かに風が吹き、草を揺らす。
並んで手を合わせる二人の影は、しばらく動きを止めていた。
侍は、黙って墓を見つめていた。そして視線を遠くの山の方へ向ける。
「さぁ行くか。」
「お師匠さん、どこへ?」
小太朗は侍をじっと見つめる。
乾いた風が吹き抜け、墓標がわりの木切れを揺らす音をたてる。
二人は歩き始めた。




