傲慢令嬢に喧嘩を売られた王女は隣国の王太子に解説される
「アストリット様、あなたのようなお方がこの国の王妃に相応しいとは思えませんわ! 周囲に王太子殿下以外の男性を侍らせ、妄りに触れたりお膝に乗せたり! そのように破廉恥なお方が将来の王太子妃だなんて! 私が生まれ育ったこの国は、慎み深く男性を支える女性こそが淑女。あなたのようなお方が君臨すべき国ではないのです! 恥を知るべきですわ!」
言い放った女性はキッと『アストリット』を睨みつけた。その視線を受けた『アストリット』は怪訝そうに女性を見て、まったりとした話し方で返した。
「それが其方の本音かえ? 面会をわざわざ申し入れて、言いたかったのはそれかや? では、誰がこの国の王妃に相応しいのか、申してみよ」
「おやめください!」
『アストリット』の膝に抱えられていた小柄な男は顔色を変えた。
「そちは黙っておれ。ほれ、その方、名は何と申す。言うてみい」
小柄な男をぬいぐるみのように抱いたまま鷹揚に話す美女、『アストリット』は目の前に立つ三人の令嬢に畳んだ扇子の先を順に向けた。真ん中の女性を庇うように右側の女性が前に出た。
「コルデュラ様に名を名乗れだなんて、ヒルデブラント王国を馬鹿にしているに違いありませんわ! いくら王女だからってスヴァルダルなんて鄙びた国のマナーはヒルデブラントでは通用しません! コルデュラ様は大国、ヒルデブラント王国創世の頃からの名家、ヒルデスハイマー公爵家のご令嬢です! この王国最高位の女性ですのよ!」
「ピーチクパーチクと煩いのぉ。エル姉様という王女がいるというのに公爵令嬢如きを最高位だなどと言うお主は誰なんじゃ。まず名乗るがよい」
「まあ! ディートリンデ様をご存知ないなんて! ヒルデブラント王国で私たちと親しくなるつもりなんてありませんのね? 外交官のヒルトマン侯爵のご令嬢ですのに!」
「……もうよい。その方ら、なぜまず自ら名乗るという基本的なことができないのじゃ。もう下がるがよい」
「まあ! お友だちになってあげようとしただけですわ!」
「酷いわ! レベッカ様のことを無視するなんて!」
「私たちは親切心から申し上げていますのよ!」
文句を言い続ける彼女たちから目を逸らし、『アストリット』は自身の右側に立っていた男性に視線を送った。視線を受けた男、ギードはため息を一つ吐いてからスッと立ち上がった。整った顔立ちの彼が微笑むと三人の令嬢は黙った。
「ご令嬢方、アフタヌーンティーをご用意しております。よろしかったらお召し上がりください。王都の有名スイーツ店『シャンティ』の新作が揃えてあります。皆様の忌憚のないご意見を頂戴したいと、店主が控えておりますので、ぜひ」
「まあ! 『シャンティ』の? 協力してもよろしくてよ」
「新作をいち早く? 私たち三人だけで?」
「責任重大ですわ」
ギードが扉を開けると王宮の侍女が控えていた。見た目が整っていてスラリとしたギードがコルデュラをエスコートすると、彼女は満足気に微笑んだ。侍女が一礼すると扉が閉まり、姦しい三人はやっといなくなった。
「ねえ、いつまで続けるの? それにその話し方は何? 誰のつもりなのよ」
『アストリット』の膝に乗せられていた小柄な男性が拗ねたように言った。
「まあ、そう言うな。あんな奴らの相手をアスティにさせたくないからだろ?」
「だからって女装することないじゃない! 私にまで男の子の格好をさせて! しかもなによそのドスの効いた裏声。そもそもエレン様だと綺麗過ぎ。本来のアストリットは小動物系でしょ」
「自分のことがよく分かってるみたいだな。アスティみたいに華奢で小柄で可愛い女の子相手にあの猛禽類が何をするか分からないだろ? だったら初手でガツンとやった方が良いと思ったんだよ。それにあいつらどうせ偽アストリットのことをお茶会で言いふらすだろ? でも本物はこんなに可愛いんだ。本物のアスティが紹介された時に、恥の一つでもかいて、妄言虚言で信頼を失えば良いんだよ。あんな傲慢な奴ら」
「エルヴィーラ様のことでまだ怒ってるの?」
「当たり前だろ? あいつらがエル姉様にした嫌がらせの数々! 聖女修行中もしつこかったし、俺がスヴァルダルに留学してる間にもちまちまとちょっかい出しやがって! エル姉様が正式に聖女になった後も執念く噂を流しやがった。そのせいで噂を信じた馬鹿がエル姉様を襲ったんだ! いくら返り討ちにしたとはいえ許せないだろ?」
「エレン様、女装姿が迫力あり過ぎて怖い」
「え! ごめんごめんアスティを怖がらせたいわけじゃないんだ」
エーレンフリートは慌ててアストリットの頭を撫でた。
「エレン様、子供扱いはやめてください」
「だって、仕方ないだろう? こんなに可愛くなっちゃって。そもそも魔法を失敗して小さくなっちゃったのは誰ですか? ん?」
「……私ですがなにか?」
「うんうん。アスティが大雑把な魔法を使ったからだよね? うんうん。いつ戻るんでちゅか?」
「うぅぅぅう。ムカつくー! 後二週間ですぅ!」
「うんうん。そうでちゅよね。その間、誰のそばにいるのが一番安全なんですか?」
「……」
「ん? こっち向いて言ってごらん?」
「エレン様ですぅ!」
涙目で振り返ったアストリットはキッとエーレンフリートを睨んだ。
「はぁ。可愛い。何してても全部可愛い。あーもー、俺が出会う前のアスティの成長過程が見れるなんて夢みたいだ」
「なんかキモい」
「う。流石に傷付く……。いやでも、見たい! 段々と俺のアスティに戻っていくその全てが見たい!」
「……」
アストリットは無言で魔法を放つと、エーレンフリートの女装姿を解いてシャツとパンツ姿に変えた。好みの姿に戻ったエーレンフリートを愛でて溜飲を下げた。
「エーレンフリート様、アストリット様、午後のお茶のご用意が整いましたので温室の方へ」
「ハルク、ありがとう。エレン様、さあ、行きましょ」
「俺がアーンしてあげるね」
「……それは、ちょっと抵抗が……」
エーレンフリートはアストリットを抱き上げて歩き始めた。
魔道具の暴走のせいで幼い頃の姿になってしまったアストリット。今は少しずつ元に戻っているところである。エーレンフリートとの婚約を発表する夜会にはちょうど間に合う計算だ。その発表を延期させたい一派の起こした妨害工作だとアストリットは考えていた。
その一派の誤算は、アストリットが非常に優れた魔女であったこと。残された魔力残渣や魔道具などから、どんな魔法が使われたのかを即座に解析。また襲われたら面倒だと思い、徐々に成長するように解呪魔法をかけた。エーレンフリートが犯人を探すと面倒なため、その事実は伝えずに大雑把な魔法のせいだと伝えてある。
それでも結局騒いではいるが、関心がアストリットに向いているのでまだマシだろう。犯人を検挙して罰して、などと動き始めたら夜会の日程が大幅に遅れてしまう。それよりはエーレンフリートを誤魔化して、予定通り夜会で婚約を発表する方が良いとの判断だった。
大国の王太子と隣国の王女の婚約。二国間での政略結婚のように思われがちだが、エーレンフリートとアストリットは相思相愛の恋人同士になった方が先だった。たまたま二国間の利益になる組み合わせでとんとん拍子に話が進んだ。
二人の出会いはスヴァルダルの学園で、留学生と王女のロマンスはスヴァルダルでは広く知られている。エーレンフリートが留学先に選んだスヴァルダルは魔女が治める国で、資格を持つ者しか入国できない。永世中立国であり、王国民全員が戦闘員と言っても過言ではない程の魔法の使い手が揃っている。魔力がある者は勿論のこと、ない者も魔法を使う手段を持ち、鍛錬を欠かさない国民性に支えられた『魔法を極めた特別な国』それが本当のスヴァルダル王国であった。
スヴァルダルを『鄙びた』と形容する者は総じて無知、無教養、お花畑。噂を信じて裏取をしていないことを喧伝しているようなものだ。二人の婚約を阻止しようとしているのはこれらの者たちで、それには理由があった。
この世界で魔法を学ぶ者は、その過程で必ずスヴァルダルに行き着く。行き着いた者は等しく『スヴァルダルについて知り得たことを語ることができない呪い』を受ける。その呪いを受けていることが彼の国に入国し学ぶための『資格』でもあった。つまり、例の一派は魔法を学んでいない集団。周囲の者も呪いで説明できず、自ら学ばない彼らは知ることもせず、まさに堂々巡りであった。
「ねえ、エレン様、初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ああ、その話好きだよね。ほら、ちゃんと首に手を回して。危ないでしょ?」
「はいはい。これでいい?」
「ん」
「あの時のこと、予言されてたって言ったら信じる?」
「あー、シルヴァーニャ女王陛下? ありそう。ちなみにどんな内容なの?」
「私の伴侶現る」
「え!?」
「多分十七歳の私だと恥ずかしくて言えないから、今言っとくね」
「え。俺だよね? ねえ、俺のことだよね?」
「どうでしょう?」
「うっわ。まさか他に? え? 俺じゃないわけないよね」
「まあ、予言は予言ですから。未来がその通りになるとは限らないし」
「ううっわ。あの場に他に誰がいた? 思い出せ、俺!」
「エレン様、アストリット様、こちらへどうぞ」
「ハルク! お前もあの場にいたな!」
「エレン様?」
「くっそ。お前も候補なのか? アスティは渡さないからな!」
「アストリット様、エレン様を揶揄うのはおやめください」
「ハルク、ごめんなさいね。ねぇ、エレン『あーん』してください」
「アスティ! 今、『エレン』って呼んでくれた? いいよ。あーんでも何でもするよ。どれがいい?」
二人のやり取りを生暖かく見守っていたハルクは、戻ってきたギードを見つけて駆け寄った。
「おつかれ! どうだった?」
「キツかった。煩いし匂わせまくりだし。でもちゃんと録画してきたよ。何も警戒してなくて逆に不安なんだけど」
「なんでだろうな」
「エルヴィーラ様が増長させておいたって」
「え。何かしたんだろうけど、まあいっか。で? なんて言ってた?」
「『聖女だなんて偉そうにしてるけど、私と魔法で戦っても勝てなかったのよ』って言いながら僕をチラチラと見るんだ。あとは聞くに耐えない話ばかりで辟易した。ちょっと見てみる?」
「え。見たい」
アフタヌーンティーを楽しんでいる三人が楽しそうに話している光景が映し出された。
「なに、あの古臭くてでっかい女。アレでエレンを落とすなんて無理じゃない? 私の方が女として魅力的でしょ? それに男侍らせすぎ」
「あはははっ。確かに可愛さのかけらもなかったわね。あの中で一番魅力的だったのはあの膝に乗ってた男の子! 可愛かったわぁ。あー、私が色々教えてあげたい」
「やーねー、あなた婚約者がいるじゃない」
「あー、あのいけ好かないあいつでしょ? やだなー、あんなのが婚約者だなんて。もっと素敵な人が良かった」
「結婚してからが楽しいんじゃない。私のお父様とお母様はそれぞれ良い人がいて毎日楽しそうよ」
「エルヴィラのことも『エル姉様』とか言っちゃって、あんな弱っちい女が味方したって何の助けにもならないわよ。学生時代のあの情けない戦いっぷり、覚えてる? 今でこそ聖女だなんて偉そうにしてるけど、あんなのが聖女になれるんなら私だってなれるわよ。王女だから聖女に選ばれたくせに」
意味ありげな目線を送られたのを思い出してギードは身震いをした。
「ああ……おつかれ」
ハルクは同情を声に滲ませ、彼の前に紅茶を置いた。
「ハチミツ入れといたよ」
「甘いもの助かる」
「ねぇ、ギード、エル姉様も夜会に来るって連絡あったんだけど聞いてる?」
ギードに気付いたエーレンフリートが、アストリットを膝に乗せたまま質問した。
「はい。今回撮影した映像を流すそうです。ついでに手合わせもして、コテンパンに叩きのめすと仰っていました」
「へぇ〜」
エーレンフリートはスイーツをアストリットに食べさせた。
「王太子殿下の婚約者を発表する場で、なぜその姉上がご令嬢と手合わせをするのでしょう。しかも聖女様が」
エーレンフリートの関心はアストリットに向いているからか、彼からの答えは返って来なかった。ギードは困惑した顔でハルクを見た。ハルクは肩をすくめて見せた。
「まあ、結局なるようにしかならないし、考えてもあんまり意味はないと思うけどな」
側仕え仲間の親友、ハルクが同情的に微笑んだ。
スッと近づいてきたハルクはギードに小声で聞いた。
「なぜ、エル様がいじめを放っておいたか知っているか」
二人は顔を寄せて小声で話し始めた。
「え。聖女になる前は魔力が上手く制御できなかったからだと聞いているが、違うのか?」
「幼少期から被害に遭ってきた俺だから分かる。エル様は、一番効果的に彼女たちを潰す気だ。『結婚できないようにしてやる』と呟いたという報告があった。あの三人は、仔猫だと思ってちょっかいをかけた相手が本当は獅子なのだという事に気付いてすらいないんだ。愚かを通り越して哀れですらある。聖女になるための修行で、怒りを抑える修行があるだろう? 魔道具を使って感情を平坦にし、聖人君子のように全てを受け入れるという過酷なものだ」
「え。それは危険ではないのか? 暴力を振るわれたり、御身に危険が及ぶこともあるのでは? エル様は華奢で大変可憐なお方だし」
「ギードはエル様が聖女になる前を知らないから……いや、いっそその方が幸せなのかも……正直俺はトラウマになっている。元々のエル様は攻撃魔法が得意なんだ。聖女になった今、縛りがあるとかで発動に時間がかかるらしいが、ちゃんと使えるそうだぞ。魔道具を付けたばかりで使いこなせていなかったから、授業中の勝負で負けたらしいんだ。負けるのが嫌いなお方だし、ね」
「え。それは聖女のお立場で問題のないことなのか?」
ギードはエーレンフリートに助けを求めようとそちらを見たが、仲良く『アーン』をし合っている最中で声をかけることができなかった。ギードは慌てて目を逸らしてハルクを見た。ハルクは全てを諦めたような眼差しでギードを見た。
「聖女になられた今、加減さえ間違えなければお立場を失うことはないとは思う。元々が苛烈なお方だから何をするかはその時になってみないと分からない」
「俺たちはどうしたらいいんだ? 何を準備しておけば?」
「医師、看護師、魔塔のエル様担当の魔法士、王弟のコンラッド様とご友人のダニエル様だ」
「ダニエル様? 今コンラッド様とご一緒にどこか旅行へ行ってらっしゃるんじゃ……」
「転移しまくってでも探すしかない。ダニエル様がいらっしゃればエル様は大人しい。修行中だったこともあるが、学園にはダニエル様がいらしたから、あの三人はエル様の本性を知らないんだそうだ」
「なるほど……。どうやって探す?」
「あのお二人は酒豪だ。店を潰す勢いで飲まれるし、酒代を荒稼ぎしているはずだからその地域で評判になっているはずだ。酒が美味いと評判の街から探していこう。魔塔への連絡はもうした。ギードには情報の管理を頼みたい」
「分かった。頑張ろう!」
ギードとハルクの二人は固く手を握り合った。
ギードとハルクが魔塔の魔法士の協力で無事ダニエルとコンラッドを見つけることができたのは、夜会前日のことだった。その頃にはアストリットはほぼ元通りになり、エーレンフリートはこれで婚約が発表できると有頂天だった。
魔塔の魔法士が熱心に協力してくれたのにはもちろん理由がある。エルヴィーラが破壊した物の中には時間を戻して修復しないと直らない物や、細工が細かい装飾品、傷が残っては困る調度品など、難易度が高い魔法での修復が必要な物が数多くあった。失敗できず、繊細な操作が必要なとても嫌な仕事が大量に生まれる可能性。エルヴィーラの被害者である男たちは強い仲間意識で結ばれていた。
ダニエルとコンラッドは状況を聞いて、協力を申し出てくれた。何より可愛い甥っ子の晴れの日である。晴れの日にケチが付いたりなんてしたら、あの恐ろしい魔法士でもある甥っ子が何をするか分からない。結局彼もエルヴィーラも暴走すると面倒だというのが彼らの共通認識だった。
事前にアストリットとの打ち合わせができなかったギードは不安でいっぱいだった。婚約発表を控えて舞い上がっているエーレンフリートが他の男が近付くのを許さなかったからだ。侍女を介して情報は伝えてはあるものの、不安は残る。
いざとなったら私が動きますと返答をもらったものの、アストリットに何かあったらエーレンフリートが暴れるだろうし、エルヴィーラもそれに乗じる可能性もある。魔法に特化した国の出身とはいえ王女である。きっと守られる側だろうし、できるだけ自分たちで何とかしようとギードは決意を新たにした。アストリットがどんな女性なのか、エーレンフリートの留学後に側仕えになったギードには知る由もなかった。
さて、予定通り夜会が始まった。嵐の前の静けさ、とはよく言ったもので極めて平穏な始まりであった。会場内では大柄で古臭くて男を侍らす破廉恥な女性『アストリット』の陰口がチラホラ聞かれた。ある一定の年齢よりも上の者は口を噤んだ。王族の関係者のことを言うのは危険。そう教えられている子女がほとんどだが、立場を勘違いした家門や新興の貴族家の子女はそうではなかった。
ファンファーレが鳴った。
「エーレンフリート・ヒルデブラント王太子殿下、アストリット・スヴァルダル第二王女殿下、ご入場です!」
他の王族はもう入場していて、王弟コンラッドと王女エルヴィーラは既に王族用の席に座っている。ダニエルはコンラッドの後ろに侍従のように控えていた。本日最後の入場者、婚約発表を控えて幸せの絶頂にいる二人は満面の笑みで登場口に立った。
入場してきた二人を見て、例の三人を含む陰口を言っていた取り巻きの面々は顔を強張らせた。エーレンフリートのエスコートを受け、華奢で可憐でとても愛らしい女性が入場してきたからだ。自分たちの情報とは真逆。血の気が失せるのを感じていた。
しかしそこは流石と言うべきか、例の三人とその取り巻きたちは何もなかったかのようにすまし顔で取り繕っていた。彼女たちの暴言を聞かされて嫌な気持ちになっていた他の貴族令嬢たちは察した。彼女たちは嵌められたのだと。
国王が立ち上がり、エーレンフリートとアストリットを笑顔で迎えた。そして拡声魔法を使って話し始めた。
「今宵の宴は、この美しい婚約者たちを皆に紹介するために開かせてもらった。ワシの息子、エーレンフリートと、魔法の権威スヴァルダル王国の第二王女、アストリット嬢との婚約をここに発表する。スヴァルダル王家の伝統に則り、この婚約に異議のある者は今ここで名乗り出てほしい。アストリット嬢との魔法バトルに勝てばエーレンフリートの新たな婚約者となることができる。我こそは、と言う者は前に歩み出てほしい」
アストリットは困惑したような表情でエーレンフリートを見た。エーレンフリートも不安そうな顔をしている。エルヴィーラも心配そうに近づいてきて、アストリットの手を握っている。見た目だけは小柄な二人が怯える様子を見て、例の三人娘はほくそ笑んだ。
「国王陛下、私たちが名乗り出ます」
コルデュラは自信に満ち溢れた表情で前へ進み出た。ディートリンデとレベッカも続いた。
「お一人で戦うのはお気の毒ですから、エルヴィーラ様も一緒にいかがですか。三対二がご不満でしたら、私一人で戦っても構いませんわ」
スヴァルダルに詳しい面々は話せない呪いを受けていてコルデュラを止める事ができず、詳しくない人々は面白い余興が始まったと期待に満ちていた。いよいよヒルデスハイマー公爵の天下かと、迂闊な提案をした国王のことを嘲笑う者もいた。
ピンポンパンポーン。
「会場の皆様にお知らせします。これよりバトルドームが展開されます。大変危険ですので、会場中央にいらっしゃる皆様は壁際にお寄りください。魔法陣に触れますと参加者と見做されます。どうぞお気をつけください」
パンポンピンポーン。
聞いたことのない声が響き渡った。周囲を見渡すとコルデュラが会ったことのない男が四人、会場の前方に集まっていた。スヴァルダルの者だろうか。彼らが同時に杖で床を叩くと魔法陣が現れた。四方に離れていくと、それに合わせるように魔法陣が大きくなっていく。
別の見知らぬ男が一人、エーレンフリートに近づいた。彼が杖で床を叩くと何も無かったところにマイクが二本置かれた長机と椅子が現れ、男とエーレンフリートが並んで座った。
「参加者の方は魔法陣に乗ってください」
促されるまま、三人娘とアストリット、エルヴィーラの五人が魔法陣に乗ると、大きく広がった魔法陣は半円状にガラスで覆われ、会場は騒然とした。
「さあ、始まりました。エーレンフリート殿下の婚約者の座を争う、エンゲージメントバトル。司会はアストリット様専属アナウンサーのハティムがお送りします。さて、解説のエーレンフリート殿下、今どのようなお気持ちでしょうか」
「そうですね。愛しのアスティが私の為に戦ってくれる。嬉しくてたまりません。それにスヴァルダル史上最強の魔女と評されたアスティの魔法バトルは華があります。また観ることができて嬉しいです」
「ありがとうございます。アストリット様の魔法バトル、私も久しぶりに観ることができて楽しみで仕方がありません。さて、このバトルドームですが、我々の側からはガラスに見えていますが、内側からはこちらの様子が見えない、特殊加工のマジックミラーになっております。こちらの音声も届いておりませんし、内部の声もこちらには聞こえません。気が散らないようにとの配慮から作られたものとなっております」
ハティムが空中を撫でるように手を動かすと、空間収納庫が開いた。中から大きな金の鐘を取り出し、スッと近寄ってきたハルクに渡した。慣れた様子で机の上に設置するハルクを見たギードは、隣に戻ってきたハルクの肩をグッと掴んだ。
「お前、知ってたな?」
「すまん。陽動に協力してもらった。敵を騙すにはまず味方からってね。信頼してるぜ、親友!」
ハルクはギードの肩を抱いた。ギードは頭を抱えて俯いた。
「はぁ、やられた……」
「久々の魔法バトルだからな。念には念を入れさせてもらった。今度奢るから許して」
「クソ高いやつ食ってやる!」
二人が陰でコソコソと話している間にもハティムの司会で魔法バトルは進行していた。
「ただいまの時間は、バトルドーム内でのバトル方法について説明されているところです。こちらから、ドーム内部に届けられるのはこの鐘の音色のみとなっております。最初の音でバトルが始まり、次に鐘を鳴らす時には決着が着いている。さあ、両者準備が始まったようです」
ドーム内の五人は一瞬で動きやすい服装に変わった。ドレス姿から冒険者のような姿。見たことのない魔法に観衆は騒めいた。アストリットは髪を高く結い上げ、背筋を伸ばして立っている。先程の自信がないような素振りはどこへやら。戦い慣れた印象を受けたコルデュラは少し不安になった。両者の間は三メートル程離れている。
アストリットがコルデュラたちの方へ歩み寄った。
「おぉっと! アストリット様は握手を求めたようです。正々堂々と戦おう、そんなところでしょうか。あぁっと! コルデュラ様が魔法を放ったぁ! これはマグマでしょうか。大変危ない! まだ始まっていませんからねぇ。エーレンフリート殿下いかがでしょう」
「ドーム内はある意味なんでもありと聞いています。まあ、アスティは負けませんけどね」
「強い信頼、ご馳走様です。おぉっと、アストリット様は冷静にマグマに水をぶつけて黒曜石に変えていきました。コルデュラ様は少し動揺しているようですね。さあ、準備が整ったようです! エーレンフリート殿下がこの鐘を鳴らしますと、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされます!」
会場の人々に見えるようにエーレンフリートはハンマーを高く掲げ、テーブルに置かれた金の鐘を打つ。
カーン!
「さあ、鐘が鳴りました。バトル、スタートです!」
アストリットがコルデュラたちに向かって走り出した。一気に加速する。速い!
「早速アストリット様が躍り出た! コルデュラ様は盾で防いでいくぅ! アストリット様は盾を駆け上がってぇ、踵落としぃ! コルデュラ様は腕で防御! 防がれたアストリット様は大きく背面ジャンプをして後方へ下がりました。あぁっと、レベッカ様がエルヴィーラ様を狙っているようです。力強くぅ、弓矢を撃ったぁ! すかさずアストリット様が炎を飛ばして矢を消し去りました。続け様にぃ、ディートリンデ様が槍を投げつけたぁ! 息の合った連撃です! 槍が纏った稲妻は、アストリット様が盾で防いでいくぅ! おぉっと! 雷が跳ね返りました! あぁっと、ディートリンデ様、反応できない! 自分の放った魔法でダウンです。これは呆気ないですねぇ。エーレンフリート殿下いかがでしょうか」
「今アスティが威力を増やして返していましたからね。あの威力の雷には勝てないでしょう」
「あの一瞬で増幅させたわけですね。その返しの一撃で三対二という不利な状況をあっという間に対等にしました。ただいまニ対ニです」
エルヴィーラが何かの魔法を練っている。アストリットはエルヴィーラを守りながら魔法を放つ。宙を舞いながらの炎撃や雷撃。コルデュラとレベッカは召喚した盾でアストリットからの攻撃を防ぎながら次々と魔法を放つ。炎と水の魔法が螺旋を描いてアストリットの前で爆発した。ニヤリと笑う二人。学生の頃、コルデュラがエルヴィーラを破った時の魔法だ。
当時のレベッカは隠れたまま水魔法を放った為、不意打ちになって効果も増したが今回は丸見え。当然アストリットはこれを防いだ。一度は広がった爆発が逆再生をしたかのように一瞬で小さくなる。アストリットは爆発のエネルギーを凝縮して小さな玉にしてしまった。
「出た! アストリット様の凝縮魔法です! この後大爆発が予想されます。バトルドームが壊れることはありませんが、眩しい光にお気をつけください!」
ハティムが言い終わると、アストリットはコルデュラたちに向けて玉を投げた。小さな玉はコロコロと転がっていく。コルデュラたちは怪訝そうに玉を覗き込んだ。しかし何も起きない。二人がアストリットが失敗したと思って「ふふっ」と笑った瞬間、二人の間で大爆発が起きた。音と光だけの爆発。目眩し。
「いくわ!」
エルヴィーラの声を聞いてアストリットは後ろへ下がった。
「おぉっとぉ! アストリット様が後ろへ下がったぁ! なかなかない光景です! エルヴィーラ様が練り上げた魔法を…… 放ったぁ! 凄いエネルギーです。まるで一つの惑星が命を終えた時のような凝縮されたような重い重いエネルギーです! あぁっとぉ! 沈んだぁ! 直撃を受けたコルデュラ様、ダウンです! レベッカ様は耐えているが……膝をついたぁ! 魔力枯渇! 魔力枯渇です! 魔力を吸い取る魔法が組み込まれていたようです!」
カンカンカンカーン!
「バトル、終了です! アストリット様とエルヴィーラ様は無傷! コルデュラ様、ディートリンデ様、レベッカ様のお三人は攻撃を当てることができないまま敗北です。エーレンフリート殿下、まずはおめでとうございます」
「ありがとうございます。愛の勝利です」
「素晴らしい戦いでした」
「はい。しなやかで美しく、ずっと見ていたかったです。最高でした」
「エルヴィーラ様はお姉様とのことですが」
「はい。姉はあの三人に学生時代から嫌がらせをされていまして、その鬱憤を晴らすような良い一撃だったと思います」
「そうでしたか。ちょうどここで三人が運び出されるようです。スヴァルダルの治療師が控えておりますので、皆様どうぞご安心ください。後を追われたのはご両親でしょうか。ここで、会場のアストリット様に中継が繋がったようです。アストリット様、連勝記録更新、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。思ったより手応えがなかったので、少し物足りないです」
「初参戦の皆さんでしたから、そこはやはり難しかったのかもしれません。エルヴィーラ様はいかがでしょうか」
「そうですね。学生時代の借りを返せたのではないかと思います。ホッとしました」
「素晴らしい戦いでした! それではバトルドームから国王陛下にマイクをお返ししたいと思います。司会のハティムと」
「解説のエーレンフリートでした」
「「ありがとうございました」」
わぁっと歓声があがった。アストリットの魔法に心酔した者、手も足も出なかったコルデュラに同情する者、バトルドームに興奮する者。会場はこれまでにないほど騒然とした。
国王が右手を上げると騒がしかった会場は少しずつ静かになっていった。熱気はそのままに期待に満ちた視線が集まった。
「勝者、アストリット! ここにエーレンフリートとの婚約締結を宣言する! 皆、二人に拍手を」
いつの間にかエーレンフリートの瞳の色のドレスに着替えていたアストリットはエーレンフリートと一緒に会場の前方に立った。
バトルドームは跡形も無くなり、先程の戦いは夢だったのかもと思うほど、何もかもがバトルの前に戻っていた。
二人が中央に立つと、音楽が奏でられた。息の合ったステップを踏み、楽しそうに踊る。まるで御伽噺の世界から抜け出てきたような二人にあちらこちらで吐息が漏れた。見事に踊り終えた二人を温かな拍手が包む。二人は見つめ合って微笑み、会場に向けて優雅に挨拶をすると王族の席に戻っていった。
二人と入れ替わるように真っ白い聖女の衣を纏ったエルヴィーラが進み出た。
「婚約の祝いに今代の聖女から祝福を贈ります」
エルヴィーラがそう言うと、会場の床一面に白い大きな魔法陣が広がり、金色の粒子が揺らめきながら舞い上がった。アストリットも便乗して赤いバラの花びらを飛ばした。とても美しく、幻想的な光景で夜会は締めくくられた。
歴代最高と評される聖女と、史上最強と評された魔女の祝福を受けた人々は実に幸せに暮らした。会場にいなかったコルデュラたち三人と、三人娘の両親は祝福を受けられなかった。その後の彼らは不運続きで、家業や領地経営が上手くいかず、彼らの家門は段々と衰退していったのだそう。
エーレンフリートとアストリットは良き国王と王妃となり、ヒルデブラント王国の発展に寄与した。そして、いつまでも幸せに暮らしました、とさ。
完




