第9章:誰にも渡せない星 ――渡せない星も、確かにそこにある。
その日は、風もなく、空も曇っていた。
アオトは、ポシェットの中の星をじっと見つめていた。
甲羅はほとんど透明に近く、息も浅くなっていた。
それでも星の光は、いつもと変わらず優しく揺れている。
しかし、その手は動かなかった。
目の前には、孤独を抱えた誰かがいた。
星を渡すべき相手のように見えた。
けれど、アオトは動けなかった。
「……違う。」
その声は、自分自身に向けられた言葉だった。
彼は静かにベンチに腰を下ろした。
星を手にしたまま、誰にも渡さずに。
その光は掌の中で揺れ続けている。
彼はようやく気づいたのだ。
ずっと誰かの夜を照らそうとしてきたけれど、
一番暗いのは、自分自身の夜だったことを。
この星は、誰かのためではなく、"自分自身"のために灯していることを。
「僕は……寂しいんだ。」
その言葉は、誰にも届かない。
だが、彼にとっては初めての告白だった。
私は、アオトの痛みを知っている。
彼は誰かの夜に光を灯すことで、自分の夜を見ないようにしてきた。
だが星は嘘をつかない。
渡せない星は、彼自身の“寂しさ”を映し出していた。
「誰にも渡せない星がある。それはまだ癒えていない痛みのかたち。」
私はそう語った。
それは、彼が立ち止まったことを責める言葉ではなく、
立ち止まることを肯定する祈りだった。
星はアオトの掌の中で静かに灯り続けている。
誰にも渡されず、誰にも触れられず。
けれど、その光は消えなかった。
それは、彼が“自分自身”に向けた灯りだった。
「僕は、まだ渡せない。」
その言葉は弱さではなく、誠実さだった。
私は星の沈黙を見守った。
それは誰かに渡すための光ではなく、自分を照らすための光だった。
アオトは立ち止まった。
だがそれは"進まない"ことではなく、初めて自分と向き合うことだった。
逃げることをやめ、自分の痛みを受け入れること。
彼は自分の夜に向き合った。
そして星の意味を、もう一度問い直した。
誰にも渡せない星も、確かにそこにある。
それは痛みのかたちであり、希望の兆しでもある。
なぜなら、自分の痛みを認められた者だけが、
本当の意味で誰かの痛みに寄り添えるから。
――渡せない星は、孤独を見つめる勇気の証。
その光は、やがて誰かの夜に届く日を待っている。