第4章:夜の橋の少年 ――沈黙は、心をほどくためにある。
夜の橋には、街灯の寂しい灯りだけが点っていた。
誰もいない。
だが、風だけは静かに通り過ぎていく。
その風に、かすかな泣き声が混じっていた。
少年がひとり、欄干にうずくまっていた。
誰にも気づかれぬよう、泣いていた。
しかし、アオトはその涙に気づいた。
かつて自分も、同じように泣いていたから。
少年の手には、破れた手紙が握られていた。
家族に宛てたものだったが、渡せなかった。
言葉は届かないと信じてしまったから。
「どうして、僕ばっかり…」
少年は、声にもならない声でつぶやいた。
橋の下には、黒い川が静かに流れている。
その流れに、心が吸い込まれそうだった。
アオトは隣にそっと座った。
何も言わず、ただ同じ夜空を見上げていた。
少年は、最初は警戒して身を縮こませたが、
アオトが言葉を求めないことが、逆に安心となった。
沈黙の時間が、少しずつ心の扉を緩めていった。
「君も…誰かを待っているの?」
アオトは首をゆっくり振った。
そして、ポシェットから星を取り出した。
それは、深い青の星。
孤独を包み込む、静かな光。
「これは、君の夜に灯すもの」
アオトの声は、夜風のように優しかった。
少年は星を受け取り、その瞬間、涙が止まった。
胸の奥で、何かが解けていくように、
今まで言えなかった言葉がこぼれた。
「僕、最近、名前で呼ばれたことがないんだ」
アオトはそっと言った。
「名前は、君の居場所になる」
アオトの甲羅は、星を渡すたびに少しずつ色が薄くなっていく。
それでも疲れた顔は見せず、優しく笑った。
私は、あの橋を覚えている。
夜の静けさの中で、アオトの両親が愛おしそうに彼の名前を呼んでいた。
「――アオト」
その声は夜をやさしく揺らしていた。
名前は、誰かに呼ばれて初めて、
“生きている”と感じられるもの。
星は、言葉にできない痛みを照らす。
アオトは沈黙の中で星を渡した。
少年の夜は、少しだけ明るくなった。
そして、アオトの旅もまた、一歩進んだ。
――少年の夜は、これからどんな光に包まれるのだろうか。