第3章:公園の老人 ――星は、過去を照らすためにある。
公園には、季節の巡りが静かに流れていた。
桜は散り、緑が濃くなり、葉は色づき、そしてまた雪が降る。
だが、あのベンチだけは時間が止まっていたかのように、そこにひとりの老人がいた。
毎日、同じ時間、同じ場所に座り続ける彼。
誰かを待っているようだったが、その誰かはもう戻らない。
それでも、彼は待ち続けていた。
ベンチの木目は、彼の手の形を覚えていた。
手には古びた写真が握られている。
若い女性が笑っている。
その笑顔は、今の彼には遠すぎた。
「もう、誰も来ないんだよ」
彼は、誰にともなくつぶやいた。
その声は、静かな風に溶けていった。
アオトは、公園の隅に立っていた。
ミナに星を渡した夜から、何かが変わった。
彼は次の“誰か”を探していた。
老人の背中に、消えない痛みが見えた。
時間に削られた悲しみ。
アオトは、そっと近づいた。
「その方のこと、話してくれませんか」
老人は驚き、顔を上げた。
しかしすぐに目を伏せ、写真を胸に押し当てた。
「話しても、もう意味はない」
アオトはポシェットから星を取り出した。
それは、淡い橙色の光。
過去を照らす優しい灯。
「意味は、今つくるものだと思うんです」
彼の声は静かだった。
しかし、その言葉は老人の胸に静かに届いた。
老人は星を見つめた。
その光に、かつての記憶が重なった。
彼女と過ごした日々、笑い声、手のぬくもり。
「ありがとう」
老人は初めて涙を流した。
その涙は、過去を責めるものではなく、
ただ優しい別れのようだった。
私はあの公園を覚えている。
かつて、私もあのベンチに座っていた。
あの二人と一緒に。
アオトを真ん中にして、笑い合っていた二人と。
未来を語っていた。
しかし、未来はいつも思い通りにならない。
だからこそ、星が必要なのだ。
星は過去を責めるためのものではない。
それを照らし、抱きしめるための光。
アオトはまたひとつ星を渡した。
そしてまた少しだけ、空が広がった。
――この先、老人の心に新たな春が訪れるだろうか。