42 サスパニア出張旅行 その5_11
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「ちさまぁーっ! その態度ば、何だったらねぇーっ!」
突然、元女盗賊さんはまるで火をまとった獣のように、石原中佐さん目がけて飛びかかった。
一瞬ぶふぉっと。石原中佐さんの咥える葉巻の紫煙が、その内心の動揺を示すかのように辺りに広がった。
元女盗賊さんのファルコニア独特とも言える直情的な行動は、元日本人だった私にとっても、中佐さん達にとっても、全くの想定の範囲外だったワケで、……。
私の目の前では、元女盗賊さんを止めに入る小水戸中尉ら数名、それと胸ぐらを掴まれている石原中佐さんらの取っ組み合いが、既に始まってしまっていた。
「ちさまぁーっ! ハルコン殿ば、どんだけ舐め腐ってけつかんでやすっ! こんば、ぎったんぎったんにしてもよかろうばいねっ?」
「やっ、止めろっ! オマエッ、中佐に何てことをするんだっ!」
「しぇからしかっ!」
「!? なっ、何だキサマはっ!? 私はただ、葉巻を吸っていただけだろっ!」
もう私達とは揉め事を起こしたくない、石原中佐さん達サスパニアの面々。
だから、何とか穏便に済まそうとして、小水戸中尉も必死な形相で元女盗賊さんの猛進を止めに入っている。
すると、先ほどまで元女盗賊さんと対決していた女性少尉が、すらりと匕首を抜こうとするのを見て、「オマエもいい加減にしろっ!」と、今度は身内が暴れるのまで止めに入らざるを得なくなってしまっていた。
「ちさまぁーっ! まだだるゆぅたるでやすかっ! すったら、いてこましたろうばいねっ!」
元女盗賊さんはそう叫ぶと、石原中佐さんの頬を引っ叩こうと、右手を上に大きく振り翳した。
絨毯の上には、ホンの先ほどまで吸っていた葉巻が、まだ火が消えずに、小さく煙をくゆらせていた。
私は立ち上がって直ぐに葉巻を拾い上げると、ローテーブル上にある、やや透明な黄色のガラスの灰皿に目をやった。
ふぅ~ん。これって、鉛ガラスだよね。
そう思って手に取ってみると、……。やはり、どうしても気になることがある。
先日、サスパニアの隊商の人達を治療した際に、そのメンバーの一人から、コリンドの沼地で拾ったという金属製の小さなケースを譲り受けていてさ。
そのケースには、薬液を入れる収納部に、半透明な黄色いガラスが使用されていて、……。
それがこのファルコニアの科学文明レベルからは、明らかに逸脱しているんだよなぁと思っていたんだよね。
「……」
さっそくポケットから取り出して、これらふたつを見比べてみたところ、……。
なるほど。うん、見た目では全く同じ成分のように思われるよね。
おそらく、同じ工房でこれら収納部のガラスと灰皿は作られている、……。
まぁ、そう捉えていいんじゃないのかな。




