42 サスパニア出張旅行 その5_05
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いきなり私の目の前で、元女盗賊さんの振り下ろした暗器と女性少尉の持つ匕首が、火花と共に金属の鋭い打撃音を鳴らした。
「ちさまぁーっ! ハルコン殿に何ばするとねっ!」
怒りの形相で叫び立つ元女盗賊さんを、軍人流の構えで睨み付ける女性少尉。
フッという音と共に、少尉は縮地して元女盗賊さんの懐に入るや、そのまま匕首を首筋に吸い込ませた。
「あっ、危っ、危いとばっ!」
上腕の可動範囲の死角に潜り込んできた刃を、元女盗賊さんは暗器を口に咥えて、辛うじてはじき返す。
鈍い打撃音の後、その衝撃が口唇から脳にダイレクトに響くと、「くはっ!」と呻きながら、顔面を仰け反らせた。
そして、その勢いを生かすように後方宙返りで全身を退くと、上段に暗器を構えた。
私は、元女盗賊さんの本気のバトルを、これまで見たことがない。
普段の彼女は穏やかで気さくで明るく、誰に対してもお人好しのように笑う女性だ。
それが今、まるで狂犬のように必死な形相でサスパニアの女性少尉に襲い掛かり、暗器を握って、首元に嚙みつかんばかりに迫っている。
一方、女性少尉は私を不意打ちすることができず、どこか不服そうな表情で元女盗賊さんの刺突を防ぎ続けている。
「ちさまば化け物やねっ! どす黒い血の匂いば、身体中からぷんぷんと臭かぁーっ!」
なるほど。隙あらば、私のことを亡き者にしても構わないと石原寛斎は考えているのか。
確かに、私を招聘するくらいだから、会って話でもしたいのだろう。
でも、この程度の攻撃で沈むようなら、所詮その程度の相手と割り切っているのかもしれない。
少なくとも小水戸中尉は、これだけ大騒ぎになっても女性少尉を一向に止めないし、静かな笑顔でこの刃を交えたキャットファイトを傍観しているんだからね。
すると、中尉はこちらの視線に気づいたのか、振り返ってニコリと笑った。
「どうです、ウチのもなかなか優秀でしょ? そちらの女性もかなりの腕前とお見受けしますが、……。何せ、少尉は大陸でラスケやアル公相手に腕を振るってきたんです。年季が違いますよ!」
小水戸中尉は、まるで他人事のように気さくに話しかけてきた。これから元女盗賊さんがどうなろうと、肝心の私、ハルコンの身柄さえ押さえておけば、後はどうとでもなると考えているのだろう。
私は薬学者だ。人々の健康、安寧を志し、そのために学び続ける一学徒だ。
だから、志に殉じる覚悟の元女盗賊さんのことを、まるで野犬のように見下し、人の命を命と思わないその態度には、心の底から腹が立った。
気が付くと、私は100メートル上空を飛ぶカラスの群れのNPCを介在して、名峰フォリア山の頂を1メートル四方に抉ると、……。
この政府官邸目がけて次々と落下させた。




