42 サスパニア出張旅行 その5_03
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「……、私にお答えのできる範囲でしたら、何なりと!」
その青年将校は、私の問いかけに対し、一瞬躊躇した色を見せたものの、そう言って笑顔を向けた。
おそらく、石原寛斎からは、サスパニアに関する情報、彼ら12名の青年将校に関するありとあらゆる情報を、制限されているのだろう。
ぎりぎりまで小出しにしか相手に伝えてはならない、そう厳しく言われているのではないかと思われる。
でも、こうして笑顔を向けて「何なりと」というからには、ある程度の覚悟を決めて、そう私に返事をしたのだ。
だから、私は率直に、石原寛斎ら12名の青年将校について、当初から持ち続けていた疑問を、ひとつだけ訊くことにした。
「私はあなた方のいた時代よりも、大体80年後の日本で過ごしていました。私の時代は、表向き世界各国との関係が安定し、平和だと言っていいでしょう。実は、私は高校生の頃、授業の方針で、日本の戦争時代について調べる機会がありました」
「ほぅ。それは素晴らしいことですね。続けてお話頂けますか?」
「はい。今の日本には軍隊はなく、自衛隊という専守防衛を任務とする組織があるのですが、……。とにかく、私は旧軍、あなた方の所属された軍隊についても調べる機会がありました。そして、その大体の所属する人員の名簿まで、実は目を通しています」
こちらの言葉に、その青年将校はひとつだけ瞬きをした。おそらく、私が手のウチをひとつ晒したことで、次の手に繋げようと思ったのだろう。
「それは素晴らしい。さぞや、あなたは優秀だと教師方から認められていたのでしょう!」
「えぇ、その件はおいおい。それで、あなた方の所属されていたであろう関西軍の部隊名簿にも目を通してはいるのですが、……。あいにく、石原寛斎なる人物の名は、どこにも記されておりませんでした」
「……」
「よろしければ、あなたのお名前もお伺いしてもよろしいでしょうか?」
こちらの問いかけに対し、相手は青白い顔をして、じっと見つめ返してきた。
笑顔だけど、目は少しも笑っていない。まるで、氷のような瞳の色。
おそらく、こちらにホンとのところを伝えるべきか否か、頭を急速に働かせている最中なのだろう。
「私は関西軍第2特殊作戦機関所属、小水戸阿新と申します。階級は中尉ですね」
「……、なるほど。それだけ伺えれば十分です。お伝え頂き、誠に感謝いたします」
私はそう言って、目の前に座る小水戸中尉にニコリと微笑みかけた。
「それだけで、……よかったのですか?」
「えぇ。もう十分です。ありがとうございました」
このやり取りを終えた頃、私たちを乗せた馬車は政府官邸に到着し、御者と衛兵がやり取りをした後で、門が音を立ててゆっくりと開き始めた。




