42 サスパニア出張旅行 その5_01
「やれやれ。ハルコン殿は、とても恐ろしい方でいらっしゃる! ご同行のそちらの女性の方も、なかなかの手練れとお見受けしますね!」
用意された官製の馬車に乗ると、首都エドモンドの中心にある首相官邸に向かった。
対面に座る青年を、私はじっと見て、その人物像、能力などを探っていた。
日本の旧軍の制服によく似た外見のこの青年は、笑顔で私と元女盗賊さんを褒め続けていた。
おそらく、この青年も相当な実力者だろう。一見穏やかそうに振舞いながらも、その所作には一部の無駄も認められなかったからだ。
私は時おり元女盗賊さんの表情を目の端でちらりちらりと窺いながら、次に何かあっても直ぐに行動を共にできるよう注意を払っていた。
「いいぇ、とんでもない。私など、まだ元服前の子供に過ぎませんよ!」
相手の誉め言葉に、そのまま真に受けるほど私は初心ではない。
まだここサスパニアはファイルドと敵対する関係ではなく、……。むしろ「善隣外交」の対象国のひとつとして、我が国が全力を以て探っている最中だ。
だから、今回の下見の訪問で、これから育まれるはずだった両国の末永く温かい関係を、むざむざ潰してしまうワケにはいかない。
そう思って、改めて気を引き締めていた。
「おやおやぁ、ご謙遜されましても、我々政府は引き続き、ハルコン殿に畏まって対応させて頂きますよ!」
どうやら向こう側も、私に対して少しも油断していない様子だ。
それに、関係の悪化だけは是が非でも避けたいのは、相手方も同様に思われた。
先ほどより、元女盗賊さんはその美しく整った顔で心なし笑顔を浮かべ、一見穏やかそうに振舞っている。
まぁ、並の人間なら、……。それだけで、鼻の下を伸ばしてしまって、油断してしまうことだろう。
でも、彼女の本質はアウトローであり、今回は敵情視察のつもりでこの場に臨んでいる。
対面に座る青年の笑顔の裏に、一体どれほどの修羅が潜んでいるのか、……。それを、元女盗賊さんも笑顔のまま、じっと見つめているのだ。
そんな彼女が隣りに控えていることを、とても頼もしく思いつつ、私は青年の発する言葉のひとつひとつを聞き漏らさないように努めていた。
「それにしても、……。私達の今回の訪問に、石原首相が直接応じて頂けることは、とても恐縮に思います。ですが、こんな夜分ではなく、……。日を改めて頂いても、全然構わないのですよ!」
「いいえ。ハルコン殿は、我が国にとって最重要な人物です。せっかくのご訪問の機会を、こちらから無駄にするワケには参りません!」
「……、そうですか」
時おり車窓から眺める首都エドモンドの街並みは、我が王都の街並みに引けを取らないように見受けられた。
今が昼間なら、もう少しサスパニアの国情の一端を観察できるのだろうけど、……。
でも、半ば官邸まで連行されている今の状態では、車窓の街並みもちら見しかできず、なかなかままならないなぁと思った。




