41 サスパニア出張旅行 その4_16
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「まぁまぁ、……ここはひとつ!」
そう言って、元女盗賊さんは胸元の財布から銅貨を数枚取り出すと、さりげなく若い店員の手を取って、軽く握らせた。
すると、向こうさんもお手の物。即座に表情を改めてニヤリとすると、一応定型文で「こんなの頂けませんぜ!」といって、元女盗賊さんの目の色をちらりと窺った。
「あぁ~いっ、こりは店員さんの『労働』に対する、心なしのチップでやす! そのまま、受け取ってくれでやんしぃ!」
その次の瞬間、若い店員は目礼をひとつして、スッと顔を元女盗賊さんの耳元に近づけると、……ポソポソと二言三言話していく。
ハルコンからは、彼が何と言っているのかは聞き取れなかったのだが、……。
でも、何か大事なことを告げているのではないか、……それだけは十分理解できた。
「では遠慮なく。ありがとうございました!」
若い店員はそれだけ言ってぺこりとお辞儀をすると、そのまま部屋を出ていった。
「元女盗賊さん、……彼は何て?」
「後で、詳しい者をば、こちらに寄こすでやすと、……」
「そうでしたか。なら、先ずはこれらの料理を頂くとしましょう!」
その言葉に、元女盗賊さんは目礼で返す。とりあえず、2人がかりでたくさん並べられた料理に手を付け始めた。
しばらく2人で無心で食べ続けていると、店内の特設ステージに、先ほどの踊り子の少女達の歌声が聞こえてきた。
ハルコンがちらりと間口の隙間から店内のメインスペースの方を見ると、ギターに似た撥弦楽器の音色に合わせて、少女達が踊りながら歌声を響かせていた。
その歌のテーマは、どうやらこの小国サスパニアに現れた12人の異邦人達のこと。
アップテンポな調子で、石原寛斎ら12人の男女達の功績を讃えた叙事詩だった。
「「「「「「「「「「イッシャラーカァーンズィ、イッシャラーカァーンズィ、……」」」」」」」」」」
酔客達は床板を足で踏み鳴らし、拍手喝さい。中には踊り子2人と共に踊り出す者まで現れた。
その熱狂的に盛り上がる一部始終を、ハルコンと元女盗賊さんは間仕切りの入り口に立って、しっかりと見届けた。
「凄いですねぇ、イッシャラーカァーンズィさん。ホンと、国民に慕われているんですね」
「そうでやすな」
こちらの率直な感想に、元女盗賊さんはニコリと微笑んで返す。
「それは、ハルコン殿も同じでやす」
「「「「「「「「「「ワァァァーーーッッ」」」」」」」」」」
酔客達の歓声が店中に響き渡ると、元女盗賊さんの言葉はかき消されていった。




