41 サスパニア出張旅行 その4_15
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「ふひひ、ハルコン殿がものをば知らんとなら、アタイなんてゆぅまでもなかよ!」
そう言いながら、元女盗賊さんは「生」エールのジョッキに口を付けて、グビリグビリと数回喉を鳴らした。
とても美味そうに飲むその仕草に、何だろう、……ハルコンも思わずゴクリと喉を鳴らした。
「へぇーいっ、追加の料理お持ちしましたぁーっ!」
やったら威勢のいい声と共に、赤ら顔の青年の店員が室内に勢いよく入ってきた。
見ると、その両手にはそれぞれ料理の載った皿を数点ずつ持ち、次々とテーブルの上に音もなく並べていくのだ。
「うっほぉ、美味そうでやんすな! 兄さん、こりば鶏の唐揚げっちゃね?」
もろ手を叩きながら興味津々に訊ねる元女盗賊さんに、青年の店員はニコリと微笑む。
実際の話、まだファイルド国の王都では、鶏の唐揚げはそれほど普及していないと思う。
現代地球のようにブロイラーが普及していないこの世界では、鶏は卵を取るための、とても貴重な家畜だ。
身の肥えた野鳥などというものが、そもそも存在していないんだ。
だから、目の前の皿の上に載ったふくふくとした鳥肉は、おそらく農家の庭先で栄養たっぷりに育てた鶏のものなんだろうなぁと、ハルコンの目には映っていた。
「実はですね、ここだけの話なんですが、……。エドモンドの近郊では、国の管理の下、鶏の大規模飼育が進められているんです!」
「ほへぇ~っ!?」
「安価な鶏肉のおかげで、ここ首都エドモンドでは、皆安心して暮らしていけるんです!」
「そりは、よかでやんすな!」
そう言って、お互いにニッコリと笑い合う店員と元女盗賊さん。
だけど、……まさかなぁ。しかも、ここは小国サスパニアだよ。
まさか、こんなへき地でさ。カロリーベースでの食料自給率達成の話を聞かされるのなんて、全く予想すらしなかったよ。
ハルコンはそんなことを思いながら、ちらりと元女盗賊さんの顔色を窺ったところ、……。
すると、彼女もその辺は慣れたもんでさ。
こちらの表情にピンときたのか、ニコリと笑ってから、小さくひとつ頷いてみせたんだ。
「……、とにかくウチの店では、鶏料理がホンとお薦めなんですよ!」
「ふむふむ、そりはいいでやすな!」
熱心に語る店員を、笑顔だけど目は少しも笑うことなく見つめている元女盗賊さん。
さっそく、次のようにさりげなく話を促してくれた。
「ねぇ、……やっぱ、お偉いさん方がしっかりしてるば、民もよかでやんすな!」
「えぇ、全く。ホンとイッシャラー(石原寛斎のこと)様々ですよ!」
「げにまっこと、そうでやんすな!」
元女盗賊さんは笑顔でうんうんと頷きながら、その若い店員の為政者に対する熱量がどれほどのものなのか、……静かに探りを入れ始めていた。




