37 研究所の長い一日_15
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「それでは、皆さん。あなた方隊商がファイルド国に向かう途中、一体何があったのか、……改めていくつか質問させて下さい!」
ハルコンの言葉に、その男達は息を飲んだ。
ハルコン・セイントークという貴族の男が、ここ最近のファイルド国を隆盛に導いていると噂されていたのだが、……。
「まさか、こんな年端もいかない子供だったとは、……」
隊商の男達は、上が50代後半で下がティーンエージャーくらいと様々な年齢の者達で構成されていた。
その一番の年配の男が驚きの表情を浮かべて呟くと、傍のベッドから右腕を伸ばして制止する40代前半の男がいた。
「済まない、ハルコン殿。我々の本拠地にしているサスパニアでは、まだ情報が新しくなくてな。だが、我々はほんの少しの運と実力だけでこうして商売を営んできた。アンタが、その見た目のワリに、もの凄い力を宿しているのが、私にはヒシヒシと伝わってくるな!」
そう言って、どうやらグループのリーダー格らしき男がニヤリと笑った。
「はははっ、とりあえず身体の安全は我々ファイルド国で保障しますので、……。どうぞ、お体を存分に休めて下さいね!」
ハルコンもニコリと笑って応じる。
だが、隊商の男達には、ハルコンとカルソン教授、更には療養所の医官達が皆完全防備のつなぎで全身を覆っていることから、自分達が如何に危険な状況にあるのかワカっているつもりのようだ。
「それで、ハルコン殿。我々は今後どうなるのかね? 最悪、この国で骨を埋めることになってしまうのか? 正直にお答えしてくれないか?」
言葉つきはとても飄々としていたが、その表情は営業スマイルに若干憂いを含ませたような感じだ。
なら、先ずはここで隊商の皆さんに安心して貰わないといけないかな、とハルコンは思った。
「皆さんには、事前にハルコンBを飲んで貰っておりますが、これはあくまで対処療法に過ぎません。今後同様のことが起こらないためにも、ハルコンAを飲んで頂こうと思っております」
「おぉっ、ハルコンAですか!? 噂では、どんな病もケガも立ちどころに治してしまう万能薬だと聞いておりますが?」
「はいっ、私どもファイルド国での実績では、ほぼ100%、間違いなく回復することを断言しますよ!」
「おぉっ、それは良かった!」
ハルコンの言葉に、隊商の男達は皆ホッとしたように表情が緩んだ。
「カルソン教授、ではいつものように、……彼女に薬剤を用意して頂けますか?」
「既に手配済みです」
ハルコンが教授に命じると、薬剤をトレーに載せて、ワゴンを押して入ってくる女性がいる。
彼女もまた王立研究所のスタッフの一人で、名をファルマという。20代前半の見た目で、主にハルコンが治療を行う際の看護助手を担当する者だ。
厳重な防護服を纏った状態で、手際よく薬剤を患者達に配っていく。
そして、11人には漏れなくハルコンAを経口投与させていくが、30代前半のただ一人にだけは、何の効果もない味付けだけそれっぽい偽薬を口に含ませた。
彼女は投与の際、その患者の胸元にさりげなく触れると、「失礼しました」と言って、直ぐさま次の患者に対応する。
ハルコンはいつもの光景に、特に表情を変えることなくその作業を見つめている。
ハルコンの右手には小さなコルク栓で閉じられた小瓶数本が握られており、……少しずつことりと、何らかの物質が中に充満していく気配があった。
とりあえず、……鳥インフルエンザのサンプルを直接頂きましたよ! と、ハルコンは思った。
ハルコンは誰に告げるでもなく、ユニークスキル「マジックハンド」で患者の体内から全ての悪性ウイルスを除去すると、それら全てを数本の小瓶に回収した。
こんな芸当ができるのも、看護助手を務めるファルマが、ただ単に有能だからではない。
彼女もまた、例外なくNPCの一人だからだ。




