37 研究所の長い一日_12
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「そりゃぁ~北園教授ぅ、そんなの私が言うまでもないじゃぁないですか!」
晴子は何の躊躇もなく、主任教授に満面の笑顔を向けた。
その表情は、……まさに王道の学問を追求するものだけに許された、日向の笑顔だったのかもしれない。
教授はしばしの間目をパチクリさせた後、改めてこちらを見つめ直してきた。
「晴子クン、……ホンとにいいんだな?」
「当ったり前ですっ!」
そう言ってこちらがニシシと笑ったら、北園教授は「ふぅ~~っ」と、深く長いため息を漏らした。
「それで、……どうだね? 色よい返事は頂けますかな?」
アルメリアの大富豪がニヤニヤと訊ねてくる。しかも、その態度がこちらを如何に不快にさせていることにすら気付いていない様子だ。
おそらく、これまで他所でやってきたとおりに、極めて定型的な返事を求めてきているのだ。
つまり、「Yes」と「喜んで!」以外は、全く受け付けない腹積もりらしい。
そうなんだよね、……。
研究予算を削られてしまう学者ほど悲しき存在は、ホンと少ないんだよ、……。
それがたとえ高尚で、未来に不可欠な知識や技術をもたらす可能性があろうとも、ほぼ例外なく予算縮小で地の底を嘗めさせられることになるんだからね。
学者を転ばせるなら、予算を削れ!
学者を手懐けるなら、予算を配れ!
そうやって有史以来、為政者や行政官、資本家達は、学者を痛めつけながら懐柔してきたんだ。
「どうした、北園!? 何を躊躇している? オマエがただひとつ頷くだけで、全てが丸く収まるのだぞ!」
転び者の山岡教授が、そう言って横から煽ってくる。
だが、きっぱりと、……晴子の主任教授の北園はこう断言した。
「こんなのはお断りだっ!! 我々は人類の未来のために、力を尽くしているのだ。ウチの研究室は、今後一切あなた方との取引には応じないっ! 晴子クンの研究は、この世界、地球レベルの『宝』だ! あなた方のような悪魔に加担するほど、我々は落ちぶれてはいないのだっ! そういうことだから、山岡っ! この悪魔をっ! 二度と晴子クンに近づけるなよっ!!」
「ふぅぅ~~~っっ!」
ここでアルメリアの大富豪は、瘴気を吐き出す魔物のように、……とても深く長いため息を吐いた。
晴子もまた、もう頭の中が真っ白になるくらい怒り心頭だった。
私の目の前には「敵」がいる。
社会に仇なす「敵」が、目の前に2人もいる。
一人は学者を唆す大資本家。
もう一人は、我々学究の徒を裏切った転び者。
晴子は怒れる若き学者を代表して、この2人には正義の鉄槌を振り下ろそうと思った。
これまで学んできた合気術を、全身全霊でコイツらに叩き込んでくれよう!
晴子は紅蓮の炎のようなオーラを瞳に宿しながら、おもむろに立ち上がった。




