37 研究所の長い一日_06
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「ハルコン所長! 事前に仰られたとおり、鳥インフルエンザのヒトへの感染が確認されました!」
秘書シリアが、こちらに近寄って耳打ちしてくる。
ここで、ハルコンは「ふぅ~~っ」と、深く長いため息を吐いた。
先ずは、前世の地球にて晴子の頃に得た経験で、今回の事態を把握しようと努めた。
そもそも鳥インフルエンザ、……いわゆるH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスが、ヒトに直接感染することは稀だったはずなんだけどね。
まぁ、……ゼロではないって話だし、ここはそもそも地球とは別の、異世界ファルコニアなワケだから、例外があっても不思議ではないんだよなぁ。
他の可能性として、……飛来する野鳥からある特定の家畜に感染し、その体内で「特別変異」が生じた場合、それがヒトへと感染する可能性が増すことも考慮すべきかな。
いずれにしても、感染したヒトから未感染のヒトへと飛沫伝播は起こさないとされていたんだけど、……。
でも、もし仮にヒトに感染した場合には、重篤な症状を引き起こし、一説にはその感染者の半数が死に至ることもあり得るとのことだったよね、……。
ハルコンはふむふむと頷きながら、胸元にしまっていたハルコンBの小瓶を取り出して、じっと見る。
まぁ、……通常のインフルエンザなら、この栄養剤擬きで十分なんだけどさぁ、……。
ハルコンはそんなことを思いながら、シリアの話を聞き終えると、同行する白衣の男性2名から、事態の詳細を伺うことにした。
「ハルコン所長! この度はご足労頂き、誠に恐縮です。現在王立療養所にて、症状の出たサスパニアの隊商12名を、完全隔離しております、……」
なるほど。紹介がなかったのは、この人達は、先日ブリーフィングで会った王立療養所の医官達だったか、……。
「……、また、彼らの宿泊していた旅館を一時的に封鎖、その従業員及び宿泊者が外出しないよう、衛兵を配置させております!」
以前、王立学校祭が始まる直前のことだ。
物資の集積場に「フラワーインフルエンザ」の「花枯れ」が生じた後直ぐに、王宮の命令で関係各所の担当者に集まって頂いていた。
その際、今後発生し得る感染症について、ハルコンは念入りなブリーフィングを行っていたのだ。
そして、その会議の参加メンバー全ての役職と略歴を暗記していたハルコンは、その白衣の男性達を見て、直ぐに王立療養所の若い医官達だとワカった。
「そうでしたか。他に感染者は確認できましたか?」
「今のところおりません。差し当っては感染患者12名が高熱を発して、軽い脱水症状を起こしているくらいです。先ずは、ハルコンBの経口投与で様子見の段階です」
「適切な対応、誠にありがとうございます。どうやら想定の範囲内に、とりあえずは収まっているようですね!」
「えぇ、……まぁ、予断を許しませんが!」
とにかく、先ずは患者を見てからの判断だなぁと、ハルコンは思った。




