37 研究所の長い一日_05
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かなり、注意して見張っていたはずだったのに、……。
ハルコンはそう思いながら、神経質に、頭頂部の辺りの髪をボリボリとかいた。
そんな様子を、主任教授カルソンが怜悧そうな目でじっと見つめている。
「それでは所長。我々研究所は、如何いたしましょうか?」
その言葉に、ハルコンはピタリと毛髪をかくのを止めて、相手を見上げた。
「そうですね。先ずは、今からそちらに参りましょう!」
「了解しました。王立療養所内の検疫については、以前所長の指示されたとおりに、既に手配しております。陽性者については、所長の指示を仰ぐまで、完全に隔離された状態でひと先ず待機させております!」
「ありがとうございます。カルソン教授、……私も直ぐに、療養所まで移動しようと思います!」
「なら、私も同行させて下さい。以前所長は、『フラワーインフルエンザ』の陽性者には、ハルコンBでは対処できない場合があると仰られてましたよね?」
「カルソン教授、……」
ハルコンは、梅雨の終りの頃に発生した『花枯れ』の騒ぎの際、カルソンにその件を伝えていた。ただし、その時点では「フラワーインフルエンザ」がヒトに直接感染する可能性については、否定したつもりだったのだが、……。
「どうやら、陽性者達が隊商で移動中、『フラワーインフルエンザ』に感染した鳥類を食べてしまっていたようです、……」
なるほど。隊商の移動中は保存食だけで、食事はかなりマズいものだからなぁ、……。
だから、道中で弱っている鳥を捕獲して食べたり、最悪「フラワーインフルエンザ」に感染して死んでしまった鳥を拾い食いした可能性すらあるんだよなぁ。
まぁ、……とりあえず落ちていた鳥だけど、火を通せば問題ないくらいの認識の人がほとんどだろうしね。
それだけ隊商の移動中には、新鮮な動物性たんぱく質が不足しがちなんだけどね。
「なるほどねぇ、……」
「やはり、……鳥類に感染することで、『突然変異』が生じたと。なら、ここで『鳥インフルエンザ』が新たに発生したとみてよろしいのでは?」
「うん。その場合鳥からヒトへの感染も、同様に『突然変異』で起こる可能性が十分ありますね!」
その言葉に、カルソン教授はこくりと頷いた。
「ハルコン所長ぉーっ!」
すると、食堂の入り口ドアが突然開くと、先ほどまで話していた秘書シリアが、数名の白衣の男性と共に、こちらの席まで駆け寄ってきた。
どうやら、事態が更に次に進んでいるらしい。
ハルコンはカルソン教授と頷き合うと、残りの食事を一息に頬張って、……それから立ち上がった。




