37 研究所の長い一日_03
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「今回もまた、急な案件ですねぇ」
所長席に着くなり、ハルコンはそう言って傍らに立つ秘書の顔を見上げた。
「えぇ、全く。ですがハルコン所長、……この出張を理由に、しばらくの間忙しい王都を離れてみては如何ですか?」
「なるほど。せっかくの機会ですから、この際羽を伸ばさせて頂こうかな?」
ここでフフッと、お互いに相手を見て笑い合う。
「それでは所長。直ぐに手配をさせて頂きます!」
「よろしくお願いします」
ハルコンの返事に秘書はピシッと姿勢を正すと、そのまま部屋を後にする。
まだ夜が明けたばかりの早朝ということもあり、館内の廊下を人の移動する気配は稀で、とても静かだ。
煌々と照明の灯る廊下を、秘書が一人、足早に歩いていく。
その際、靴底でタイルをコツンコツンと踏み鳴らす音がこちらまで届いてきたが、それも直に聞こえなくなった。
「さて、……と。うぅ~んっ!」
ハルコンは片腕を上方に掲げながら首をこきこきと鳴らすと、軽くため息を吐いた。
目の前の広い机の天板には、現在進行中のプロジェクトの予算の申請書など、重要な書類が山積みだ。
ハルコンはそのウチの数枚を手に取ると、横一列に並べてから身を前に乗り出した。
「よしっ!」
複数の書類に同時に目を通し、次々と両手にそれぞれ持ったペンで署名していく。
常人の数倍のペースでサインをするのも、ひとえにハルコンがマルチタスクの天才だからこそ為せる技と言っていいだろう。
すると、……みるみる間に、通常なら署名に数時間を要する書類の山が片付いていく。
「はいっ、完了!」
にこやかな笑顔でペンを置くと、いつしか窓から朝日が差し込んでいるのに気が付いた。
「朝定食に、まだ間に合うかなぁ?」
そう呟きながら、席を立つ。
長い廊下を進んでいくと、早番の職員達の出勤のタイミングと重なったこともあり、次々と挨拶を受けた。
そのひとつひとつに愛想よく返事をしながら食堂に入っていくと、「「「「「おはようっ、坊ちゃん!」」」」」と調理のおばさん達から、一斉に挨拶をされた。
「ハルコン坊ちゃん、この前に渡されたレシピ、……試しに作っておいたよ!」
料理長のおばさんが挨拶の後、快活に告げてくる。どうやら自信作のようだ。
「いつもムリを聞いて貰って、ありがとうございます」
ハルコンも愛想よく返事をして、その新作定食を受け取った。
そのまま食堂の南面の窓際、定位置の席に着くと、窓の外を多くの職員達が出勤する様子を一望できた。
その後、お目当ての皿に目をやって、ニコリと微笑む。
皿の上には、この国ではまだ珍しいコメ料理。
何と、チャーハンとオニオンスープのセットだ。
玉ねぎとハムと人参をみじん切りにして、コメをよく油で炒めたものだった。
これも「善隣外交」のおかげだね。
まだ珍しいサスパニアの貴重なコメが、最近王都にまで出回るようになっていたのだ。




