P.1-α 3 『死の恐怖』
俺は、変人としか思えない理由でルナの家に向かっていた。暖かい日差しをほとんど遮るからこの森の中はかなり涼しい。丸くて綺麗な湖には、水鳥たちが浮かんでいる。
自然豊かな場所だけど、こんな町から離れた場所に住んでると何かと不便じゃないか?でも自給自足できるくらいの資源食糧はあるのかな。まあなんにせよ、それはルナの勝手だ。俺がとやかく言うことじゃない。
仕事中だから、あんまり長いことルナとは話せないかな。完全にこっちの都合で会いに行って、こっちの都合で帰って行くだけなんだけど。たった一回会って助けてもらっただけなんだが、惚れちゃったものは仕方がない。男としての本能だから、多分。
そういえば、今まで”怪異”って感じのようなやつには出会ってない。夜にだけ出るとかそういうものなんだろうか。なんにせよ遭遇しないに越したことはない。新天地でいきなり『魂を吸い取られ』て死にたくはないから。もしかしたらルナがあんなところに住んでいるのって、”怪異”退治の専門家だから、とかなのかもしれない。
そうこうしているうちに、ルナの家まで辿り着くことができた。まだ太陽が空の天辺までのぼっていない。一度通ったことがある道ってだけでもだいぶ早く来れるものかもしれない。
とりあえず一息置いて水を飲んでから、ドアをノックしてみた。
反応はない。
「お〜い、ルナいる?ルイだけど」
声を出してみたけど、これも反応はない。さすがにずっと家にいるわけじゃないもんな。あとやっぱり俺ってめっちゃ迷惑。変質者。なんかストーカーってやつみたいだ。
一応家の裏とかも確認してみた。やっぱりいない。そりゃすぐそばにいたら聞こえてるよな。
諦めて出直そう。俺は今来た道を引き返そうとした。
すると、森の奥の方からドサッと何かが落ちるような音が聞こえた。俺は反射的にビクッとなって飛び上がってしまった。
気になる。怖いけど気になる。こういう好奇心は良くない。わかってる。
とりあえず音のした方向に行ってみることにした。
「は…え……?」
思わず声が出てしまった。それほどに、目の前の光景は信じられないものだった。
ルナが血を流して倒れている。それも喉のあたりから。明らかに助からない量の血を流していた。
「う……おえぇぇぇぇ…」
俺は思わず吐き出してしまった。死体を見た。しかも自分の記憶の限り初恋の相手の。それだけの事実で嘔吐する理由としては十分だった。
「なんで、なんで…?俺が、悪いのか?俺が、ここにきたから?そうじゃなくても、なんで…?」
俺は涙を流しながらルナに触れた。まだ体の温かみは残っている。つまり、まだ死んでから時間が経っていないということ。それって……
「おやぁ?別のお方がいらっしゃるようですねぇ」
「へあぁ!?」
自分の背後に猫背の黒尽くめの仮面で顔を覆った謎の男が立っていた。俺は恐怖で反射的に後ろに飛び退いた。
全く気づかなかった。その男は両手に何か鋭利な金属のようなものを持っている。よくみると、まだ液体が着いたばかりの状態だった。その液体が何であったかは、容易に想像がついた。
「もしかして、あなたはこちらのお嬢さんの彼氏さんですかね?これは失礼。辛いことをしてしまいましたな」
「え、え、え、え、え、え」
恐怖に支配されてまともな言葉も出ない。そんな俺をみて、目の前の男は不気味に笑った。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。あなたもすぐに彼女さんと別の場所で一緒に暮らせるようにしてさしあげますので」
そう言って、血のついた刃物を持って、あとずさった俺に近づいてきた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないこんなところで死んでたまるか俺が悪いのはわかっているけどこんなのあんまりだなんで神様は俺をこんな運命に導いたんだ俺は何も悪くないのにこんなところで死にたくない嫌だ嫌だ………
《マスターノ”ネガイ”ヲジュダクシマシタ。ツギノ”カノウセイ”ニログインシマス》
どこかで聞いたような機械音声のような声の後に、俺の意識は消滅した。