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P.1-α 1 『最初の出会い』

 

  * * * * * * * * * *



 《アタラシイセカイニログインシマシタ》


 …どこからか機械的な声がした。どこから聞こえるのか、誰の声かもわからない。

 俺はどこかに寝転がっているようだった。どこに寝転がっているかはわからない。今まで何をしていたのか、家族や友人のこと、自分の名前さえ、覚えていない。思い出せない。


「……い、おーい、大丈夫?」


 さっきの声とは別の声が聞こえた。透き通るような少女の声だった。体が揺れているように感じるのは、その子が俺を揺さぶっているからだろうか。俺が重たいまぶたを開けると、”蒼”という言葉が似合う美しい瞳をした純白の髪の少女が、俺の顔を覗き込んでいた。


「どうしよう、誰か……あ、目が覚めたのね、よかった〜」


 目の前の少女は、ほっと胸をなでおろしたような身振りをした。そして、白い髪を揺らし、優しい顔で俺の方を見た。その顔を見て、どういうわけか、俺の体温が上がった気がした。もしかしたら俺はこの子に一目惚れしたのかもしれない。


「あの、あなたは…?」


「私の名前はルナ。あなたは、どうしてこんなところで寝ているの?」


「……」


 そんなことを聞かれても、何も答えられない。本当に何も覚えていないのだ。黙っていると、少女-ルナはため息をついて、俺に手を差し伸べた。


「何でもいいけど、ここの森は危険だから、とりあえず私の家に着いてきて。話はそこで聞くから」


 そう言って、俺が立ち上がる前に森の中を先に進んで行った。

 俺はしばらく動かなかったけど、何も知らない森の中で迷うのは確かに危ないから、ルナの後を追いかけていった。






 ルナの家は、俺が寝ていた地点からはかなり離れた場所にあった。森の木で作られた簡素な家だった。俺は家の中に入り、ルナに勧められて机を挟んで向かい合って座った。


「それで、なんであんなところにいたの?この森は”怪異”がでる危険な森よ。あんなところで寝ていたらいつ魂を吸い取られてもおかしくないわ」


「正直に話すけど、全くわからない。というか、何も覚えていない。ここが知っている場所かもしれないし、初めてきた場所かもしれないけど、何もわからない」


「え、どういうこと?じゃああなたはなぜかあそこに放り出されて、眠っていたっていうこと?」


「ごめん、本当にわかんないんだ、信じてくれ」


「う〜ん、確か”怪異”には記憶を吸い取る力はなかったはずだけど…」


 ルナはまだ怪訝そうな顔をしている。かわいい。でも信じてもらえないのは無理もない。自分でも言っていて信じ難いことばかりだから。何があったかは覚えていないけど、言葉やその他一般常識は大体覚えている。この不可解な現象を、俺はそういう事実としてしか認識できない。あと、ここで嘘を言ってもなんのメリットもないこともわかっている。


「…まあいいわ。どうせあなたも帰るあてはなさそうだし、とりあえず町の方で働き口でも探してきなさい。あっちの町に行けば最低限の衣食住に困ることはないとは思うわ」


 そう言ってルナは俺に地図が書かれた布を渡した。幸いなことに、俺はこの国の文字は読めるらしい。言葉は通じるし、ここはもしかしたら来たことがある地方かもしれない。


「私の家を出たら右に曲がって、そのまままっすぐ歩いていけばある程度整備された街道に出るから、そこからは地図に従っていけば大丈夫よ」


「うん、ありがとう」


 ルナが親切な人でよかった。でも少し気になったところがあった。ちょっと失礼かもしれないが、ここに来てから初めて(?)出会った相手だし、聞いておくのもいいのかもしれない。


「ルナは何で町から離れたこんなところで暮らしているんだ?何か理由でもあるのか?」


「えっと、それは…」


 ルナは口ごもってしまった。やっぱり聞いちゃダメな質問だったかもしれない。これで俺は、俺自身が”デリカシーのない人間”だってことを思い出すことになった…のかもしれない。そして、こういうときは誠心誠意謝ったほうがいいということも思い出した。


「ごめん、ルナ。なんか聞いちゃいけないことを尋ねちゃったみたいだ。人間誰しも話せないこと、話すと辛いことってあるよな」


「ううん、全然いいの。あなただって、『何もわからない』ってこと、正直に話してくれたじゃない。だから、私にも話す義務があると思うの」


「いやいや、その義務は俺を起こして生活する手段を教えてくれた時に終わってるよ。むしろ、俺が返すべき恩の方が大きいよ」


「そう…」


 ルナは少しがっかりしたような表情を見せた。そんな顔のルナもかわいい。そういうことは一旦置いといて、俺にルナに返せるものって何かあるだろうか?なにも覚えていないし、特に珍しいものもなにも持っていない。そうすると、ルナのために俺が働いてお金を稼ぐってのがやっぱり一番いいのだろうか?


「そうね…それじゃああなたの名前を教えてちょうだい」


「え、それだけでいいのか?」


「うん。私はそれでいいの。だってまた会った時名前で呼び合えるじゃない」


 優しいし、理由もかわいい。しかし、俺は大きな問題点にぶち当たった。自分の名前を覚えていない。

 どうしよう。俺の名前は…


「あなたがイヤなら別にいいのよ?」


「いや、大丈夫だ。俺の名前は、そうだな……”ルイ”、だ」


「そう。ルイ、また会った時はよろしくね」


 そう言って、ルナは眩しい笑顔で俺を送り出してくれた。

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