班員紹介
それから少し時間が経って、壮士、小夜、保人を含む班の八人はすでに揃っている。壮士はその後保人を含む全員との挨拶を済ませて、空気を読んで例年集合場所とされている園庭に班員たちを誘導している。子どもたちは普通ならめいめいが時間まで好きなことをして、先生の号令で園庭にしぶしぶ集合するものであり、壮士の行動は周到というよりややせっかちすぎるともいえる。実のところ、壮士は無意識に、園庭の向こうの校庭のそのまた向こうに見える丸松小学校を眺めたかっただけなのである。
壮士はさっき小夜にランドセルの色を聞かれていたが、壮士にとってもやはりランドセルは小学生を象徴するものであり、それを背負う日が迫っているという現実は単純に胸が高鳴るものだった。去年のこの時期にランドセルを買って、それから壮士のランドセルは壮士の家のリビングにずっと置かれていた。そもそもランドセルを実際の入学の約一年前に買ってしまうという最近の傾向はいささか形式的なものであり、壮士も例に漏れずランドセルを買ったときにはまったくランドセルと自分を関連付けて考えていなかった。当時の壮士にとって小学生とは、現在の小夜と同様に「自分よりはるかに年上の人たち」であるという認識しかなかったわけである。しかしながら、一月には「入学体験」と称して小学校の見学が行われ、ランドセル以外の小学校用品の購入が進んでくるにしたがって、リビングの風景にずっと存在していながら壮士の意識から消えていたランドセルに存在感が生まれてきたのであった。その存在感はこれまで両親と一緒に寝ていた壮士がついに自分の部屋と机を与えられたとき、ランドセルが机の目立つ場所に置かれたことで完全になった。壮士はもはや無力な幼児ではなく、少なくともある程度自立した人間としての権利を獲得しつつあり、ランドセルと壮士が今見ている丸松小学校はそれを象徴していた。
とはいえ、壮士はあくまで標準的な、もしくは優れた子どもであって、だからこそ自分が正当な手続きを踏んで小学校に入学することを疑っていないのもまた事実であった。壮士にもう少し注意力があれば、入学体験の一部または全部における欠落について気づくことができただろう。
さて、壮士はもっと小学校を眺めていたいのだが、放っておけば確実に何かを起こす下級生たちを無視するわけにはいかない。
「僕はもう泳ぐことができるんだよ」
自信満々にそう主張しているのは、年中の桐島文弥である。文弥は今回のお別れ遠足で向かう宿泊施設にプールがあるのを毎年楽しみにしていて、そして彼は水泳教室に通っているから泳げるということは間違いではない。ただ、同じ水泳教室に通っている壮士は、文弥にとっての「泳げる」とは25メートルをビート板につかまってバタ足で移動できることにすぎないことを知っている。文弥は四月からは正式にこの班における最年長となり、そしてそれは自分が班における大きな権力を得ることを意味すると思っているが、壮士は実際のところ文弥はある程度傀儡的になるのではないかとみている。
一方、壮士が(もしくは大人たちが)有能であると感じているのは、文弥から少し離れて座り小夜と話している野村凛である。彼女は三人きょうだいの最年長であることもあって面倒見が良く、細かいところによく気がつく。実際、この一年壮士をサポートする役回りをこなしていたのは凛であって、何かあればすぐに暴走しかける文弥や年少組をうまく制御していた。もちろん凛もまだ不安定さはあって、特に彼女のやや完璧主義的な性格はなかなかストレスのたまるものであるからキャパオーバーして爆発することも少なくないのだが、おおむね次の年度の理想的な班のリーダーとして凛はその地位を確立していた。
今も凛はすっかり打ち解けた様子で話している小夜の相手をしながら、保人と年少の二人である堂林翔太と柏原芹奈が文弥と話しているところに定期的に注意を払っている。正直小夜の相手として適当なのは同性の凛であると壮士は思っていて、年のわりによく考えているところがある小夜には凛は良い話し相手なのかと考えてみる。
だが、凛は小夜との話を切り上げると、立ち上がって壮士に近づいてきた。
「壮士くん、バスの席順どうする?」
「ふむ」
ここでの凛の確認はよく念を入れていると壮士は考えた。こういうバスに乗るイベントでは多くの班で席順を巡ってトラブルが発生する。壮士たちの班はそのような問題を避けるために普段は席順を固定していたのだが、『プレ』の二人が入った今回はそうもいかない。
「まあ、次からのこともあるし、僕と菫ちゃんは一番後ろに回って、残りで組めばいいんじゃない?」
壮士はとりあえず無難な案を提示した。四月からは壮士と菫なしの班になるわけであるから、それの下準備としてそのときに予想される席順を試してみることは自然である。
「うん、つまり私と小夜ちゃんが隣で、その後ろに翔太くんと芹奈ちゃんを入れて、それでその後ろに文弥と保人くんを入れて、最後に壮士くんと菫ちゃんってわけね。……わかった。みんなー、それでいい?」
凛は律儀に大声で確認を取ったが、「わかった!」と返ってきたのは小夜のみである。
「おーい文弥、聞いてる?」
「え?」
凛は何やら身ぶりを交えて下級生たちと話している文弥を呼び止める。
「今日からバスの席順が変わるの。文弥は保人くんと隣になるんだけど、それでいい?」
「うわ、マジかよ。凛と隣じゃなくなるのか」
「私たちは四月から年長になるのよ。私たちが小さい子の面倒を見ないと。文弥もいつものようにふざけちゃだめよ」
「ひええ、厳しいなあ。年長ってのは大変なんだなあ」
文弥はきっちりと釘を刺してくる凛にたじろぎながらも、反撃のチャンスをうかがう。
「でもさ、年長の二人と過ごすのも明日で最後じゃん? 帰りのバスはいつものような席順で帰ろうぜ」
「えー、でも『プレ』の二人を隣同士でほっとくわけ? それはちょっと……」
凛が困ってしまったので、壮士は助け船を出す。
「まあいいじゃないか。僕と菫ちゃんは最後なんだから、最後は二人で並んで過ごすっていうことで十分だよ。文弥くんはぜひ小さい子たちにお兄さんぽいところを見せてほしいな」
「むー、わかったよ」
最年長でありこの班でのリーダー格である壮士にそう言われれば、文弥は引き下がるしかない。ただし彼らは、そもそも帰りのバスにこれまでの常識が適用されない可能性が高まっていることを知らない。