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短編2

真実の愛とまでは言いませんが

作者: 猫宮蒼



 アルメルティア公爵家、三番目の子にして長女リリエンティーヌ。

 コルア王国、国王の二番目の子にして長男、ヴィクトル。


 この二人は、何事もなければいずれは結婚する……はずであった。


 ところが二人が年頃になった時に揃って両者が言ったのだ。


「お父様! わたくしどうしても好きになった方がいてそちらに嫁ぎたいのです!」

「父上! 私には恋焦がれた人がいます。なにとぞ、どうか! その方との結婚の許可を頂きたい!」


 公爵家も王家もまさか自分の子がそんな事を言い出すとは思っていなかったのでちょっと面食らった。

 大事な話があると言われ集まる事になって、一体何事かと思えばこれだ。


 一応二人は婚約者同士だ。

 他にいい結婚相手がいたならそっちと婚約を結んだかもしれないが、特にそういう事もなかったので下手にフリーの身にしておくと、面倒な家に目をつけられかねないとなって一応婚約しただけという、なんとも軽い理由である。

 国内の貴族たちの派閥事情でもってこの婚約が白紙になって、派閥を纏めるために、とかそういう理由があれば簡単に消えるくらいの婚約ではあったけれど。

 そこまで荒れるような事もなく、またちょっと面倒な家の令嬢や令息たちも一番の狙い目に思えた公爵家と王家のこの二人の婚約を台無しにさせてその後釜に自分が……などと考えたところでリスクが大きすぎる。

 そうなると、その次に条件の良い家の相手を狙うしかない。一番いい物件は既に手を付けられないとなれば、早めに次の相手を見つけなければどんどんグレードは下がる一方。


 そんな感じで一気に国内の年頃の貴族たちの婚約は決まっていったのである。


 余程自分が売れ残るのが確定しているとわかりきっている相手でなければ、醜聞晒して婚約がなくなりました、などという事をしでかさなければ、普通に次の相手を見つける事は容易であった。

 相手に条件をつけず誰でもいいとなれば、相手に困る事はないけれど。

 しかし結婚相手にとんでもねぇ相手を選ぶ事になってしまえば最悪その結果家が潰れるかもしれない。


 どうせ結婚するのなら、お互いの家に利のある相手を。


 そういった望みはあるが、高望みしなければどうにかなる。



 コルア王国は男でなければ跡継ぎになれないというわけでもない。長男が優秀でなければ次男が跡を継ぐ事もあるし、国王に即位せずとも女王が、なんてことも普通にある。


 リリエンティーヌは公爵家の跡継ぎではないけれど、王子と婚約しなければ公爵家が持つ他の爵位を与えられる予定であった。

 つまりは、跡取りになれない令息たちから見てとても優良物件。

 ヴィクトルは姉に何かない限り彼もまた臣籍降下するつもりでいたので、リリエンティーヌと婚約なんて事にならなければ多くの令嬢たちから狙われていた事だろう。


 だが、この二人がくっつく事になってしまったので血で血を洗うような水面下での令嬢や令息たちの争いは起きようがなかったのである。

 これがもうちょっと家格の低い家などであったなら、それとなく追い落とす事を考えた者もいたかもしれない。

 しかし公爵家と王家を相手にそんな真似をすれば、最悪仕掛けた方が潰される。


 それ故に、多くの令嬢や令息たちは羨みつつも、お似合いの二人ですねと言うしかなかったのだ。



 無用な争いを起こしかねなかったからこそ、二人の婚約は早い段階で決められたけれど、正直な話この二人が結婚したところで特に旨味はない。

 仮に王家が過去に何かやらかして公爵家との仲が微妙な事になっていたが、この婚約をもって再びお互い仲良くやっていこうね、とかそういう事情でもあれば別だがそういった過去も特にないのだ。


 野心を持った貴族たちのやらかしで荒れるのを防ぐため。あくまでも国内平和のためだけにとりあえずで結ばれた婚約だった。


 そんな事情を聞かされた上での婚約だったので、お互い確かに利用されるだろう可能性がありすぎる……と納得してしまったし、じゃあとりあえず婚約しておきましょうか、という感じであった。

 もし、お互い年頃になってどうしても結婚したい相手が見つかったならその時はどうにか穏便に事を運びましょうねと話し合ってすらいた。


 上手く事を運ばないと、野心マシマシな連中の横やりで荒らされるのが目に見えていたので。



 そして、これまたお互いタイミングよく心惹かれる相手を見つけてしまったのである。


「それで、そなたたちの言う相手はどこの誰だ」


 国王が問う。

 正直どちらも跡取りになるわけではないので、多少身分が低い相手を選んでもそこまで問題にはならない。

 ただ、婚約の解消とか次の相手の発表とか、余程上手くやらないと横やり入れたい連中が最悪お相手を始末しようとしかねないので、結婚までがスニーキングミッションになるかもしれない懸念はあるが。


 リリエンティーヌが言う。

「わたくし、辺境伯のところに嫁ぎたいのです!」


 ヴィクトルが言う。

「私も辺境伯のところに!」


 二人が焦がれた相手の名前は出なかったが、しかし辺境伯という時点で国王夫妻も、公爵夫妻も察してしまった。


「いいのですか? 辺境とつくくらいなのです、王都とは異なり退屈なところですよ」

 リリエンティーヌの母が言うが、しかしリリエンティーヌは問題ありませんときっぱりと答えた。


「隣国との国境が近く、もし戦争になれば大変な事になるかもしれませんが、すくなくともその可能性は低いですから。アルミシア様が外交で問題を起こすとは思いませんし、アルミシア様が選んだ外交官もまた同じく」


 アルミシアはヴィクトルの姉で、次代の女王である。

 自国が何かをやらかすつもりはないので、気を付けるとするなら隣国がこちらに何かを仕掛けようとした場合だろうか。だがそれも可能性としてはとても低い。



 辺境伯のところ、と言われ国王は思案する。

 現当主でもあるマルスは自分の子が結婚できるかわからないと嘆いていた。

 だからこそ、結婚相手に是非! と言い出した相手がいるのであれば特に反対はしないだろう。

 何分他の貴族たちは王都からあまり離れたがらない。

 ある程度の権力を持った家に取り入りたい貴族であっても辺境伯のところに我が子を売り込みに行こうと思っていないのは、辺境伯がうちの子結婚できないかも発言からして明らかである。


 確かに辺境伯が治めているあたりは、王都と比べると田舎なので都会生活に慣れ切った貴族からすると退屈極まりないだろうし、それに王都にも滅多に立ち寄れないと考えれば遠慮したいのかもしれない。


 もう身分とか問わないから誰かしら来てくれないと跡取りには養子を迎えるとかしないとダメかも、と言っていた辺境伯を思い出す。


 そこまで言われているのだから、ここで結婚したいっていう相手がいますと言えば諸手を挙げて喜んで迎え入れてくれるだろう。辺境伯はもとより、その子本人に確認はとらないのか、と何も知らぬ者ならその疑問を口にしたかもしれないが、国王夫妻も公爵夫妻も確信している。

 多分断らない。

 無理矢理婚約を結んだとかであればともかく、立候補してきた相手ならそこまで言うなら構わないと受けるだろうなと二人の親たちは知っているのだ。


「本当に、いいのだな?」

「はいっ!」

「是非っ!」


 目をキラキラさせて了承の意を示す二人に。


「よろしい」


 国王は鷹揚に頷いて――


「それではリリエンティーヌの嫁入りを認めるッ!!」


 勝者! リリエンティーヌ!!

 とばかりに国王は片手を上げた。


「やりましたわああああああ!」


 両手を上げて喜ぶリリエンティーヌ。

 幼子のような喜びようは、少なくとも淑女とは言えないものだがしかしここにいる者は限られている。

 それ故に両親は目を細めてそんな娘の喜びようを微笑ましく見ていた。


「なっ……何故ですか父上! どうして私は認められないのです!?」


 そしてヴィクトルは目を見開いて、何故自分は許可されないのかと詰め寄った。


「ヴィクトルよ」


 そんな息子に国王は静かな声で告げた。


「辺境伯のところには、息子しかおらぬ」


「……えっ!?」


「息子しかおらぬ」


 大事な事なので二度言いました、とばかりに繰り返される。


「えっ!? 嘘でしょう!? だって見ましたよ滅茶苦茶絶世の美女でしたけど!?」

「滅茶苦茶絶世の美女で傾国しそうな美貌の持ち主だがあれは男だ」

「嘘でしょう!? ね、母上、嘘ですよね!? 父上の性質の悪い冗談ですよね!?」


 縋るような目をヴィクトルは母へと向けた。

 しかし王妃は目を閉じて、そっと首を横に振った。


「このままでは養子を迎えるしかないかもしれない、と言っていたとはいえ、養子を迎えればいいと、子供ができなくてもいい相手を流石に送り付けるわけにもいかぬ」

「そうですね、流石にご子息も結婚相手に息子、それも王子殿下を送られたら困るでしょう」


 国王の言葉に公爵が頷く。

「何より我が国は同性婚を認めてはおりません」

 王妃の言葉が全てだった。


 そもそもの話、血を分けた跡取りが欲しいという家で子供ができないのがわかりきっている同性婚は流石に問題しかない。

 家を継ぐ立場にない者たちであればそこまで厳しく言うつもりもないが、しかし血を絶やさぬようにしなければならない家などでは問題しかないわけで。

 遠縁から養子を迎えるにしても、それは基本的に最終手段なのだ。

 最初から養子目当てに自分は子供を作らなくていい、などと考えられるのは困る。

 それに、そういう考えの貴族が増えればいずれ子が足りなくなって、血が絶えて家を存続できないなんてところだって出るだろう。

 愛人として囲うのであれば同性だろうと問題ないが、跡取りを生まねばならぬ家で同性婚は残念ながら認められないのである。


 どうしても愛人ではなく正式な夫婦としてというのなら、それこそ同性婚が認められている国へ行くか、家を捨て平民にでもなるかだ。


「そんな……」


 決して両親の冗談ではないのだと悟ったヴィクトルはふらりとした足取りで数歩後退り、それから糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。


「リリエンティーヌ……きみは、まさか知っていたのか……?」

「え? はい。勿論。結婚したい相手の事ですもの当然調べましたわ」


 即答だった。

 リリエンティーヌは辺境伯の子が何人いるのか、その上で自分が結婚したいと思った相手は誰なのか、というのをちゃんと調べた。結果として辺境伯のところには息子が一人と知って、それなら間違って長男に求婚したつもりが次男でした、みたいな事もないのだと安心して辺境伯のところに嫁ぎたいのだと宣言したのだ。


 一方のヴィクトルは、あんな絶世の美女がそう何人もいてたまるかと思っていたからか、リリエンティーヌ程詳しく調べていなかった。

 辺境伯のところの、自分と同じ年頃の娘と言えば伝わると思っていたのもある。

 結果として彼は、知らぬとはいえ男に求婚をするところだったのであった。


 仮にもし、他に姉妹がいたならばそちらとの結婚を認められていたに違いない。しかしその場合、自分が結婚したいと言った相手とは別の娘が現れてこれまたひと悶着あっただろう。

 その可能性を考えれば、辺境伯のところに娘がいなかったのは良かったのかもしれない。


「では、二人の婚約は事前の話し合いのとおりに白紙とする」

「はい、ありがとうございます」

 リリエンティーヌの浮かれ切った声が憎い。

 リリエンティーヌが悪いわけではないけれど、望んだ結果をつかみ取った彼女と、そうではなかった自分との落差に思わず逆恨みしそうになる。

「お父様、早速辺境伯のところへ婚約の話を持ち掛けても!?」

「あぁ、勿論だとも。余計な横やりが入る前に話を纏めてしまおうな」

「えぇわかっております。あ、殿下。

 わたくしとの婚約が白紙になったので、もしかしたら他の貴族たちの婚約もそれとなく解消となり貴方を狙う令嬢が押し寄せる可能性がありますので、殿下も早いところ次のお相手を決めた方がよろしいですわよ。

 余計なお世話かもしれませんが」

「あぁ、うん……はは」

 ファイト、とばかりに胸元でこぶしをぎゅっと握りしめていう元婚約者に、ヴィクトルは乾いた笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。


 ほんとに余計なお世話だよ、と言いたい気持ちもあったけれど、彼女の言葉は嘘でも誇張でもなく事実なのだ。

 その面倒ごとを避けるために婚約していたのに、それがなくなったとなれば王家に取り入ろうとする家が速やかに婚約を見直して令嬢たちにヴィクトルを射止めてこいとか言い出しかねない。

 それを避けるためには、ヴィクトル自身早急に次の相手を決めなければならない。それも、余計な横やりを入れられそうにない相手を。そう考えると結構な難易度だった。


 国内でそういった相手を見つけるにしても、リリエンティーヌ以上に最適な相手はいなかったし、他の令嬢たちは婚約者がいる。

 その中で婚約を解消して改めてヴィクトルに近づく者も出るかもしれないが、どちらにしても争いが勃発するだろう。


 いっそ他国へ……と考える。

 多分その方がいいような気がしてきた。

 うちの国との友好の証として、とかそんな感じで貴族か王配狙いでどこかないだろうか……とヴィクトルは漠然と思考を巡らせる。


「殿下」

「……なんだい?」


 その考えを巡らせている様子が、リリエンティーヌにどう映ったのかはわからない。

 けれども良い方向に思われる見方はされていないのだろうな、とは理解できた。


「特大級に不敬になるかもしれない発言をしてもよろしいかしら?」

「言ってごらんよ」

「結婚をのらりくらりとやりすごしたうえで、わたくしとアースラ様との間に生まれた娘に目をつけようとはしないで下さいませね?

 アースラ様似の娘狙いとかされた場合、わたくし新たに国を興すかもしれませんので。

 義理の息子が自分と同じ年とか嫌すぎますし、ましてやそのお相手がかつての婚約者とか、ちょっと」


 アースラというのは言うまでもなく辺境伯のところの息子である。

 ヴィクトルが女性と思い込んだ、件の人物だ。


 確かに、彼に似た娘がいたのなら、きっとヴィクトルはそちらに惹かれるに違いない。


「本当に失礼だな! するわけないだろう!」


 正直内心でその手があったのか、と一瞬思いはしたけれど。

 そう言われてしまった以上、その手段は断たれた。

 仮に気長にアースラ似の娘が生まれ、年頃になるまで待ち結婚を申し込んだなら、その時は辺境伯領はコルア王国から独立すると言われて、流石にそこまで言われた上でやらかせばその頃には女王になっている姉がヴィクトルを処分するに違いないので。


「えぇ、えぇ、そうですわよね。

 仮に殿下が他の方と結婚し、子供が生まれた後、わたくしたちの子供と縁付かせようとしたとして、娘をそちらに嫁がせるのは少しばかり考えてしまいますもの。えぇ、えぇ」


 自分の子が息子だと仮定して、そこに嫁いできたアースラ似の娘……自分は義父の立場……とまたもや脳内で妄想しそうになるも、それも断たれる。


 血の涙を流して悔しがりそうな勢いのヴィクトルを、国王夫妻と公爵夫妻がとても可哀そうなものを見る目で見ていたけれど。

 ヴィクトルはそこに気付くほどの余裕は持っていなかった。



 ――その後、リリエンティーヌの辺境伯が子息、アースラへの婚約の話はあっさりと受け入れられ彼女は早々に嫁いでいった。


 ヴィクトルの方はといえば、リリエンティーヌが嫁いでいった話が社交界に広まった途端いくつかの家の令嬢たちから狙われる事になってしまったけれど、そこら辺はどうにか上手く躱していた。


 とはいえ、彼がその後結婚できたかどうかはまた別の話である。

 以上、流石に公表できなかった真実の愛 の感想を見て何となく思いついた話でした。

 なおそちらの短編との繋がりはないのでそっちは読まなくても問題ありません(^^)/


 次回短編予告

 王子とその婚約者、そして身分の低い娘。王子と身分の低い娘との距離は日に日に近づいていく……っていうありがちテンプレこねくり回した感じの話です。前に似たような話書いた気がするけど、書いた以上折角なんで投下投下~!


 次回 悪役令嬢? いえ、どちらかといえばタンクですわ

 投稿は近日中!

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きっかけになった元の話を考えると,辺境伯のところというセリフでまさか今度は牛や馬にでも恋したのか!? とか一瞬思ってしまいましたが杞憂に終わってよかったです
ものすごい繊細かつ女性的な美貌の令息だった可能性はあるにしろ、性別分かるような会話その他の交流を一切していない…つまりは高確率で外見だけで一目惚れ。 その程度の薄っぺらい想いで愛を語るのがそもそもおか…
ときに、辺境伯御子息は何故に女性と間違えられたのか? いくら綺麗な顔でも、普通は服装で男性と思われそうですが。 まさか、じょs……いや、性別のわかりにくいゆったりした服を着ておられたとか、男装の麗人と…
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