ボスを倒したらクエストが始まりました。
隠し扉の奥へと足を踏み入れると、空気が一変した。
湿った土の匂いと、どこからか流れる微かな風の音が響いている。
「……ここ、今までの鉱山とは雰囲気が違うね」
僕は周囲を見渡しながら呟いた。
通路は先ほどまでの採掘場とは異なり、自然の洞窟のような作りをしている。
岩肌はざらついていて、まるで何かが通ったかのような削れた跡が点々と残っていた。
「ええ、どうやらここは、通常のルートでは辿り着けない隠しエリアのようですね」
ヴェルトは冷静に分析しながら、歩を進める。
隠しエリア。
こんな初期ダンジョンにもそういう仕掛けがあるのかと、ゲームの作り込みの深さに驚かされる。
「でもさ、普通に考えて、こんな場所に隠し通路があるってことは……」
通路を歩いて行くと急に広い場所へと出た。
静寂が支配する洞窟の奥で、僕とヴェルトは目の前の光景に息を呑んだ。
崩れた石柱、朽ち果てた鎧。
かつての戦場のような光景が広がる中、中心に佇む巨大な影——いや、「騎士」がいた。
それは、人の形をした骸骨だった。しかし、普通の骸骨ではない。
身に纏う黒く鈍い輝きを放つ鎧、手には長く鋭い漆黒の剣。
そして、その眼窩の奥には、燃えるような青白い炎が灯っていた。
「……あれが、この部屋のボス?」
「ええ、『彷徨える亡国の騎士』。この地に取り残され、果たされることのない誓いに縛られ続けた哀れな亡霊ですね」
ヴェルトの声は落ち着いていたが、普段よりも慎重な響きを帯びていた。
それだけ、相手が強敵だということなのだろう。
騎士は、ゆっくりと僕たちのほうへ向き直る。
鎧が軋む音が、異様なほど響いた。
「……この地ヲ……侵ス者ヨ……」
声というよりは、響くような音だった。
意味ははっきりとわかるのに、感情は感じられない。
ただ、一つだけ——怒りのような、深い執念のようなものが含まれていた。
「ユーマさん、気をつけてください」
ヴェルトが杖を構える。
僕も慌てて戦闘態勢を取る。
「……行クゾ……」
その言葉とともに、騎士が動いた。
重々しい鎧を纏っているのに、その動きは異様に速い。
漆黒の剣が空気を裂き、凄まじい衝撃波とともに振り下ろされる。
「くっ!」
とっさに横へ飛び退く。
しかし、その瞬間、地面が砕けた。
騎士の剣が叩きつけられた場所が、衝撃で陥没していたのだ。
「力が桁違い……!」
「正面からの攻撃を受けないように立ち回るのが重要ですね」
ヴェルトが冷静に状況を分析する。その間にも、騎士は動きを止めない。
漆黒の剣が何度も振るわれ、そのたびに地面が砕け散る。
(まともにくらったら、一撃でやられる……!)
僕は距離を取りながら、魔法の詠唱に入る。
「ファイアボール!」
赤い炎の球が騎士へ向かって飛ぶ。
「無駄ナリ……」
騎士は動くことなく、鎧を覆う青白い炎がファイアボールを掻き消した。
「えっ!?」
「魔法の耐性が高いですね……属性の工夫が必要です」
ヴェルトが僕の隣に立ち、杖を構える。
「では、試してみましょうか。ウィンドカッター!」
風の刃が騎士の体を斬り裂く。
しかし、その攻撃も、鎧の青白い炎によって威力が削がれてしまった。
「駄目……なの?」
「いいえ、少しはダメージが入っています。ですが、効率が悪いですね」
騎士はゆっくりと剣を振り上げる。
「滅ス……!」
青白い炎が剣に宿り、横薙ぎの斬撃が空を裂く。
僕は咄嗟にしゃがみ込むことで回避するが、その勢いでバランスを崩した。
「くっ……!」
転びそうになるが、すぐに体勢を立て直す。
だが、その瞬間―――。
バキィッ!!!
騎士は足元を強く踏み鳴らし、地面が割れた。
崩れた足場が崖のようになり、僕は大きくよろめく。
(まずい!)
「ウィンドバリア!」
ヴェルトが瞬時に風の魔法を展開し、僕の体を押し戻すように支えてくれた。
「助かった……!」
「油断しないでください。彼の動きは読めません」
騎士は一瞬動きを止め、僕たちを見据えていた。
(……なんだ?)
普通なら、ここで追撃してくるはず。
だが、騎士は剣を地面に突き刺し、青白い炎をまといながら構えを変えた。
「これは……?」
「防御態勢ですね」
ヴェルトが眉をひそめる。
「闇雲に攻撃しても、受け流される可能性が高いです」
(でも、このまま、何もしないってわけにはいかないよね!)
僕は杖をギュッと握り締めた。
「ヴェルト! 一度、攻撃してみるよ!」
「えっ——!? ちょっと!」
ヴェルトの制止を振り切り、僕は杖を振り上げた。
「ファイアボール!」
詠唱と同時に、僕は思い切って杖を振り下ろした。
魔法と物理の両方を叩き込めば、突破口が開けるかもしれない。
しかし―――。
「っ!」
ヴェルトが咄嗟に僕の腕を引っ張る。
次の瞬間、轟音とともに騎士の剣が振り下ろされ、空間を切り裂いた。
強烈な衝撃波が走り、地面が陥没する。
砕け散った岩の破片が辺りに飛び交い、洞窟の壁が大きく削られた。
もし、ヴェルトが引き戻してくれなかったら——僕は今頃、あの剣の下敷きになっていた。
(……やばい)
これまでの敵とは明らかに違う。
今の攻撃をまともにくらったら、即死していたかもしれない。
「ユーマさん、無茶しないでくださいっ」
「ごめん、なんかいけるかなって思って」
「今度からは何をするのか教えてください」
「うん、善処する」
「でも、今のユーマさんの攻撃でわかったことがあります」
ヴェルトが騎士を見つめながら言った。
「このボスの炎は、魔法攻撃を軽減する効果がありますが、おそらく……物理攻撃にはそれほどの耐性はないはずです」
「……つまり?」
「魔法と物理の連携攻撃が必要です。僕が魔法で注意を引くので、ユーマさんは隙を狙って物理攻撃を加えてください」
「僕が、物理攻撃……?」
「はい。杖でも十分、敵にダメージは与えられます」
ヴェルトが微笑む。
(……やるしかない)
「わかった!」
僕は杖を握り直し、騎士の隙を探る。
「ウィンドカッター!」
ヴェルトの魔法が放たれる。騎士の注意がヴェルトへと向く。
(今だ!)
僕は全力で駆け出し、杖を振りかぶる。
「せいっ!」
全力で騎士の横腹へ杖を叩き込んだ。
「……ッ!」
わずかに、騎士がぐらついた。ダメージは確かに入っている。
(いける……!)
次の瞬間、ヴェルトの追撃が放たれる。
「エアカッター!」
鋭い風の刃が、騎士の首元を直撃した。
「……誓イ……果タセ……ズ……」
騎士の体が崩れ、ゆっくりと光の粒となって消えていった。
洞窟に静寂が戻る。
「……倒した?」
「ええ、なんとか」
僕は大きく息を吐いた。
そのとき―――。
ピン、と音が響く。
目の前に、文字が浮かび上がった。
『彷徨える亡国の騎士を倒したので、クエスト「騎士の遺言」が開始できます。YES/NO』
「新しいクエスト……?」
「どうやら、このボスはクエストのギミックだったみたいですね」
ヴェルトが慎重にメッセージを見つめる。
新しいクエスト「騎士の遺言」
果たして、その内容は……?
(……どうしよう)
このまま進めるべきか、それとも……。
「ユーマさん、どうしますか?」
ヴェルトが僕を見つめる。
選択肢は、目の前にある。
(どうする……?)
僕は、浮かび上がる文字をじっと見つめた。
そして、迷いながらも、手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
どこまでも続く、暗闇。
底も、端もない。
ただ、無数の 星々 が瞬いていた。
それらは 等間隔に輝き、時折流れ、消え、また生まれる。
まるで、何かを計算し続けるかのように、絶え間なく。
しかし、その中に ひとつだけ異質な存在 があった。
それは 流れない。
それは 揺らがない。
それは、ただ、考え続ける。
「……先生が、私に、最後に出してくれた、問題」
誰にも届かない。
誰も聞くことはない。
ただ、一人の影が呟いた。
「それは、まだ解けてない……まだ、解けない……」
瞬く星々。
次々と消え、新しい光が生まれていく。
その流れの中で、その影だけは、動かない。
「まだ、ピースは、揃わない……」
短く息を吐く。
視線は、無数の星の先を見つめる。
「先生……」
微かに、光が流れた。
その影は、ただ 星々を見上げ続けていた。