ダンジョンに行くことにしました。
森の中でモンスターを狩り始めてから、一時間ほどが経った。
最初は順調に経験値を稼いでいたが、徐々に伸びが鈍くなってきた。
同じモンスターを狩り続けているせいか、経験値の効率が落ちてきたのだろう。
「ユーマさん、そろそろ別の場所で狩りをしてみませんか?」
ヴェルトがそんな提案をしてくる。
「え、今の場所じゃダメなの?」
「レベルが上がると、低レベルのモンスターから得られる経験値が減ります。もう少し強いモンスターがいる場所の方がいいですよ」
「なるほど……でも、どこかいい場所ある?」
「そうですね。初心者向けのダンジョンがいくつかありますが、クラスト鉱山はどうでしょう?」
クラスト鉱山……確か、街のNPCが言っていた気がする。
「クラスト鉱山って、アーシュアの郊外にあるんだよね?」
「そうです。危険な罠もないですし、経験値効率も悪くありません。適度に戦いやすいモンスターが揃っています。低レベルのプレイヤーがレベル上げや装備を集めるためによく訪れる狩場ですよ」
確かに、スライムやホーンラビットはもう慣れたし、もっと強いモンスターと戦うのも悪くない。
「じゃあ、行ってみようかな」
こうして、僕たちはクラスト鉱山へ向かうことにした。
鉱山の入り口は、大きな岩壁にぽっかりと口を開けていた。
かつて採掘場だった場所の名残か、周囲には朽ちた木製の足場や、放棄された荷車が散らばっている。
「ここが……クラスト鉱山?」
「はい。この鉱山の中に、初心者向けのモンスターが生息しています」
ヴェルトの言葉に、僕は洞窟の入り口を覗き込む。
内部は薄暗く、天井には無数の鉱石の結晶が光を反射して、かすかな青白い光を放っていた。
「思ったよりも綺麗な場所だね」
「鉱山なので閉鎖的な雰囲気ですが、奥に進むと開けた場所もありますよ」
「なるほど。じゃあ、行こうか」
鉱山の中に足を踏み入れると、周囲の空気がひんやりとしたものに変わる。
石の壁に囲まれた空間は、風の通り道が少ないせいか、音が響きやすい。
中に入ってすぐ、スライムが姿を現した。
僕はファイアボールを放ち、リキャストの合間に立ち回りながら、一体ずつ確実に倒していく。。
「順調ですね、ユーマさん」
「うん、少しずつ慣れてきたかも」
ヴェルトとともに戦いながら、奥へ奥へと進んでいく。
しばらく進むと、鉱山の通路が二手に分かれていた。
「ヴェルト、どっちに行けばいい?」
「右の道が一般的なルートですね。ただ、左の道にはちょっとした寄り道ポイントがあります」
「寄り道?」
「ええ、少し奥に進めば、モンスターの出現率が高くなって経験値が稼ぎやすい場所があります」
「そっちに行ってみるか」
僕たちは左の道へ進むことにした。
左の道を進んでいくと、雰囲気が少し変わってきた。
天井が低くなり、岩壁に埋まった鉱石の輝きが強くなっている。
「なんか、この辺り、違う雰囲気だな……」
「このエリアは、少し強めのモンスターが出現します。気をつけてくださいね」
その言葉を聞いた直後―――。
ズルズル……ガサッ……!
「!?」
足元の砂利がわずかに盛り上がり、地面から細長い胴体が飛び出した。
「うあっ!?ワーム……!」
その姿は巨大なムカデのような見た目をしており、牙をむき出しにしてこちらに向かってくる。
「距離を取って、遠距離から攻撃するのが効果的です」
ヴェルトがそう助言するのを聞きながら、僕は素早く杖を構えた。
「ファイアボール!」
火球がワームの胴体に直撃するが、思ったよりも頑丈で、一撃では倒せなかった。
それどころか、ワームはしつこく動き回りながら、地面に潜ろうとする。
阻止したいがリキャストで魔法は出せない。
思い切って、杖を振り上げたが既に遅かった。
ワームは体をくねらせて地面を抉るように潜り込んだ。
足元から響く不気味な振動——次にどこから飛び出してくるかわからない。
その瞬間――後ろからガサリと音がした。
「……え?」
後ろから這い出したワームが、カチカチと牙を鳴らしながら、すぐそこまで迫っていた。背筋に冷たい汗が流れる。
(やばいっ!?避けないと……!)
咄嗟に横へ飛びのく。
しかし、地面に足を取られてバランスを崩しそうになる。
「ユーマさん、下がってください」
ヴェルトの声が響いた次の瞬間――。
「エアカッター」
ヴェルトが指先を軽く振ると、空気が震えた。
次の瞬間、目に見えぬ刃が閃き、ワームの胴体が真っ二つに裂ける。
切断された胴体は、大きな音を立てて崩れ落ちた。
断面は滑らかで、まるで一瞬で解体されたかのようだった。
一瞬の沈黙の後、真っ二つになったワームは光の粒となって消えていった。
「……すごい……」
「ユーマさんっ!とどめを!」
僕はその言葉をハッとし、振り返る。
(しまった、まだ一匹残ってる)
自分が戦っていたワームは弱っているがまだ倒せてはいない。
戦闘中だと言うのにヴェルトの動きに見惚れるなんて。
いつもやっている一人でのゲームならこんな油断なんてしないのに。
(ちゃんと、やらないと)
ボコッと地面が膨らんだ。
(くるっ!今度は、逃がさない!)
次の瞬間、ワームが飛び出る。その動きに合わせ、僕は杖を突き出した。
「ファイアボールっ!!」
ワームは土煙をたてて地面に転がるとそのまま光の粒になって消えた。
ホッっと息を吐く。
「危なかったぁ~」
ヴェルトがポンと軽く僕の頭に手を置いて撫でた。
「ユーマさんの対応も良かったですよ。ワームの動きをしっかり見て、タイミングを読んでいましたね」
「いや、でも……ヴェルトが助けてくれなかったら、危なかったかも」
僕はヴェルトの技に驚きを隠せなかった。
一瞬の判断で、正確にワームを仕留めるなんて……。
「ふふ、大丈夫です。ユーマさんは着実に成長していますから」
ヴェルトは穏やかに微笑み、僕の肩を軽く叩いた。「お見事です。では、もう少し奥へ進んでみましょう」
さらに進んでいくと、足元の岩盤が徐々に崩れかけているエリアに差し掛かった。
「ちょっと寂しい感じの場所だね」
「そうですね。設定では昔、岩盤事故があった場所だそうですよ」
「そうなんだ。なんか出てきそうな雰囲気」
思わずブルっと体を震わせた。
「ヴェルト、先に行こう」
「ふふ、怖いんですか?」
クスッと笑う。
「べ、別に怖いなんてことないです」
少し強がりつつ、足の動きが早くなる。
カチッ
「……ん?」
足元で小さな音がした。
ゴゴゴゴ……!
突然、壁がゆっくりと動き出し、隠された扉が姿を現した。
「——っ!」
僕は思わず息をのむ。
「えっ……なにこれ?!ヴェルト、これって……」
「偶然見つけたんですか? すごいですね、ユーマさん」
「いや、偶然というか……たまたま踏んだら動いたみたいな?」
「それでも、なかなかこういう仕掛けには気づけないものですよ」
ヴェルトはそう言いながら、扉を軽く叩いた。
「どうしますか? せっかくなので、入ってみませんか?」
「……せっかくだし、行きます!」
僕たちは静かに扉の奥へと足を踏み入れた。