戦闘は経験がものを言うらしい。
目の前に現れたのは、赤い目をしたウサギのような魔物―――ホーンラビット。
ふさふさの白い毛並みに、鋭く伸びた一本の角が特徴的な魔物だった。
「ホーンラビットですね。スライムより素早く、突進攻撃をしてきます」
ヴェルトが穏やかに説明する。
「ユーマさん、まずは観察してみてください。動きの癖を掴むと、戦いやすくなりますよ」
「うん、わかった」
僕は慎重にホーンラビットを見つめた。
ゲームにはまだ慣れていない。でも、戦闘の経験はある。
ずっとやり込んできた一人用のVRゲームで培った、戦闘の基本は身についているはずだ。
(相手の動きを見極めて、攻撃のタイミングを計る……いつも通りだ)
ホーンラビットはぴょんと跳ねたかと思うと、地面を蹴って一直線にこちらへ向かってきた。
突進攻撃―――予想通りの動きだ。
そのまま直撃を受けるわけにはいかない。
「っ……!」
僕は反射的に一歩横に跳び、ギリギリのところで回避する。
地面を蹴る感触も、視界の流れもリアルそのものだ。
だけど、驚くほど自然に動けた。
(動きに違和感はない。これなら……いける!)
スライムとは違い、ホーンラビットは動きが速い。
じっとしていることはなく、常に跳ねながらこちらを狙っている。
狙いを定めるのは難しいが、相手の動きを見極めれば――。
「ここだっ!ファイアボール!」
僕は突進してきたホーンラビットの進路を読んで、炎の球を放つ。
狙いはホーンラビットの着地地点。
ゴォッ!!
炎の塊が炸裂し、ホーンラビットの身体が弾かれる。
(……よし、当たった!)
しかし、まだ倒れていない。
すぐに態勢を立て直し、再びこちらへ向かってくる。
(リキャストが終わるまで、どうしよう……)
僕は後ろへ跳びながら、ホーンラビットの動きを観察する。
左右へフェイントを入れながら突進する動き。
単純に見えて、意外と回避しづらいパターンだ。
でも、軌道を読めば対処できる。
「ファイアボール!」
二発目の火球を、フェイント後の軌道を読んで放つ。
見事に直撃し、ホーンラビットの体が大きく揺れた。
だけど、まだ少しだけ体力が残っている。
リキャストを待つ時間はない。
(それなら!)
確実に仕留める方法を選ぶべきだ。
僕は躊躇なく前へ踏み込んだ。
素早く杖を振り下ろす。
「―――っ!」
ゴンッ!
杖がホーンラビットの頭部を直撃すると、ホーンラビットはぴくりと震え、そのまま光の粒となって消えていった。
その場に、小さな角のアイテムが転がる。
「……やった」
思わず息を吐く。
スライムとは違い、かなり動きのある相手だったけれど、対処できた。
「お見事です」
ヴェルトが微笑みながら拍手を送る。
「ユーマさん、まるで長年この世界で戦っていたような動きでしたね」
「え、そんなこと……」
「ふふ、謙遜しなくてもいいですよ。スライムの時よりも、さらに戦闘に慣れてきた感じがします」
ヴェルトの言葉に、僕は少し考える。
確かに、まだこのゲームを始めて間もないけれど、少しずつ戦闘の感覚が掴めてきた気がする。
「ありがとう。システムに、ちょっと慣れてきたかも」
そう素直に言うと、ヴェルトは優しく微笑んだ。
「それは何よりです。少しずつ、この世界の戦闘にも馴染んでいきましょう」。
その時。
「……っ!」
ヴェルトがわずかに目を細めた。
直後、草むらの奥から三匹のホーンラビットが姿を現す。
「ホーンラビットがリンクしましたね。戦闘の気配に反応して、周囲にいる同系統の魔物が集まってくる現象です」
「……マズい?」
「いえ、大丈夫です」
ヴェルトは微笑みながら、一歩前へ出る。
「少し、お手本をお見せしましょうか」
ヴェルトの手がすっと宙をなぞるように動く。
次の瞬間。
「エアブレード」
ヒュンッ!!
目に見えない刃が空気を裂き、三匹のホーンラビットを一瞬で切り裂いた。
一拍遅れて、静寂が訪れる。
次の瞬間、ホーンラビットたちは微動だにせず―――そのまま光の粒となって消えていく。
その場には、それぞれのアイテムが落ちていた。
「…………」
僕はしばらく呆然としていた。
……一瞬だった。
「ユーマさん、どうかしましたか?」
「……いや、すごすぎない?」
「そうですか?」
ヴェルトは涼しい顔をしている。
「これくらいなら、まだまだ基礎レベルですよ」
(基礎レベルって……こんなの、普通の初心者には絶対できないよね)
改めて、ヴェルトがどれほどの実力を持っているのかを思い知らされる。
「これが……プレイヤースキルの差、なのか……?」
呟いた僕に、ヴェルトはにこりと微笑む。
「ユーマさんも、すぐにこうなれますよ。今の動きを見て、何か気づいたことはありますか?」
「えっと……動きが無駄なくて、範囲魔法?」
「正解です」
ヴェルトは満足そうに頷いた。
「魔法の扱い方は、一つではありません。状況に応じた選択をすることで、より効率的に戦えますよ」
「なるほど……」
こんな戦闘ができるようになったら――もっと楽しいかもしれない。
「よし、じゃあ、もう一戦やってみよう!」
ヴェルトのように、とはいかないかもしれないけど、もっと上手く戦いたい。
自然と、そんな気持ちが湧き上がっていた。
「ふふ、いいですね。では、次は少し違うタイプの魔物を相手にしてみましょうか」
ヴェルトが示したのは、さらに奥の草むら。
そこには――また新たな影が動いていた。
(まだまだ、ここからだ……!)
僕は再び杖を構え、新たな戦いに備えた。