せっかくだから、このまま外に出てみませんか?
ヴェルトとともにアーシュアの街を歩き回り、いくつもの屋台を巡った。
甘いパンケーキに肉まん、フルーツタルト……ゲームの仕様上、お腹は膨れないけれど、味を感じることはできる。
ただ食べるだけで楽しくて、幸せな気分になれるなんて、少し不思議な感覚だった。
「ユーマさん、アーシュアの街はどうですか?食べ歩きになってしまってますが」
ヴェルトが穏やかな笑みを浮かべながら問いかける。
並んで歩くのにも、少しだけ慣れてきた気がする。
「うん、楽しいよ。まさか、ゲームで食べ歩きが出来るなんて思わなかった」
「楽しんでもらえてよかったです」
ヴェルトは満足そうに微笑みながら、ふと視線を外へ向けた。
城壁の向こう――街の外へと続く門の方へ。
「さて、そろそろ次のステップに進んでみませんか?」
「……次のステップ?」
首を傾げる僕に、ヴェルトは軽やかに言う。
「せっかくだから、このまま外に出てみませんか?」
その言葉に、思わず足を止めた。
「外に……って、街の外?」
「ええ。アーシュアの周辺には、初心者向けの魔物が出現する場所があります。戦闘の練習にはちょうどいいですよ」
ヴェルトの言葉に、心臓が少し跳ねた。
戦闘――それはこのゲームの醍醐味でもある。
もちろん、戦うつもりで職業を「魔術師」にしたし、戦闘システムもある程度は調べていた。
(やっと……戦闘ができるんだ)
戦うことそのものは、怖くない。
むしろ楽しみだった。
どんな動きができるのか、どんな魔法を使えるのか、ゲームならではの戦闘を存分に味わいたい。
でも――。
(誰かと一緒に戦うのは、ちょっと怖い)
誰かと一緒に戦う。
その「誰か」のせいで負けることもあれば、「自分」のせいで負けることもある。
僕は、後者が怖かった。
失敗して、ヴェルトをがっかりさせたらどうしよう。
下手だと思われたらどうしよう。
『お前のせいで、負けた』
またあの言葉が頭に浮かぶ。
「……どうしようかな……」
戸惑いが表情に出ていたのか、ヴェルトがクスッと笑った。
「初めての戦闘は緊張しますよね。でも、大丈夫ですよ」
僕が何を悩んでいるのか、見透かしているような口調だった。
「初めは誰もが失敗します。戦闘は、一度やっただけで上手くなるものではありません。何度も繰り返して、覚えて、慣れていくものなんです」
「……そう、だよな」
一人で色々なゲームをプレイしてきた。
どのゲームだって初めは上手くできなかった。
それを何度もやって、試行錯誤して上手くなっていったんだ。
だからヴェルトの言ってることは理解できる。
でも、やっぱり不安になる。
下手な自分を見せて、大丈夫なのかって……。
「ユーマさん、大丈夫です。私もいますから」
ヴェルトは軽やかに微笑む。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。
「何かあったらフォローしますし、魔術師の戦い方についても教えますよ」
(そっか……最初から完璧じゃなくていいんだ)
「……じゃあ、行ってみる」
決意して、僕はヴェルトの方を見上げた。
(怖がってばかりじゃ、何も始まらない)
「よし、それでは行きましょう」
ヴェルトは楽しそうに笑いながら、僕を外へと導いた。
アーシュアの城門を抜けると、そこには広がる草原があった。
ゆるやかな丘が連なり、遠くには森が見える。
柔らかな風が草を揺らし、小さな鳥たちが飛び交っていた。
「わぁ……」
思わず息をのむ。
ゲームだというのに、あまりにもリアルな風景だった。
草の匂い、風の心地よさ、遠くで流れる川のせせらぎ……すべてが自然そのもの。
「この辺りでは、『スライム』や『ホーンラビット』といった初心者向けの魔物が出現します」
ヴェルトが説明しながら、少し前に歩く。
「まずは、スライムを探してみましょうか」
「うん……!」
ドキドキしながら、辺りを見渡す。
ぴょこん、と草むらの中から何かが飛び出した。
半透明の青い塊。
ぷるぷると弾むゼリー状の体。
「スライム……!」
「はい、ユーマさん。ここからはあなたが戦ってみてください」
ヴェルトが一歩下がり、僕の方を見つめる。
「戦闘の基本はシンプルです。魔術師なら、まずは魔法を試してみましょう」
魔法――そうだ、僕は「魔術師」を選んだんだった。
どんな風に戦おう。
魔法のコマンドを確認する。
目に入ったの魔法は『ファイアボール』
杖をギュッと握りしめ、魔法を詠唱する。
「よしっ……ファイアボール!」
杖を掲げると、杖先に炎が灯る。
それが球体となり、炎の塊がスライムへと一直線に飛んでいく。
ドンッ!!
直撃したスライムは勢いよく跳ね、黒い焦げ跡を残したが……まだピクピクと動いている。
一瞬膨張したようにも見えた。
(やっぱり一撃じゃ倒せないか……!)
スライムが弾むように跳ねながら、じりじりとこちらに近づいてくる。
スライムが小さく跳ね、僕に向かって弾けるように飛んできた。
思わず一歩後ずさる。
リキャストを待たないと次の魔法は撃てない。
「ユーマさん、立ち位置を変えて距離を取りましょう」
ヴェルトの助言に従い、スライムの動きを見ながら後ろへ下がる。
足場を確認しつつ、適切な距離をキープしながら次の詠唱に入る。
「ファイアボール……!」
二発目の火球がスライムの中央を直撃。
大きく揺れ、スライムの体が波打つ。
だが、わずかに体力が残っているのが見て取れた。
(あと一撃……!)
リキャストを待つ時間はない。
僕は思い切って前に出ると、杖を振り下ろした。
ベシッ!!
杖の先端がスライムを直撃。
ぷるっと揺れて、スライムはその場で動かなくなった。
「……倒した?」
「はい、お見事です」
ヴェルトが穏やかに拍手する。
「魔法の使い方も、距離の取り方も完璧でしたよ」
「……やった……!」
初めての戦闘を終え、僕は小さくガッツポーズをした。
ヴェルトは楽しそうに微笑みながら、次の魔物へと視線を向けた。
「では、次はもう少し動く相手に挑戦してみましょうか?」
草むらがガサリと揺れる。
赤い目を光らせた、ウサギのような魔物――ホーンラビットが姿を現した。
(次は……動く相手か)
僕は深く息を吸い、杖をしっかりと握りしめた。