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エルドレイズ・アルカディア ――コミュ症の僕が、ゲームで友人を作ったら、それは“友人”じゃなかった  作者: 雪野耳子


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27/30

信じるからこそ。

 正面――ヴェルトの方でも、戦況はゆっくりと、しかし確実に変わり始めていた。

「《ツリー・ウォール》!」

 ヴェルトの足元から木の壁が立ち上がる。

 だが、さっきのような厚みは、ほんの少しだけ薄い気がした。

 そこへ、ブルース李の拳と、ブレイズの大剣がほぼ同時に叩き込まれる。


 ドンッ!


 ガギィンッ!


 重い衝撃音が重なり、木壁にひびが走る。

「っ……!」

 樹皮が弾け飛び、根が軋む音が広間に響いた。

 木壁越しに伝わった衝撃が、ダメージ判定に届く一歩手前で止められた。

(ヴェルトも、押されてきてる……)

 視界の片隅で見える緑のローブ。

 ヴェルトはそれでも一歩も引かず、《エア・ブレード》や《ウィンド・スピア》で反撃を続けている。

 けれど、さっきまであった「余裕」は、もうほとんど残っていなかった。

 防御寄りの魔法が増え、攻撃魔法の間隔がわずかに伸びている。

 その原因は、明らかだ。

「はいはい、回復入りまーす」

 通路の奥から、ルルアンの軽い声が響く。

「《ヒール》!」

 彼女の杖から放たれた光が、ブルース李とブレイズを包み込む。

 削ったはずのHPバーが、またじわりと回復していく。

 そのときだった。

「ちょっと!削られ過ぎじゃない?」

 鋭い声が坑道に跳ねた。

「うるせぇ、こっちは楽しんでんだよ」

「あら、そう?若干押されてるように見えるんだけど?」

 クスッとカナタが笑うと弓を放つ。

 ヴェルトは後ろに一歩飛んで避けた。

「残念」

「……カナタ」

 カナタの影に隠れるようにしていた気配が、瓦礫の奥からぬるりと浮かび上がる。

 クロハだ。

 その姿は相変わらず影の中に溶けるようで、

 けれど声だけは冷たく、筋の通った刃物みたいに響く。

「……デバフ、入れる」

 低く呟き、クロハが杖を胸の前で水平に構えた。

 次の瞬間、ヴェルトの足元へ細い魔法陣が広がる。

 淡い紫の光がぐるりと円を描き、ぞわりと空気が粟立つ。

「《フリーズ・ロック》」

 魔法陣から吹き上がる冷気がヴェルトを包もうとした――が。

 ぱん、と乾いた音を立てて、光陣が弾けた。

「……え?」

 クロハの声が、わずかに震えた。

 レジストだ。

 ヴェルトがひらりと身をかわしたのでも、魔法で弾いたのでもない。

 ただ、効果が通らなかった。

「レジ……?レベル、下なのに……?」

 静かな声音が、かえって怒りを孕んでいく。

 クロハの眉がぴくりと跳ねた。

 すぐに、再び杖が上がる。

「じゃあ――これは?」

 足元の影が揺れ、濃い紫の霧が立ちのぼった。

「《ミスト・ポイズン》」

 毒霧がヴェルトへ這うように広がる。

 スリップダメージがじわじわ削るはずの状態異常魔法。

 しかし、またしても、霧が触れた瞬間――ふっと掻き消えた。

 レジスト。

「…………」

 沈黙の中で、クロハの頬がぴくりと引きつった。

「毒耐性とかの装備、持ってるのかもよ?」

 カナタが、視線を矢じりから外さないまま軽く言う。

「……生意気」

 クロハがかすれ声で呟いた。

 もう完全に怒っている。

 静かに、冷たく、芯だけ灼けているタイプの怒りだ。

 坑道の空気が、わずかに張り詰めた。

 音は何も変わらないのに、肌だけが先に異変を察知する。

 杖を高く掲げる。

「カナタ、合わせる」

「了解」

 短く返し、カナタが弓をより深く引き絞った。

 矢じりに光が凝縮され、空気がピン、と張る。

 同時に、クロハの杖先にも紫の魔力光が渦を巻く。

 一瞬だけ、世界が静止したみたいに感じた。

 次に動いたほうが、確実に何かを失う――そんな予感だけが、背中を撫でる。

 二人の照準が――ヴェルトに重なる。

 直後。

「《シャドウ・スピア》!」

「《ピア・ショット》!」

 魔法と矢が、光の筋を引いて一直線に迫る。

「――っ!」

 ヴェルトが即座に杖を振り上げた。

「《ツリー・ウォール》!」

 床石が爆ぜるように盛り上がり、太い根が絡み合って壁を形成する。

 刹那、二人の攻撃が木壁に直撃した。

 矢が深く突き刺さり、影の槍が木肌を抉る。

 木片が爆ぜ、衝撃が空気を震わせた。

 そこへ――。

「よそ見すんなよ!」

 ブルース李が正面から踏み込む。

「潰すぞッ!」

 ブレイズが大剣を力任せに振り下ろす。

 ヴェルトは木壁を越えてくる二人の圧を受けながら、それでも僕に視線だけを向けた。

(やば……)

 喉がきゅっと閉じる。

 前衛二人の猛攻。

 その真後ろから、中衛と後衛の連携攻撃。

 ヴェルトは完全に包囲されている。

 そしてその瞬間――僕の身体が勝手に動き始めた。

 視界の端で、木壁が軋む。

 それだけで、胸の奥がざわりと揺れた。

 助けなきゃ。

 あの木壁が破られたら、ヴェルトは――。

 胸の奥で、判断より先に足が跳ねた。

 一歩。

 ただその一歩が、ヴェルトの助けになればと願った。

 ……なのに。

 そのほんのわずかな踏み出しが、別の視線を引き寄せる。

 空気が――変わった。

「……つれねぇな、俺そっちのけかよ」

 耳のすぐ後ろで、低く湿った声が落ちた。

 声には苛立ちより、楽しげな温度が混じっていた。

 狙われた、というより――選ばれた、に近い。

 その声音は、まるで背筋に氷の指を滑らせるみたいに、全身を強張らせる。

 呼吸が止まる。

 一瞬で理解する。

 ――やらかした、と。

 わずかにヴェルトへ向けた視線。

 その隙を、トレッドワンが見逃すはずがない。

 影が揺れた――そう思った瞬間、僕の前へ、黒い塊が落ちてきた。

 違う。

 塊じゃない。

 斧だ。

 トレッドワンの、振り下ろされる巨大な斧が、視界いっぱいに広がる。

「よそ見すんなよ。お前の相手は俺、だろ」

 くぐもった笑い声が刃と一緒に迫ってくる。

 逃げ場を塞ぐように、斧の影が僕の動きを完全に奪っていく。

 空気がざわりと粟立つ。

 ひやりとした冷気が、坑道の湿った空気とは明らかに別の殺気として肌を撫でた。

 視界の端で、斧の刃が光を反射する――次の瞬間には、肩口めがけて一直線に落ちてきていた。

 あまりにも速い。

 僕がヴェルトへ伸ばした足より、ずっと速い。

 ――逃げられない!

 身体が勝手に杖を掲げようとする。

 けれど、その動作すらトレッドワンにはすでに読まれている。

「つれなくすんなよ」

 背骨に冷たいものが走る。

「ユーマ……俺から目を離すんじゃねぇ」

 その言葉とともに、斧の軌跡はさらに深く僕へ食い込んできた。

「《風牙・斬》」

「っ!」

 ギリギリで身体を捻り、刃そのものはかわす。

 直撃じゃない――それでも、刃が生む圧と風が肌を削り、頬を掠めるように、赤いエフェクトが視界の端でちらりと弾けた。

 致命傷じゃない。

 それでも、HPバーは確実に削れていく。

「いい顔してんじゃん。……だが、こっちはまだ余裕ある」

 トレッドワンのHPバーは、七割以上残っている。

 こっちの攻撃は、まともに当てても雀の涙。

 向こうの攻撃は、かすっただけでHPバーがごっそり減る。

 それでも――今のところ、僕は倒れていない。

「《ウィンド・ブラスト》!」

 斧が振り切られる瞬間を狙って、足元へ風を叩きつける。

 踏み込みのタイミングが狂い、斧の刃が石床を空振りする。

 その隙に、すれ違いざまに杖を叩き込む。

(よし、タイミングはバッチリ。すぐに離れなきゃ)

 ヒット&アウェイは基本中の基本。

 レベル差があるなら尚更だ。

 ずっと一人でやってきたアクションゲームの感覚が、自然と身体の動きに染み込んでいく。

 目の前のトレッドワンは、人間だ。

 でも、その攻撃は「パターン」として見える。

 高く振りかぶる大ぶり。

 低い位置からの薙ぎ払い。

 盾でのフェイント。

 その一つ一つに、「いつなら反撃できるか」の隙間が存在している。

「っらあ!」

 斧の根元を狙って杖を打ち込む。

 金属と木がぶつかる重い音が鳴り、火花が散った。

 HPバーが、ほんの一ミリ分だけ削れる。

「チクチク削ってくるねぇ」

 トレッドワンが肩を回しながら笑う。

「ソロがボス相手に、そうやってんだろ……でもな」

 斧が、もう一度肩に担がれる。

 その構えが、「今度は本気だ」と告げていた。

「人間相手だと、パターン、崩せんだよ」

 言葉と同時に、トレッドワンの動きが一段階変わった。

 一定だったリズムが、崩される。

 早かったり、遅かったり。

 わざとモーションを途中で止めて、フェイントに変えたり。

(……っ、読みづら……い!)

 頭がフル回転する。

 それでも、一撃一撃の重さは変わらない。

 斧の縁が腕を掠める。

 盾の角が脇腹を叩く。

 小さな赤いエフェクトが連続で弾ける。

 大当たりじゃない。けれど小当たりは小当たりで、確実に痛い。

 むしろ厄介なのは、削れ方がじわじわじゃなく、数字としてはっきり落ちるところだ。

(六割、五割、四割――)

 避けているのに、削られていく。トレッドワンの間合いが、それだけ密なんだと理解させられる。

「ユーマさん!」

 ヴェルトの声が、遠くで響いた。

 そちらを見る余裕なんて、本当はない。

 でも、一瞬だけ視線をそちらへ滑らせてしまう。

 そこには、ブルース李の拳を《ツリー・ウォール》で受け止め、大剣を《ツリー・ランス》で逸らしながら、必死に踏みとどまるヴェルトの姿があった。

 ヴェルトの表情に焦りの色が滲み出ている。

 それでも、その背中はまっすぐで、僕の方を、一瞬も見ていなかった。

 僕のことが心配で……でも、それでも――。

(僕を信じてるから、だ)

 自分の前の敵に集中する、その在り方が、何より雄弁だった。

(だったら、僕も――)

 トレッドワンの斧が、横から薙ぎ払われる。

 しゃがみ込み、ギリギリでそれをくぐり抜ける。

 頭上を、重い風が通り過ぎた。

「《ヴァイン・バインド》!」

 しゃがんだ体勢のまま、足元へ杖を突き出す。

 蔦が石床の隙間から噴き出し、トレッドワンの足首へ絡みついた。

「っと」

 動きが一瞬止まる。

「《ウィンド・ブラスト》!」

 すぐさま、蔦の引っ張る方向と逆向きに風を叩きつける。

 二種類の力が同時に加わり、トレッドワンの身体がわずかに後ろへ傾いた。

 隙ができる。

 そこへ、さらに《ファイアボール》を叩き込む。

 青い炎が爆ぜ、HPバーが少しだけ削れた。

 さっきよりは、ほんのわずか多く――合計で一割ちょっと、くらいか。

「……おいおい」

 トレッドワンが、心底楽しそうに笑った。

「マジで初心者か、お前。やってること、完全に熟練ソロ勢だぞ」

「おほめにあずかり光栄です、とでも言えばいいの、かな?」

 息が上がる。

 HPバーだけじゃない。

 MPバーも、確実に削れてきていた。

(残り……三割弱)

 ここから、《ウィンド・ブラスト》と《ヴァイン・バインド》を多用すれば、すぐに空になる。

 そうなったら、本当に『棒立ちの初心者』に逆戻りだ。

 でも、逆に言えば――まだ、三割残っている。

(三割あれば、一手は通せる)

 もう、効率とか安定とか、そんなことを考えている余裕はなかった。

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