表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルドレイズ・アルカディア ――コミュ症の僕が、ゲームで友人を作ったら、それは“友人”じゃなかった  作者: 雪野耳子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/30

昨日と同じ道、違う僕

 街の南門を抜けると、ひんやりした朝の空気が頬を撫でた。

 石畳から土の道に変わる境目を踏みしめながら、僕は無意識に杖を握る手に力を込めていた。

(……やっぱり、緊張してるな、僕)

 昨日、完膚なきまでに叩きのめされた場所へ、また向かっている。

 レベルが上がった。

 魔法も増えた。

 ヴェルトも「勝てます」と言ってくれた。

 それでも、胸の奥の方で、冷たいものがちくりと刺さる。

「肩に力、入りすぎですよ」

 隣を歩くヴェルトが、くすっと小さく笑った。

 深い緑の瞳が、横から覗き込む。

「ば、バレてる?」

「バレバレです。さっきから杖、握りしめすぎです。

 そんなに力を入れると、いざという時に操作がブレますよ」

「……折れないよね?」

「折れません。ですが、力みすぎると動きが固まります。もう少し楽にしていいんですよ」

 さらっと優しく言われて、逆に胸の緊張がふっと抜ける。

 その軽い調子に、少しだけ肩の力が落ちた。

「新しく覚えた魔法は、ちゃんと確認しましたか?」

「ああ、うん。昨日、ログアウト前に一応」

 ステータス画面を思い出す。

「《ウィンド・ブラスト》と、《ヴァイン・バインド》だっけ」

「ええ。近づかれた時に距離を取るのと、拘束ですね。とても扱いやすい魔法ですし、あなたに向いています」

「……《メガ・ファイアボール》とか、ド派手なのもあったけど」

 僕が名残惜しそうに言うと、ヴェルトはくすりと微笑んだ。

「メガ・ファイアボールは強力ですが……今のユーマさんだと、発動後の硬直が大きすぎます。撃ったあと動けない隙をつかれたら、危険ですから」

「ひどい!」

「ひどくなんてありませんよ。あなたを守りたいだけです。

 強い魔法ほど、扱うための準備が少し必要なんです。

 ユーマさんが安心して撃てるようになったら、そのとき一緒に試してみましょうね」

 甘すぎるくらい柔らかい微笑みだった。

 悔しいけど……言われてみれば反論できない。

(でも、あのときみたいに何もできないで突っ立ってるのは、もう嫌だ)

「ウィンド・ブラストで距離を取って、ヴァイン・バインドで足を止めて、その間に通常のファイアボールを叩き込む――それが、今日のあなたの基本戦術です」

「了解。ちゃんとやるよ」

「ええ。あなたならできます。私は信じていますから……あ、あと」

 ヴェルトが、わざとらしく咳払いをひとつ。

「本当に、『賢者』の力は使わないんですね?」

「使わないって決めたよ。あれ使ったら、なんかズルしたみたいだもん」

「ズル、ですか」

「だって、せっかくレベル上がったし、魔法も覚えたんだし……まずは自分の力でやりたい。ヴェルトと一緒に」

 言ってから、少しだけ顔が熱くなる。

 ヴェルトは目を瞬かせたあと、ふっと目尻を下げて微笑んだ。

「……そういうところ、やっぱり好きですね、ユーマさん」

「へ?」

「いえ。なんでもありません」

 彼は首を小さく振ったあと、穏やかな声で続けた。

「では……今日は二人で、ちゃんと勝ちに行きましょう。前より確実に強くなっていますから」

「……うん。なんか、ほんとにやれそうな気がしてきた」

 胸の奥にあった緊張が、少しだけ軽くなる。

 ヴェルトの言葉は、不思議と背中を押してくれる。

 僕の顔を見て、ヴェルトはくすっと笑った。

「大丈夫ですよ。あなたが前に進めるように、私が全力で支えます」

「……ありがとう。うん、大丈夫。いけるよ」

「もちろん、ユーマさん自身の力が一番大事ですよ。昨日より強いあなたを見るのを楽しみにしていますから」

「……それ、ちょっと照れるんだけど」

 笑い合いながら、僕たちは石畳の道を抜けて街の門を出た。

 朝の光が背中を押すように降りそそぎ、土の道がゆるやかに郊外へと続いている。

 しばらく歩くと、見覚えのある岩壁が前方に現れた。

 大きな岩壁に、ぽっかりと口を開けた穴。

 その周囲には、朽ちた木製の足場や、放棄された荷車がいくつも転がっている。

「……クラスト鉱山、だね」

「ええ。昨日と同じ場所です。でも、昨日とは少し違うあなたで来られました」

 ヴェルトの穏やかな声に頷き、僕はぽっかりと口を開けた鉱山の入り口を見上げた。

 暗がりの奥から流れてくるひんやりとした空気が、肌を撫でて抜けていく。

 その先は、昨日、一度『敗北』を味わった場所。

 けれど今日は――ほんの少しだけ胸が前へ押される感覚があった。

 足を踏み入れた瞬間、外の喧騒がすっと遠ざかる。

 石の壁に囲まれた通路は薄暗く、天井の鉱石が淡い青白い光を反射して足元をぼんやり照らしている。

 昨日と同じ通路。

 昨日と同じ分かれ道。

 それでも、僕の歩幅は昨日より半歩だけ大きい。

 足音が岩肌に反響し、小さく響くだけで心臓が跳ねる。

 昨日は、この些細な音ですら怖かったのに――今日は、怖いなりに歩ける。

「雑魚は全部スルーでいいよね?」

「はい。クエストの目的はあくまで『奥の間の悪霊討伐』ですから。無駄に体力は使わない方がいいですね」

 ヴェルトの言葉に従い、小部屋で揺れていたスケルトンや、通路を漂うゴーストたちは

 最低限の牽制だけでやり過ごした。

 昨日は相手が立ち上がるたびにびくびくして、詠唱も手が震えていた。

 けれど今日は――

(ちゃんと避けられる。詠唱も、焦らずにできる)

 ほんの少しだけ、自分が強くなった気がする。

 ゲームだから、ステータスだから――そういうのは分かっているけど。

 それでも、昨日より前に進めている実感が嬉しかった。

 通路は次第に狭まり、天井が低くなる。

 湿った風と金属の錆の匂いが混じり、足元の砂利がシャリ、と鳴った。

 そして――

(……戻ってきた)

 視界が開けた瞬間、胸がぎゅっと縮む。

 そこは、まるで朽ち果てた玉座の間のような空間だった。

 崩れかけた岩の壁。ひしゃげた石柱。

 床には砕けた鎧や武具が散乱し、薄い闇の膜が空気に張りついているみたいだ。

 昨日、この奥で死にかけた。

 ヴェルトが傷つくところを見た。

 怖くて、苦しくて、それでも飛び出して――。

 あのとき、『賢者』のミッションが発生したから助かった。

 でももし、あのときミッションが起こらなかったら……。

(ゲームなんだから、倒されてもリスポーンするだけ……それは分かってる。分かってるけど)

 ゲームだから『死』はない。

 もちろん、リアルみたいに『痛み』もない。

 ただ、倒されるだけ。

(――それでも、やっぱり……)

 ふいに、僕の手の甲にそっと触れるものがあった。

「大丈夫ですよ」

 ヴェルトの指先だ。

 ほんの一瞬だけ触れて、すぐに離れる。

 なのに、その温度は長く残った。

「今日は、昨日の『続き』ですから」

「……うん」

 頷いた瞬間、胸の奥で何かがほんの少しだけ緩んだ。


◆     ◆     ◆


 広間へ続く最後の細い通路を進む。

 通路の突き当たりには、岩壁をくり抜いて作られたとは思えないほど

 場違いな重厚な両開きの鉄扉がそびえていた。

 昨日、一度だけ押し開けて、そのまま戻れなかった場所。

 その向こうに――悪霊と、騎士の亡霊たちがいる。

 喉がからりと鳴った。

「ユーマさん」

 小さな呼びかけに振り向くと、ヴェルトが静かに頷いていた。

 その表情は、不思議と不安を吸い取るみたいに落ち着いていて、

 胸の奥に広がっていた冷たい塊が、少しずつ溶けていく。

「もう一度、確認を。基本方針は?」

「……まず、入口付近で、騎士をまとめて相手しない。柱と瓦礫を使って通路を絞る」

「はい」

「ヴェルトが遠距離からヘイト取って、僕が突っ込んできたやつの足を《ヴァイン・バインド》で止める。止まったところを、二人で集中砲火」

「いいですね」

「囲まれそうになったら、《ウィンド・ブラスト》で押し返して、位置をリセット……数を減らしてから、本体に集中」

「完璧です」

 ヴェルトは小さく拍手する。

 その様子がなぜか少し嬉しくて、胸の奥が温かくなる。

「悪霊の背後にある影の揺れ方、覚えていますか?」

「……ぼんやりと」

「騎士たちと本体は影で繋がっていました。

 あの影を断てれば、奴らの動きは鈍るはずです」

「あ……そんな……気がする……」

 昨日は余裕がなさすぎて、本当に目の前の状態しか見えてなかった。

「影を断つ手段は、主に『光』か『炎』ですね。あなたの《ファイアボール》は、そこでも重要になります」

「……責任重大だ」

「ええ、とても大事です。失敗したら全滅ですね」

「その言い方やめてってば!」

「ふふ、冗談ですよ」

 どこまで本気かわからない微笑みを浮かべたまま、

 ヴェルトの手がゆっくりと鉄扉へ伸びる。

 重い軋みが響いた。

 扉が、鼓動に合わせるようにゆっくりと開いていく。

 ――冷気が、どっと流れ出してきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ