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エルドレイズ・アルカディア ――コミュ症の僕が、ゲームで友人を作ったら、それは“友人”じゃなかった  作者: 雪野耳子


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12/30

緑の竜と草原で、ちょっと特別な契約を。

 このゲーム、『エルドレイズ・アルカディア』は、発表されるやいなや瞬く間に話題となり、SNSのトレンドを独占した。

 なぜなら、このゲームを作ったのが、世界中で知られるAI——Zerasia・ゼラシアだったからだ。

 医療や教育、物流に至るまで、その名を聞かない日はないほど、現代社会の至る所に影響を与えてきた存在。

 特に、フルダイブVR機器の進化においては、その名を語らずにはいられない。

 そしてそのゼラシアが、「人を楽しませるために」選んだ次の舞台が、ゲームだった。

 圧倒的な没入感、かつてない会話精度、誰もが息をのむ世界構築力。

 まさに現実よりもリアルなこの仮想世界に、多くのプレイヤーが夢中になった。

 伝説の竜『エルドレイズ』によって創られたとされる、理想郷『アルカディア』。

 世界には、さまざまなモンスターが登場し、尽きないほどの多彩なクエストがあった。

 そして、ゲームの中には、ひとつの伝説が存在している。

 ――『八匹の竜』という、誰も見たことのない存在。

 かつて世界を創りしエルドレイズの使い、その力を受け継ぎ、今もどこかで眠っている……とされる。

 八匹の竜――それは、かつてこの世界の理を形作ったとされる、神話上の存在。

 紅蓮の怒りを燃やし、情熱と破壊を司る炎の竜。

 深淵の記憶をたたえ、静寂と想いを宿す水の竜。

 雷光の理を纏い、空の誓いを貫く雷の竜。

 大地の鼓動に根差し、揺るがぬ意志を宿す岩の竜。

 終焉の闇に潜み、時の彼方をさまよう影の竜。

 秩序の光をまとい、命の循環を護る光の竜。

 そよ風の調べに舞い、自由と流転を導く風の竜。

 そして、最後のひとつ。

 草木を司り、緑と癒しの象徴とされた緑の竜。

 森のささやきを聞き、風と共に眠るその竜は、八匹の中でも特に静かに、深く、世界を見つめていたという。

 風が吹いた。僕の頬を、柔らかく撫でていく。

 気づけば、僕は広大な草原の中に立っていた。

 風が、音を立てて草を揺らす。

 星々の輝く空の下、緑に染まった草原の真ん中で、僕はただ立ち尽くしていた。

 目の前にいるヴェルトは、たしかに、僕が知っているヴェルトだった。

 穏やかで、冷静で、そしてときおり皮肉っぽく笑う、少しだけ大人びたプレイヤー。

 でも、今の彼から漂う気配は、明らかにそれとは違っていた。

 さっき見た竜の姿。

 あの、圧倒的な存在感。

 そして、その竜が、まるで臣下のようにヴェルトに頭を垂れたあの光景。

(プレイヤー……なわけ、ない)

 頭では、そう理解していた。

 でも、心が追いつかない。

 だって、ヴェルトはずっと僕の隣にいて、笑ってくれて、話してくれて。

 まるで、本当に、友達みたいに。

「混乱してますね、ユーマさん」

 ヴェルトが、僕の様子を見て小さく笑う。

 優しい声だった。けれど、その声の奥に、今まで聞いたことのない深さがあった。

「そりゃ、混乱するよ……! だって、君……君は……!」

 言葉が詰まる。

 『竜』という存在が、現実味を持ってしまったあとでは、あらゆる常識が崩れていく。

 ヴェルトはゆっくりと近づいてきて、僕のすぐ目の前で立ち止まった。

「私は、ユーマさんに嘘をついていました。正確には、黙っていたんですけどね」

「……君は、プレイヤーじゃない」

「ええ」

 あっさりと肯定されて、息が止まりそうになった。

「私は……この世界を司る八匹の竜の一体。『緑の竜』として、ここに存在しています」

 さらりと告げられたその言葉に、僕の脳は一瞬空白になった。

 八匹の竜。

 この世界を創った神が、世界を司るために創造した存在。

 炎、水、雷、大地、光、闇、風。

 そして……

「……緑の、竜」

「そうです。僕は草木と癒しを司る『緑の竜』。人々に癒やしを与え、木々の息吹を見守る存在です。そして今……目覚めの時が来た」

 風が吹いた。

 空が揺れ、木々がざわめく。

 まるで、この世界そのものがヴェルトの言葉に呼応しているようだった。

「なぜ……僕だったの?」

 口から零れたその問いは、気づけば震えていた。

「条件があったんです。街にいるすべてのNPCに話しかける、という、ちょっとした遊び心のあるフラグがね」

 ヴェルトは微笑む。

「でも、本当の理由は、私があなたを選んだからです」

 選ばれた。

 たったそれだけの言葉なのに、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 今まで、誰かに選ばれることなんてなかった。

 ずっと一人でゲームをして、誰かと関わることを避けて。

 でも……ヴェルトは、僕を見つけてくれた。

「ここから始まるのは、特別な旅です」

 ヴェルトが、そっと手を差し出した。

「ユーマさん。どうか、私と契約を結んでください」

 迷いは、なかった。

 僕は、ヴェルトの手を取った。

 光が、舞い上がる。

 風が唄い、草がざわめき、星が揺れる。


 ――契約、成立。


 ヴェルトの背に、緑の羽が広がる。

 僕の手のひらには、小さな緑色の紋章が刻まれていた。

「これで、あなたは私を導く『緑乱の賢者』。そして、私はあなたの守る『守護竜』です」

 その笑顔は、いつかと同じだった。だけど、もう違う。

 夜空の星がまたたく中、草原に静かに風が吹いた。

 木々が揺れ、遠くで小鳥の囀りが聞こえた。

 僕の新しい旅が、音もなく始まっていた。

読んでいただきありがとうございます。感想など頂けたら嬉しいです。

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