この戦い、初心者にはハードルが高いようです。
『クエスト「騎士の遺言」発生!』
目標:奥の間にいる悪霊を討伐せよ
僕は浮かび上がったシステムメッセージを見つめながら、ゴクリと唾を飲んだ。
悪霊討伐……つまり、ボス戦があるということか。
ただ、これまでの経験上、エルドレイズ・アルカディアのボス戦はそう単純なものじゃない。
「ヴェルト……やるしかない、よね?」
戻るという選択肢もある。
だけど、何故か僕は戻りたくなかった。
「ええ。ですが、油断は禁物です」
ヴェルトは慎重に杖を握りしめながら、奥の扉へと視線を向ける。
重厚な鉄扉が静かに佇んでいたが、その向こう側からは異様な気配が漂っていた。
肌を刺すような冷気と、足元を這う薄暗い靄。
僕たちは互いに頷き合い、扉に手をかけた。
鈍い音を立てて、ゆっくりと開く扉。
そして、その先に広がっていたのは——
悪霊と騎士たち
そこは、まるで朽ち果てた玉座の間のような空間だった。
崩れた壁や天井、散乱する瓦礫。
そして中央には、朽ちた玉座があった。
だが、最も目を引いたのは、そこに座っている『存在』だった。
黒い靄を纏った男―――いや、もはや人間の原型を留めていない。
薄らと骸骨が覗く顔、濁った瞳、そしてまるで影のように揺らめく身体。
「……」
その悪霊は何も言わない。
ただ、僕たちを見つめるだけで、全身から恐ろしいほどの圧力を放っていた。
「……ユーマさん、あれが『騎士が仕えていた人の成れの果て』でしょう」
「つまり、あいつを倒せばクエストクリア?」
「ええ……ただし、それが容易ではない理由がこれです」
ヴェルトが指を向けた先——。
床に散らばっていた無数の朽ち果てた鎧が、一斉に青白い光を帯びた。
カチャ……カチャカチャ……!
「……冗談でしょ……?」
鎧が音を立てながら立ち上がり、武器を構える。
その数、ざっと十……いや、それ以上。
「悪霊を守るために、騎士たちが蘇ったってかんじですね」
ヴェルトが冷静に言うが、その表情には明らかに警戒心が見えた。
突如、騎士の一体が前に出て剣を振り下ろした!
「くっ!」
僕はギリギリのところで横へ飛び退る。
「流石にこの数は二人では無理です。逃げて!」
僕たちは部屋の入り口に向かって走る。
「えっ……?」
目の前の入口の扉が大きな音を立てて勢いよく閉じた。
まるで、何かの意思により、ここから出ることを許さないかのように。
「扉が……閉まった……」
「逃げ場はありませんね」
ヴェルトの静かな言葉が、事実を突きつけた。
もう後戻りはできない。
この戦いに勝つ以外、道はない。
足手まといの僕。
戦闘が始まる。
ヴェルトは遠距離から魔法で攻撃を仕掛け、騎士たちを引きつける。
僕もなんとかファイアボールで応戦するが、正直なところ……僕の攻撃はほとんど通用していない。
(魔法のレパートリーが少なすぎる……!)
ヴェルトが冷静に立ち回っているのに対し、僕はほぼ防戦一方だった。
魔法は一種類しかないし、物理攻撃を仕掛けてもリーチで負ける。
(こんなことなら……魔法をもっと覚えてから来るべきだった……)
今さら後悔しても遅い。
(初心者なのにヴェルトのおかげでサクサク進んでたから、勘違いしてた……このゲームでは初心者なのに……)
何度後悔しても後悔したりない。
でも後悔したって今の状況は変わらない。
敵は待ってはくれないのだ。
(それなら、僕が……できることを……!)
必死に考えるが、思いつくのは防戦しかない。
その間にもヴェルトは次々と魔法を放ち、騎士たちを倒していく。
だが、数が多すぎる。
「くっ……!」
ヴェルトの動きが鈍くなった。
その瞬間、一体の騎士の剣がヴェルトの肩に食い込む。
「ヴェルト!!」
ヴェルトが後退する。
肩口からダメージエフェクトが飛んだ。
「大丈夫です……」
「いや、大丈夫じゃない!」
僕は急いでアイテムが何かないかと見るが何もない。
(そうだ、さっき……)
初級ポーションが一個だけ初期装備で貰っていたが、それはさっきの戦闘終わりに使ってしまっていた。
(……残しておけばよかった)
回復手段がない。
ヴェルトのHPは三分の一になっている。
「っ!」
騎士の一体がヴェルトに向かって剣を振り下ろした。
(ヴェルトが……やられる!?)
その瞬間、僕の身体が勝手に動いた。
「やめろぉぉぉ!!」
ヴェルトを庇うように前に飛び出した。
ズガァァァァン!!!
強烈な一撃が僕の身体を貫いた。
痛みはない。
だが、HPのゲージが急速に削られる感覚に焦りが滲み出る。
(やばい……次、耐えられ、ない)
その時―――。
ピンッ!
『ミッション:竜の導き 緑乱の章』発生!
『貴方はすべての条件を満たしました。ミッションを受けますか?』
目の前に突如として現れた、今まで見たことのないウィンドウ。
(……なんだ、これ……?)
クエストとは違う、『ミッション』の文字。
しかも、なぜ今このタイミングで……?
「ユーマ、受けて」
その時、背後から優しい声が聞こえた。
(……え?)
振り返ると、ヴェルトがニコッと微笑んでいた。
「ヴェルト……?」
敵が目の前にいるのに、なぜそんな穏やかな笑みを浮かべているのか。
だが、その瞳はどこか優しく、どこか懐かしく、そして―――。
「受けて、ユーマ」
僕は、震える指でミッションのウィンドウに手を伸ばした。
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