友達100人は出来ません。
部屋の中、薄暗い光の中で、僕はヘッドセットを装着し、VRファンタジーシューティングゲームに没頭していた。
視界いっぱいに広がるのは、魔法が支配する天空都市。
魔法を操るガーディアンたちが高速で飛び交い、僕はそれらを次々と撃ち落としていく。
左へステップし、回避しながら反撃。魔法の弾を撃ち込み、華麗に回避する感覚が心地いい。
「……よし、あと一体!」
素早くターゲットを捉え、最後の一撃を決める。
――自己最高得点更新!
ゲームの記録を保存し、データを転送する。目の前に現れたのはランキング表だ。
『RANK1 Y.Forest 2005532』の文字が表記されている。
「おしっ!200万超えた!!」
VRヘッドセットを外し、思わずにやける。
「やっと、自己ベスト更新!」
達成感に浸っていると、部屋の外から母親の声が響いた。
「悠真っ!いい加減、お風呂入りなさい!」
「は~い、今入るよ!」
電源を切り、ヘッドセットを片付ける。
久しぶりの自己ベスト更新で少し浮かれながら、階段を下りて風呂場へと移動した。
シャワーを浴びながら、今日のプレイを振り返る。
「魔法弾を回避しながらの連続ショット、あれは完璧だったな……」
自己ベストを更新した達成感はあるけれど、結局また一人でやり込んでいただけだ。
対戦モードには手を出せず、協力プレイにも抵抗がある。
昔の記憶がちらついて、どうしても踏み出せない。
でも、このままでいいのか?そんな考えが頭をよぎる。
ゲームの世界なら、もう少し気楽に誰かと話せるんだろうか……。
湯船に浸かりながら、深く息を吐いた。
◆ ◆ ◆
教室の中にいるのに、まるで別の世界にいるみたいだった。
高校に入学してから二週間。まだ友人はできていない。
誰かと話そうにも、当たり障りのないクラスメイトとしての会話のみ。
休憩時間はいつもスマホで本を読んで過ごす。
高校に入ったら友達を作るって決めていたのに、気がつけばもう二週間。
変わりたいと思うのに、結局何もできていない。
自分の殻に閉じこもったまま、何も変わっていない。
そして今日も変わらず、僕は一人で本を読んでいた。
周囲の喧騒が耳に入る。
誰かが笑い、誰かが騒ぎ、誰かがふざけ合っている。
そういう空間に自分が溶け込めていないことが、改めて心に突き刺さる。
一歩踏み出さなきゃ。
そんな焦りが胸の奥でくすぶっているのに、スマホの画面から目を離せない。
そのとき、耳に入ってきたのは自分が遊んでいるゲームの話だった。
「結構やりこんでんだけど、なかなかランクあがんなくて」
「お前、まだアレやってんの? オレ、今別のやってる」
「なにやってるんだ?」
「先月出たばっかのやつ」
「あ~、あれか! エルドア!」
「エルドア?」
「エルドレイズ・アルカディアだよ、知らねぇの?」
「色々なVRやってきたけど、マジで面白れぇ」
「ラグもねぇし、お前らとこうやって話してるみたいにNPCと話せるんだぜ」
クラスメイトたちは楽しそうに盛り上がっている。
声のトーンが自然と上がり、笑い声が何度も飛び交う。
彼らにとって、ゲームの話は単なる遊びではなく、共通のコミュニケーションツールなのだろう。
僕には、そんな風に誰かと気軽に話すことができない。
話題があったとしても、どのタイミングで入ればいいかわからない。
聞いているだけで、胸が少しざわつく。
――僕も、あの輪の中に入りたい。
そんな願望が一瞬浮かぶが、すぐに頭を振って振り払った。
僕なんかが話に入ったところで、どうせ浮くだけだ。
それに、話の途中で口ごもったり、気の利いたことが言えなかったらどうなる?
結局、また一人でいたほうがマシだって思うことになるんじゃないか。
無意識にスマホを握る手に力が入った。
――――『エルドレイズ・アルカディア』
話題のタイトルだった。
フルダイブ型VRMMO。
オンラインゲームってことで食指が動かなかったゲームだ。
気になって、こっそりスマホの検索バーに「エルドレイズ・アルカディア」と打ち込む。
すぐに公式サイトが表示され、華やかなビジュアルが目に飛び込んできた。
リアルに近い映像、精巧なキャラクターモデル、広大なオープンワールド。
どの画像も驚くほど美しく、現実のような街並みや自然の風景が広がっている。
スクロールすると、ゲームの特徴が説明されていた。
『エルドレイズ・アルカディア』は、究極のフルダイブVRMMOです。
まるで本物の世界のようなリアルな環境と、魅力的なキャラたちが、あなたの冒険を彩ります。
画面の中のNPCは、ただのプログラムじゃない。
まるで本当にそこに生きているかのように、考え、話し、行動するらしい。
そんなこと、本当にあり得るのか?
気がつけば、僕の指は画面をスクロールしていた。
「NPCの会話がリアルすぎて、本当に別の世界にいるみたい」
「NPCの行動が自然すぎて、本当に生きているみたい」
「クエストの自由度が高く、どんな選択をしても物語が変わるのがすごい!」
画面に映るキャラクターの瞳は、生きているようだった。
まるで、僕を見つめて何かを話しかけてきそうなほどに。
心の奥がざわつく。
なんだか、今の僕にぴったりな気がした。
リアルでは上手く話せなくても、この世界なら大丈夫かもしれない。
誰にも気を使わず、失敗を気にすることなく、ただ会話を楽しめる。
そんな場所があったなんて―――。
これなら、リアルで誰とも話せなくても、NPCとなら普通に会話できるんじゃないか。
でも、僕にオンラインゲームなんてできるのか?
不安と期待が入り混じる。
これまでオンラインゲームには一度も手を出したことがなかった。
そもそも、誰かと一緒にプレイすることに抵抗がある。
昔の嫌な記憶がよみがえる。
――――お前のせいで負けた。
あの言葉が、今でも頭の奥にこびりついている。
けれど、このゲームならNPC相手だから、失敗しても誰かに責められることはない。
「……ちょっと、やってみようかな」
自分の声が、思ったよりもはっきりと聞こえた。
胸の奥が高鳴る。
この選択が、自分の何かを変えるかもしれない——そんな予感がした。
そして僕は、初めて『エルドレイズ・アルカディア』という扉を開ける。
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