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配達船「エターナルポスト・ドリームキャリアー」の第三居住区画において、艦内時間午前六時二十三分、乗組員清掃当番表に従い、リリア・エターナルブルームは愛用の反重力モップを手に、今朝も廊下のモフモフカーペットと格闘していた―その状況を、さらに複雑にしているのは、双子の幼子たちが反重力モップに興味津々といった様子で追いかけ回していることと、本来はモフモフカーペットの毛並みを整えるはずの作業が、毛並みを整えるのが得意なはずの宇宙熊猫のモフモフが同じくモップに夢中になって逆効果になっているということであった。


「モフモフ、お願いだから、その毛づくろいの特技を今は使わないで?」


 リリアは、ため息まじりに、しかし優しく語りかけた。全長三メートルを超える大きな体で、まるで子猫のように反重力モップに戯れる様子は、確かに愛らしいのだが。


「ふむ、しかしこれは私の職業的使命なのだ」とモフモフは真面目な顔で答えた。「毛並みの整っていない場所を見過ごすわけにはいかないのだ」


 そんなやり取りの間も、双子のアストラとノヴァは無邪気な笑顔を浮かべながら、反重力モップの後を追いかけ続けている。リリアは、この小さな艦内での騒動に、ややこたえながらも幸せそうな表情を浮かべていた。


 しかし、その穏やかな朝の日課は、突然の警告音によって中断された。


『配達船統合制御システムよりお知らせします。第二貨物室、温度異常を検知。現在、室温マイナス百五十度。基準値から逸脱。至急の確認を要請』


 リリアは一瞬凍りついた。第二貨物室―そこには昨日受け取った、とある配達物が保管されているはずだった。重要度「最低」、優先度「無し」と印付けられた、普通の小包のはずなのに。


「モフモフ、子供たちを見ていてくれる?」


「任せておくのだ。私の毛づくろいの才能は、子守りにも生かせるのだ」


 リリアは小走りで貨物室へ向かった。老朽化した配達船の温度制御システムの不具合は日常茶飯事だが、マイナス百五十度という数値は尋常ではない。防寒服を着用しながら、彼女は考えを巡らせた。受け取った小包―差出人は「終焉の星」という謎めいた場所で、受取人は「永遠を待つ者」という、これまた謎めいた名前。通常なら疑問に思うべきだろうが、この仕事を始めて二百年、彼女は顧客の秘密を詮索しないことを学んでいた。


 防護スーツを纏い、貨物室のドアを開けると、そこには予想外の光景が広がっていた。小包を中心に、美しい氷の結晶が空間に漂っている。それは明らかに自然現象ではない、何かの意思を持ったような規則的な配置で。


* * * * *


浮遊する氷の結晶は、貨物室の微弱な非常灯に照らされ、幻想的な光の模様を壁面に投影している―それは、リリアの故郷の森で見た、夜明けの光が葉の間を漏れる様子に似ていた。ふと懐かしさを覚えたのも束の間、彼女は我に返り、慎重に小包に近づいていく。


「エターナルポスト・ドリームキャリアー、貨物室状況記録開始」彼女は標準作業手順に従って声を上げた。「時刻は艦内時間午前六時四十二分。配達物ID:EP7-4124-42号、外装に異常は...見られず」


 小包は、古めかしい茶色の包装紙で丁寧に包まれ、幾何学的な模様の紐で縛られている。異常な低温の発生源でありながら、その表面には霜すら付いていない。


 船の通信機が唐突に鳴動した。


『リリアお母さん、アストラとノヴァが言ってるの』モフモフの声が響く。『二人とも、小包が歌ってるって』


 リリアは息を呑んだ。超長寿種族アエオニアンの幼児は時折、大人には感知できない何かを感じ取ることがある。そして彼女の姉の子供である双子は、特にその傾向が強かった。


「モフモフ、二人を第三居住区画から動かさないで。いつもの子守唄を歌ってあげて」


『了解なのだ。私の歌声は、この船で二番目に素晴らしいのだからな』


 その言葉の意味を考える間もなく、小包が微かに脈動を始めた。そして、リリアの耳に届いたのは、確かに「歌」と呼べるものだった―しかし、それは音としての歌ではない。まるで、光が奏でるメロディ、あるいは時間が紡ぐハーモニーとでも言うべきものだった。


 老朽化した配達船で、最低レベルの配達業務に従事する日々。それは、彼女が選んだ道というよりは、姉から預かった双子の子育ての手段として選んだ必然だった。しかし、この瞬間、彼女は自分の仕事に深い意味を見出していた気がした。


 防護スーツの手袋越しに、そっと小包に触れる。氷の結晶は、まるでリリアを歓迎するかのように、ゆっくりと輪を描いて回転した。


「あら」思わず声が漏れる。小包の宛名書きに、通常の配達指示とは明らかに異なる追記を見つけたのだ。


『この歌を聴く準備ができた者へ―開封時期:受取人の永遠が始まる時』


 配達員としての経験が、この指示の意味を考えることを制止する。しかし、一人の生命として、彼女の好奇心は静かに揺れ動いていた。


「ねえ」リリアは小包に向かって囁きかけた。「あなたの歌、私にも少しだけ聞こえているわ」


 すると不思議なことに、氷の結晶が一斉に彼女の方を向き、まるで嬉しそうに煌めいた。貨物室の異常な低温は、この時、リリアには心地よく感じられた。それは彼女の故郷の、冬の夜明け前の森の温度に似ていた。


 船の時計が七時を告げ、朝食の時間が近づいていることを知らせる。リリアは小包の状態を記録し、温度異常を示すセンサーを一時的に無効にすることにした。時には、規則は柔軟に解釈されるべきだと、彼女は考えていた。


「モフモフ、子供たちを食堂に連れて行って。今朝は特別に、スターベリージャムを出すわ」


『おや、珍しい決断なのだ。私としては賛成なのだが、理由を聞いても?』


 リリアは微笑んで答えた。「誰かが私たちに、とても素敵な歌をプレゼントしてくれたから」


* * * * *


食堂では、窓の外を流れる星々を背景に、賑やかな朝食の風景が広がっていた。アストラとノヴァは、普段は食べることを許されていない特別なスターベリージャムに夢中になりながら、時折、何かに耳を傾けるような仕草を見せている。モフモフは、その大きな体を子供用の椅子に無理やり収めながら、なぜか得意げな表情でトーストをかじっていた。


「リリアお母さん、歌がまだ聞こえるの」アストラが、口の周りをジャムで染めながら言う。

「うん、でもね、さっきより優しい感じ」ノヴァが続ける。


 リリアは子供たちの言葉に頷きながら、航行日誌を更新していた。


『艦内時間七時二十三分、貨物異常に関する記録。

 配達物ID:EP7-4124-42号の特記事項:

 低温反応、原因不明なるも貨物への影響なし。

 受取人指定の'開封時期'到来まで現状維持を決定。

 備考:時として、配達物は単なる物品以上の意味を持つ。

    私たちはその架け橋となる―。』


 彼女は最後の一文を書き加えるのを少し躊躇った。これは標準的な業務報告の形式からは逸脱している。しかし、そのまま記録を確定させた。


「ねえ、モフモフ」リリアは、子供たちのトーストを小さく切り分けながら尋ねた。「さっき通信で言っていた、『二番目に素晴らしい歌声』って、一番は誰なの?」


 モフモフは、まるで困ったような、しかし少し誇らしげな表情を浮かべた。「それはもちろん、宇宙そのものの歌声なのだ。私ごときが一番になれるわけがないだろう」


 その言葉に、リリアは思わず柔らかな笑みを浮かべた。確かに、この広大な宇宙には、まだ知られざる歌が満ちているのかもしれない。そして彼女たちの小さな配達船は、その歌を運ぶ役目の一端を担っているのかもしれない。


 食堂の窓から見える星々は、いつもより少し明るく瞬いて見えた。エターナルポスト・ドリームキャリアーは、積荷の中の不思議な歌と、そこに暮らす者たちの温もりを抱えながら、銀河の辺境をゆっくりと進んでいく。


 リリアは、ジャムを口の周りに付けた子供たちの顔を拭きながら、ふと考えた―この仕事を選んだのは本当に必然だったのだろうか。それとも、彼女の魂の何処かで、このような不思議な出会いを求めていたのだろうか。


 その答えは、まだ見つかっていない。しかし今は、目の前のトーストの切れ端を狙うモフモフを制しながら、この穏やかな朝の時間を大切にしようと思う。明日には、また新しい配達物が、新しい物語を携えて彼女たちを待っているかもしれない。


 そう、この果てしない宇宙の片隅で、最低レベルの配達船の小さな物語は、また新しい一日を重ねていくのだった。

Image Promptは、各種画像生成AI(Bing image creatorなど)、Music Promptは、主としてSuno AI(楽曲生成AI)を使うことで、挿絵やBGMを得ることができます。

Imege prompt:

1,

A cozy spaceship corridor with a fluffy, carpet-lined interior, featuring an ethereal anti-gravity mop surrounded by floating dust particles. In the scene, a tall bear-cat creature grooms the carpet while two small elven children chase the floating mop. The lighting is warm and domestic, with soft starlight filtering through small portholes. The style is whimsical and detailed, combining retro sci-fi elements with magical realism.


2,

A mystical scene inside a spaceship's cargo hold, showing crystalline ice formations floating in zero gravity around a mysterious brown paper package. The ice crystals create patterns of light on the walls, and a figure in a protective suit (with elvish features visible through the helmet) reaches out towards the package. The lighting is ethereal, combining the cold blue glow of the ice with warm emergency lights, creating an atmosphere of wonder and mystery. The style should be detailed and dreamlike, with a subtle blend of sci-fi and fantasy elements.


3,

A cozy dining scene aboard a spaceship, showing a breakfast table by a large window with stars streaming past. An elvish woman helps two small children with jam-covered faces, while a large bear-cat creature awkwardly sits at a tiny chair. The room is filled with warm lighting and has a lived-in feel, with children's drawings stuck to the walls and plants floating in zero-gravity containers. The style should be warm and intimate, combining slice-of-life elements with sci-fi details.


Music Prompt:

1,

Create a gentle, whimsical ambient track that combines soft electronic elements with warm, organic textures. The piece should feature delicate bell-like sounds, subtle synth pads, and occasional playful melodic phrases. The mood should transition from cozy and domestic to slightly mysterious and ethereal, maintaining a dreamy atmosphere throughout. Tempo: 70-80 BPM, Key: F major with occasional modal shifts.


2,

Create an ethereal ambient piece that captures the sound of crystalline ice formations in space. The track should feature delicate, high-frequency tones resembling ice crystals chiming, layered with deep, warm drone textures. Include subtle melodic elements that suggest a mysterious song being heard from far away. The piece should gradually evolve from mysterious to warmly comforting. Tempo: 60 BPM, Key: D minor with modal shifts to D major.


3,

Create a warm, gentle piece that combines domestic comfort with cosmic wonder. The track should feature soft piano melodies, gentle synthesizer pads, and occasional crystalline sounds suggesting the mysterious song from earlier. Include subtle sounds of everyday life (like quiet mechanical hums of the ship) mixed with ethereal elements. The piece should feel like a lullaby for space travel. Tempo: 75 BPM, Key: G major with occasional lydian mode touches.


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