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一瞬にして雰囲気が変わった福塚さんを見て、俺は自分の失敗を悟る。
……ヤバいヤバい、やっぱりソロでやってるからレベル低すぎたんだ! もっとレベル高いやつがアイテム買ってくれたと思って、色々部活に活用できそうなアドバイスもらえるかも? って思ったら、俺みたいな雑魚がきて激おこになってるんだヤバい! 東京怖いよ琥珀!
「レベル、63? ありえない。十代なら20あればダンジョン攻略部の試合に出れば全国クラス。二十代で40あれば大手企業から引く手あまたで就職に困らないんですよ? それが、60超え? そんなの、世界のプロプレイヤーと同じレベルじゃないですか!」
………………………………へ?
「え? そうなの?」
「あっきれた。話しをしていて、なんか変だなぁ、って思ってたんですよ。『クリエラム』では登録地域が東京になってたし、実際に取引実績もあったから『収納ボックス』の売却にも応じましたけど、鴻田井島って。ダンジョンどころか、全く取り柄もない、ただの田舎じゃないですか!」
態度が変わった福塚さんに動揺しつつも、俺は自分の中から滲み出てくる何かに背を押されるように、口を開く。
「……いや、だったら、なんで取引したんだよ。怪しいと思っていたんなら、『収納ボックス』だけ送ってりゃそれで話は済んだじゃねぇか」
「言ったでしょ? 取引実績もあったし、実際に一億円も振り込まれましたから。だからひょっとしたら、本州のどこかに高校生でありながら大人のパーティーと混じってダンジョンに潜るソロプレイヤーがいるかもしれない、って思っていたんです」
「……いや、そんな中二病みたいなやついるかよ。幼少期に海外で傭兵として育てられた子供が、成長して日本の高校に編入してくるぐらいありえねぇ」
「だから、ひょっとしたらって言ったじゃないですか! 万が一! 億が一の可能性にもすがりたかったんですよ、こっちは!」
そう言った後、福塚はサラリーマンのおっさんが仕事終わりにビールを飲み干すように、コーヒーを一気飲みした。
「ところが、やってきたのはレベル63? つくならもっとマシな嘘をついてくださいよ。もうそれだけで、ダンジョンのこと全然知らないビギナーじゃないですか。いえ、ビギナー以下ですね。実際にあなた、ダンジョンに潜ったこともないんでしょ? だから63だんてとんでもない数字を簡単に出せるんですよ。たまにいるんですよね。お金に物を言わせて、プレイヤーのフリをして高額なアイテムだけ買い漁る『プレイヤーもどき』が。おおかた、何処かの高校でダンジョン攻略部にも入れてもらえなかったボンボンの息子が、へんぴな島に逃げ込んで、自分の妄想と楽しく戯れてたんでしょ? その、鴻田井島、でしたっけ? 島の人たちもいい迷惑ですね。いえ、そもそも、ダンジョン攻略部で日本一最有力の緑旗の名前も聞いたことがないようなそんな田舎の島に、まともな人はいませんか。命をかけて本気で何かに取り組んだこともない、頭がお花畑な人たちばっかりなんでしょ? どうせ。私、あなたのようなしょうもない嘘を吐く人、だいっきらいです。お金は頂いているので、アイテムはお持ち帰りください。ああ、念のため確認はしていきますか? 心配しなくても本物ですよ。私は嘘を吐きませんから、誰かさんと違って。あぁ、全く。夏休みの貴重な一日を無駄にしてしまいました。一日あれば、もっとパーティーとの連携を強化出来たのに。本当に、時間の無駄でしたよ。私には、ダンジョン攻略部で叶えたい目標があるんです。あなたみたいな、自尊心だけ満たすために四苦八苦しているような人間と違って、忙しいんですよ」
「はっ!」
思わず俺は、笑ってしまった。
正直、ダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラダラ早口で喋っていたこいつの話は、二割も聞いちゃいない。
別に、よかったのだ。信じてもらえないのなら、それで。
だってそっちの方が、海底ダンジョンの存在を簡単に隠すことが出来るから。
別に、よかったのだ。『収納ボックス』が手に入るのなら、それで。
だって元々、それを手に入れるために東京まで出てきたのだから。
別に、よかったのだ。俺のことはどれだけけなそうとも、それで。
だってこんなやつとは、もう二度と会うこともないのだろうから。
でも。
鴻田井島が、そこに住む人が、なんだって?
「色々言ってたみてぇだが、結局お前はひがんでるだけだろ?」
「ひ、ひがんでる? 私が? 何に対してよ!」
俺の中で、何が滲み出ていたのか、わかった。
怒りだ。
島に住む人たちの顔を思い出せば出すほど、それがどんどん、海底から噴き出すマグマのように溢れ出してくる。
クラスメイトの顔が。
もう死んじまった両親の顔が。
そして孤独になった俺を引き取ってくれたおじさんとおばさんの顔が。
なにより。
琥珀の顔が、頭の中から離れねぇ。
だから俺は、俺の中から滲むどころか決壊して溢れ出すそれに従い、口を開いた。
「結局お前は、自分の力に自信がないんだ。だから自分が何をしたのか? じゃなくて緑旗の名前に頼ってるんだろ? 今日制服着てきたのも、さっき胸張ってそれを見せびらかそうとしたのも、てめぇじゃなくて、ダンジョン攻略部で日本一の有力候補の緑旗高校っていうブランドを見せびらかして俺を跪かせたかっただけじゃねぇか。ほーら、私はこんな凄い『高校』に入ってるんだよ? だから凄いでしょ、ってな。自分で自分を誇れねぇ。だから本当に一人で『クリエラム』に出店している俺に嫉妬したんだ。他の誰でもない、一人の力でアイテム売買してる俺を、お前は自分の力じゃなくて『高校』のブランドでマウント取りたかっただけだろうが。それが効かねぇからって、今度は俺の地元ディスりかよ。だっせぇ。ちょーだせぇ。緑旗の名前を知らない? 知るかよ! 知って欲しけりゃてめーの力で俺の島まで名前轟かせろや! 大体なんだ? さっきの、『命をかけて本気で何かに取り組んだこともない』? はぁ? 死んでんだけど。島が海で荒れたら死人でんだけど? なんだ、その命かけたら偉いマウント。それも結局人間の命っていうブランド掲げてマウント取ろうとしてるだけだろ? 大体、命がけのダンジョン攻略部に入るの決めたのはお前だろうが! 何自分で決めたくせにそれを盾に相手が悪いみたいな言い方してやがんだよ! ダセェダセェ! 俺の生き方がダセェのは否定しないが、それでも断言してやる! 今のテメェの方が、一億倍ダセェんだよ!」
福塚が、顔を白から青、そして土色に変えながら、口をパクパクと動かしている。
それを見ながら、俺は思った。
……俺、こいつの言ったこと、二割どころか八割ぐらい覚えてたわ。
仕方がない。ムカついていたのだから。
金は払って、アイテムも受け取った。
そしてここはダンジョンではない。
だから、東京のカフェで、周りからドン引きされていたとしても。
……同じ高校生同士、全力で口喧嘩ぐらいしてもいいだろう?
「い、いわせて、おけばっ!」
「いや、お前も散々言ってるからな?」
「だ、大体、何よ! 緑旗の名前が届いていない? うちのダンジョン攻略部のSNS、フォロワー十万越えてるんだからね!」
「おやー? やっぱり高校マウントですかー? 高校の名前使わないと、反論できないんですかー?」
「い、今のナシ! 私のアカウントだって、一万越えてるもの! 試合ある時は、対戦動画だって勝手にファンがSNSにあげてたりするんですから!」
「……で? それだけでうちの島までお前の名前が届くのか?」
「……かっ!」
怒りすぎてとっさに日本語が出てこなかったのか、勢いよく立ち上がって福塚は俺を見下ろす。
「勝負よ、鏡月!」
「……口喧嘩なら、俺の圧勝だと思うが?」
「まだ負けてないわよ! っていうか、違うわよ! ダンジョンよ、ダンジョン!」
……何を言っているだ? お前は。
それが顔に出ていたのか、福塚はキーキー言いながら、右の人差し指を向けてくる。
「大体、あんたが適当な嘘つくから、こんなことになったんでしょ! それに反論があるのなら、そもそもあなたの嘘が間違っていないと証明するのが筋じゃないかしら?」
「……いや、その理屈はおか――」
「筋なんじゃないかしらっ!」
……おいおい、そんな涙目で俺を睨むなよ。
これじゃ、どっちが責めてるんだかわかったもんじゃない。
俺は溜息を吐きながら、胡散臭さそうに二つ年上、のはずの女を見上げる。
「で、俺が嘘を言っていないのを、ダンジョンの、なんの勝負で確かめるって?」
「元々、『収納ボックス』が本物なのか確認するために、プレイヤー用の訓練所を予約してた、って言ってたでしょ? そこで勝負よ! いいわね!」
「いや、別に俺は言いたいことも言い終えたし、『収納ボックス』を受け取れたのなら――」
「い・い・わ・ねっ!」
スマホで時刻を確認すると、まだ午後二時を少し過ぎたぐらい。
島に戻る船が出るのは、まだ八時間以上ある。
……どうやら、東京観光はまたの機会になりそうだな。
そう思いながら俺はカフェで自分の分の会計を済ませて、一言も喋らない福塚と一緒に訓練所とやらに向かうのだった。