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 まず最初に思ったのは、人って波になれるんだ、ということだ。

 右に左に揺れる荒波のように、人がどんどん押し寄せてくる。

 行きたい方向に向かおうにも、絶えず人が行き交っており、自分の方向感覚が狂わされた。

 海に潜っている時渦に巻き込まれて、三半規管をぐじゃぐじゃにされたみたいだ。

 

 ……まさか、琥珀の言っていたことが当たっているだなんて。

 

 女性と話しているわけではないけれど、人の波で死にそうだ。

 夏の暑さもあって、汗が止まらない。

 

 ……こんなことなら、ホテルを出る時に酔い止めの薬を飲んでおけばよかった。

 

 当初、今日の午前中は、おばさんに頼まれたリフォームに関する冊子を集めようと思っていたのだ。

 しかし、今はどこもネットで届けてもらえるとのこと。

 なので、ホテルでその申込だけすませたのだ。

 

 ……おばさんはそれでいい、って言ってたし、時間が余ったから東京駅をぶらつこうと思ったんだけど。

 

 まず、どっちがどっち方面へ向かう出口なのかがわからない。

 いや、頭上の掲示板に場所は書いてあるのだけれど、人の波でそこに上手く進めないのだ。

 

 結果、冒頭の話のように、人に酔ってしまった、というわけだ。

 

 ……待ち合わせ場所の、丸の内駅前広場って、こっちでいいのか?

 

 東京のニュースでよく見る、赤レンガの建物を脳裏に思い浮かべる。

 丸の内方面の出口に向かうものの、『丸の内』の名を冠する出口が複数ある。

 更にJRの改札を出たはずなのに、いつの間にか地下鉄に乗る方面に歩いていたりして、意味がわからない。

 

 ……東京駅でこんな感じなら、ダンジョンって呼ばれている新宿駅は、マジでゲートを潜って入る、あのダンジョンだな。

 

 海底ダンジョンの方が、東京駅よりもよっぽど素直な構造になっている。

 とりあえず建物を出て、スマホのGPSを使って目的地まで誘導してもらうことにした。

 すると、すんなり目的地に到着する。

 

 ……周りの人たちが、ずっとスマホ見ながら歩いてたけど、それってこういうことなのか?

 

 鴻田井島では使う必要が全くない機能なので、正直使いどころがないのでは? と思っていた。

 しかしいざ使ってみると、全くわからない場所でも、スマホの指示で到着することが出来る。

 島にいたのではわからない、文明の利器の力というものを実感できた。

 

 だが、目的地に到着して安心したのもつかの間、もうスマホの時間は待ち合わせ時刻になっている。

 

 ……マズい、到着したら出店者の人に連絡しないといけなかったんだ!

 

 慌てて『クリエラム』のアプリを開き、チャット機能を表示させる。

 と、それと同時に出店者のUstukuhさんから連絡があった。

 

『もう目的地についたんですが、Uoykiasさんはもう少し時間かかりますか?』

 

 Uoykiasというのが俺の『クリエラム』上でのアカウント名で、Ustukuhというのが出店者のアカウント名だ。

 俺は慌ててメッセージを返す。

 

『すみません、今丁度到着しました。オリーブ柄のポリトロの半袖シャツに、下はジーパンの格好をしています』

『あ、わかりました。私は自己紹介も兼ねて学校の制服を着ています。今声かけますね』

 

 そういえばUstukuhさんは、東京の高校に通う高校三年生だと聞いている。

 アイテムを購入する前に、互いに軽く自己紹介は済ませていた。

 向こうの方は俺のことを既に見つけており、声をかけてもらえるというのでちょっと安心する。

 でも、今のメッセージ、少し気になることがあった。

 

 ……自己紹介も兼ねて?

 

 アイテムの受け渡しが終わったら、それではさようなら、という感じのやり取りを想定していたので、違和感があった。

 そこで俺は、琥珀に言われた言葉を思い出した。

 

『正一! 東京の女は怖いんだからね! 騙されちゃダメよ! 公園で立ってる人にも声かけちゃダメ絶対! お金の話もしちゃダメだから! 捕まるから! 忘れないでよ、正一! 女と話しちゃダメ! 死ぬわよ!』

 

 ……いやいや、まさか。考えすぎだ。

 

 人混みで疲れて、マイナス思考になっているのだろう。

 俺だって、琥珀の話を聞いて笑っていたじゃないか。

 いくら人が多くたって、別に東京で戦争をしているわけではない。

 

 それに相手は、実際に一億円もする『収納ボックス』を持つプレイヤー。

 こちらを騙そうとしても、『クリエラム』を通してのやり取りなので、詐欺なら普通に捕まるだろう。

 そうなれば、プレイヤーとしての活動もやりづらくなるはずだ。

 

 ……そうだよ。そもそも、こっちはもうお金は振り込んでるんだから、お金の話もするわけじゃない。これ以上、俺の何を騙すっていうんだ? 大体、向こうは高校のダンジョン攻略部に所属してるって言ってるんだぞ? 学校も、いきなり初対面の相手へアイテムを渡すのに女の子一人に任すわけがない。何かあったら危ないし、男子部員が『収納ボックス』を持ってきてくれるはず。逆に言えば、もし女の子一人出来てたら、偽アイテムでも俺は掴まされ――

 

「ごめんなさい。Ustukuhさんで、あってますか?」

 

 その、どう聞いても男子のものではない声色に振り返ると。

 そこには凛とした、スレンダーなセーラー服姿の女性が立っていた。

 

「……俺、死ぬのか?」

「え? ど、どうしたんですか? 夏ですし、気分でも悪いんでしょうか?」

「あ、すみません。大丈夫です。こっちの問題ですから」

 

 危ない。完全にやべーやつになるところだった。

 夏の暑さではなく冷や汗も出てきたので、俺は持ってきたハンカチで顔を拭う。

 

 ……全く。琥珀が余計なことを言うから、変な感じになってしまた。それに考えてみれば、日中帯、しかも東京駅の真ん前なら女の子一人でも危なくないよな。それじゃあ、さっさと『収納ボックス』を受け取って、東京観光に繰り出そう。

 

「それでは、申し訳ないんですが、早速『クリエラム』でお願いしていたアイテムを――」

「それなんですが、やっぱりこの『収納ボックス』が本物なのかどうか、確認されますよね?」

「……あ! そ、そうですね。確かに、確認させていただきたいです」

「そうですよね! ではよろしければ、確認用に私の部活で予約したプレイヤー用の訓練所があるので、そちらでいかがでしょうか? ここから徒歩で五分程の場所にあるんですけど」

「本当ですか? 是非お願いします!」

 

 危ない。完全に確認のことが頭から抜け落ちていた。

 でも、もしこの人が俺を騙すつもりなら、アイテムが本物なのか確認なんてさせずに、すぐに逃げていたはずだ。

 

 ……うん、やっぱり、俺の考えすぎだ。いやぁ、ちょっと疑心暗鬼になりすぎてたな。この後もし建物の中に誘われたらヤバい仲間が待ち受けているかも知れないけど、そんなことは流石に――

 

「では、予約した時間まで三十分ほど時間があるので、あちらのオープンテラスのあるカフェでお茶でも飲みながら時間を潰しましょう」

「……やっぱり、俺は今日死ぬのか?」

「ど、どうしたんですか? 本当に!」

 

 ◇◇◇

 

 色々酷い誤解、ほとんど俺が悪い、があったのだけれど、ひとまず俺たちはカフェでコーヒーを飲んでいる。

 改めて自己紹介も終えて、一息ついていた。

 福塚(ふくつか) 二美(ふみ)と名乗った眼の前の女の子へ、俺は関心したように吐息を漏らす。

 

「へぇ、それじゃあ福塚さんは、ダンジョン攻略部の部長さんなんですね」

「はい、『あの』緑旗高等学校(りょくきこうとうがっこう)の部長です!」

 

 そう言って福塚さんは、着ている制服をこちらに見せつけるように胸を張る。

 張るが、それが何を意味しているのかわからず、俺は愛想笑いを浮かべるしかない。

 一方彼女の方は、俺の反応に肩透かしを食ったような表情を浮かべた後、若干不満げになる。

 

 ……あれ? 俺、何か気に触ったことしたかな?

 

 そう思うが、福塚さんは咳払いをして今浮かべていた表情を引っ込める。

 

「そういえば鏡月さんは、どうして『収納ボックス』をお求めになられたんですか?」

「……ちょっと、ダンジョンからアイテムを運ぶのが、面倒になりまして」

 

 本当の事をありのままに言うと、海底ダンジョンのことまで言わなくてはならなくなる。

 誰にも言っていないので、バレるとマズいどころじゃない。

 

 ……ここは、なんとなく話を合わせて、乗り切るしかない。

 

「やっぱり! 『収納ボックス』を買えるということは、それだけアイテムも集めてないといけないですからね。そんな気がしてたんですよ。鴻田井高校? さん、でしたっけ。さぞ強いパーティーなんですよね! でも、ダンジョン攻略部の公式戦でお名前を拝見したことなかったんですけど、試合はどのように?」

「いや、試合とか、そういうのは、特に……」

「では、実地で実際のダンジョンに潜られていると? 凄い! 私、『無限湧き』の試合専用のダンジョンしか潜ったことないんですよ。ランクもEなんで、攻略できて当たり前ですし。あ、鏡月さんって、『ワンショット』に潜ったことはありますか?」

「いや、俺も『ワンショット』は、まだなくって……」

 

 ……なんだ? この人。ダンジョンの話になったら、急にグイグイ来るぞ。

 

 ヤバい。絶対この人、何かを勘違いしている。そして勝手に何かを期待している気がする。

 このままダンジョンの話をしていると、変な方向に話が行きそうだ。

 

 しかし悲しいかな、最近俺がやっていることといえば学校との往復に、おじさんの手伝い、そして海底ダンジョンの攻略だけだった。

 

 ……こ、高校生らしいこと、何もしてねぇ! 何の話題について喋ったらいいのかわからんぞ!

 

「それで、鏡月さんのレベルは、今おいくつなんでしょうか?」

 

 その質問に、俺は一瞬手が止まる。

 正直に言ったほうが、いいのだろうか?

『クリエラム』では、実際にアイテムさえあればレベルなんて開示する必要もなかった。

 

 ……だけど俺、ずっとソロでやってるから高校生の一般的なレベルなんてわからない。

 

 どうする? と思うものの、俺は正直に自分のレベルを言うことにした。

 

「63、です」

 

「………………はぁ? ふざけてるんですか?」

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