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購入したアイテムを抱えて、俺はゲートへ潜る。
もう何度もダンジョンに潜っているので、ここの地図は頭の中に入っていた。
経験値を溜める前に、まずはドロップしたアイテムを回収する。
ちなみにこの海底ダンジョンのランクは、ボスがサラマンダーということを考えると、Dか高く見積もるならCぐらいに位置づけられるらしい。
……だいたい、どの辺りにモンスターが生まれてくるのかも、わかってきたな。
ゲートの前に回収したアイテムを集めて、スマホで時間を確認する。
この時間帯なら、ダンジョンの真ん中ぐらいの階層、その左側あたりが狙い目だ。
俺は足に履いたフィン、足ひれみたいなやつ、で思いっきり海水をかき分けた。
すると俺の体は、魚よりも早く水の中を移動する。
これは、比喩ではない。本当に魚よりも早く、俺はダンジョンの中を泳いでいる。
……ダンジョンでレベルアップした恩恵だな。
ダンジョンの外には持ち出せない、レベルという概念。
このレベルはダンジョン内での経験によってレベルアップし、レベルが上がれば身体能力や危機察知能力のような第六感が等しく強化されていく。
無理のない範囲ではあったが、モンスターを刺して経験値も溜まっている。
今なら、イルカとすら余裕で並走して泳げるだろう。
……ダンジョンにイルカなんていないから、それは無理なんだけど。
むしろ、イルカみたいなモンスターがこのダンジョンに出現するのであれば、最初に俺がここに潜った時点で殺されていただろう。
多少動けるようになったとはいえ、モンスター相手に過信してはいけない。
そう思いながら、アイテムを抱える手に力を入れる。
少し泳いで、目的地に到着。
そのタイミングで、ノコギリキツネが二匹、ダンジョンの壁から生えてきた。
……いよいよ、こいつの出番か。
俺が手にしたのは、『堅強の銛』というアイテム。
名前の通り、ただひたすらに頑丈な銛だ。
だが、その頑丈の基準はダンジョン内での基準。
試しにダンジョンの壁を削ってみるが、全く刃こぼれする様子はない。
……よし、行ける。
手応えを感じて、既にもがき苦しんでいるモンスターに狙いを定める。
投げた後引き戻すため柄に付けられた紐を手に握ると、俺は銛を投擲した。
刃が海中を突き進み、過ぎ去った場所に気泡が出来る。
その泡を置き去りにして、銛の先端が一匹のノコギリキツネの喉笛に突き刺さった。
一瞬にして、ダンジョンに鮮血の花が咲き誇る。
予め握っていた紐を引っ張ると、首を貫かれたキツネの体もついてきた。
既に体は一部塵になっており、ドロップしたアイテムがそのまま俺の手の中に飛び込んでくる。
……楽でいいな、これ。
ドロップした『ノコギリキツネの毛』を左手で持ち、俺は右手で『堅強の銛』を構え、残るもう一匹のモンスターへそれを放つ。
今度は眼球に突き刺さり、キツネの後頭部から刃先が飛び出してきた。
モンスターの脳症が水の中を漂い、グロテクスな別の生物みたいに見える。
<必要な経験値を確認。対象者はレベル5に上がりました>
脳内に響く声を聞きながら、俺は銛を引き戻して、大きく頷いた。
……よし。これなら、全然戦える。
ほぼ無抵抗で、しかも溺れている相手に一方的に攻撃することを、果たして戦っていると言っていいのか疑問だが、俺の中でこれは立派な戦いだ。
その後もボンベの酸素がなくなるまで、生まれたモンスターを貫きまくる。
海面に上がり、ボートで新しい酸素ボンベを背負い直して、俺はまたダンジョンへと潜っていった。
最近、平日はおじさんの手伝いがなければほぼほぼ海底ダンジョンに潜り、祝日は体力と酸素ボンベが続く限りずっと海底ダンジョンに潜っている。
あまり長時間潜っていると体調面に影響が出るのだが、レベルが上がり、潜っている時間の大半がダンジョン内にいるためか、普通に海で泳ぐよりも疲れない。
……レベルも上がって金も貯まって、めちゃくちゃ楽しいぞ、これ!
楽しすぎて、ダンジョンの詳しい情報収集すら忘れて、俺は海底ダンジョンに潜っていた。
本来であればパーティーで攻略するダンジョンを、海底につながったダンジョンであることを利用して、俺一人、つまりソロで攻略できている。
今ではボスのサラマンダーだって、一人で勝てるぐらいだ。
……まぁ、ほとんど溺れ死にそうなところに、とどめを刺しているだけなんだけど。
しかし、それで経験値が得られるのも事実。
おまけに、この海底ダンジョンは『無限湧き』だ。
ボスであるサラマンダーも毎回復活する。
つまり『フレイムソード(五百万)』も無限に手に入るのだ。
しかもリスクがほとんどない、というのであれば、夢中でダンジョンに潜るのも理解してもらえると思う。
だが、やっぱり様子が変わった俺に最初に問い詰めてきたのは、幼馴染だった。
「……ねぇ、正一。最近海に行きすぎじゃない? 酸素ボンベの消費量も激しいし」
「そうか? でも、減ってる分は俺が小遣いで買い足してるだろ?」
「うちの小遣いじゃ絶対賄えない量じゃん! お父さんの手伝いしたってバイト代入っても、絶対ムリだし」
「いや、でも最近結構観光客増えてるだろ? ほら、この前も女性二人組でこの島泊まりに来てたし」
「……………………は? 島の外に女つくったってこと? 死ぬ?」
「違う違う、なんで今の会話でそんな結論にな、おい、俺のスマホのロック解除出来ないからって投げようとするのやめろ」
「……じゃあ、最近沢山荷物送ったり、正一宛の荷物が増えてるのは何?」
「……実は、それで稼いでるんだよ。フリマ系のサイトに複数登録して、安く買ったものを別のところで高く売ったりしてさ。最近海に潜ってるのも、熱帯魚育ててる人向けに海の石売ってるんだよ。以外にいい値段つけて買ってくれるんだぜ? あ、もちろんサンゴ礁とかは売ってないよ。それは違法だからな」
予め用意していた言い訳を口にするが、琥珀は俺を見る目を鋭くするだけだった。
……やっぱり、誤魔化せれてくれないか。
当然か。実はおじさんとおばさんからも、遠回しに最近の俺の行動について聞かれていたのだ。
その時俺が取った行動は、単純明快。
おじさんには船の新しいエンジンを、おばさんにはお風呂場をリフォームを約束したのだ。
つまり、買収である。
……おばさんなんて、『あら、そういうのが最近は儲かるのね』だなんて言って納得してたけど、やっぱり琥珀にも何か必要になるのか。
でも他の二人と違って、幼馴染が欲しそうな指輪のブランドなんてわからない。
そもそも買うにしたって、琥珀の指のサイズもわからなかった。
……だったら、もう本人に聞いちまうか。
「琥珀。お前、指のサイズ何センチ?」
「……え?」
「え? じゃなくって。指輪、欲しがってただろ?」
「え、な! ちょ、こ、このタイミングで? え? 嘘でしょ?」
「何慌ててんだよ。別にいつ買っちゃいけないって法律もないだろ?」
「それは、そうだけど。え? 買ってくれるの? 本当?」
「稼いでるって言っただろ?」
「……………………まさか、そのためにお金貯めてくれてたの?」
「へ? あー、まぁ、そういう側面があったのは、否めないかな」
おじさんの手伝いをするようになったのも、引き取ってもらった恩を返すという目的からだ。
ダンジョンのアイテムで稼いだお金も、最初はおじさんたちのために使おうと思っていたし、四十物家の人たちのために稼いでいた、と言っても間違いではない。
そう思っていると、琥珀は顔色を、名前の琥珀ではなく紅玉のように真っ赤に染めている。
「ちょ、待ってて! メジャーで測ってくるから!」
「気をつけろよ。メジャーだと指切、せめて人の話聞いてから走り出せよ!」
それから琥珀はメジャーを探すため、家中をひっくり返して久々におばさんから本気で怒られたりしていた。
スマホで指輪のサイズを測れるアプリがあることに後から気づいたのも、その原因の一つなのかもしれない。
やがてもじもじしながら、琥珀が俺に結果を報告しに来た。
「は、八号で、ございましたですわ」
「サイズ測るだけでキャラ崩壊するもんなの?」
「し、仕方ないでしょ! は、初めて、だったんだもの」
「そういや俺も測ったことないな、指輪のサイズ」
「じゃ、じゃあ、正一も初体験を!」
「いや、俺はいいや。海入る時邪魔になりそうだし」
「……………………はぁ? 二人一緒じゃないと意味な――」
「っていうか、その前にどのブランドがいいの? 俺よく知らないんだけど」
「……………………………………………………探しておく、ね」
もはや茹でダコのようになって、琥珀は俺の前から去っていった。
それからというもの、琥珀は俺が海に潜りにいったり、荷物を受け取ったり送ったりしても、何も口を出してこなくなった。
その代わり、指輪のサイトをひたすら見せられたり、色の違いについてうんちくを語られたりするようになった。
琥珀が好きなものを買えばいいと言ったのだけれど、どういうわけだか、俺の意見も大切らしい。
……別に指輪ぐらい、また買ってやるのに。
ダンジョンの稼ぎがあるのでそう思うものの、俺がプレイヤーであることは内緒なので琥珀に言うわけにはいかない。
それに、あれだけ真剣に琥珀が悩んでいるのだ。
彼女が気の済むまで検討して、本当に欲しいと思ったものを買ってあげた方がいいだろう。
その間俺は、更に海底ダンジョンでレベルを上げつつアイテムを回収、売買を行った。
身につけるのもダイビングスーツから『俊敏な服』に変えてみたり、海底ダンジョンじゃ使えない炎の属性効果があるアイテムだとか、いろいろ集めてみたりもした。
海底ダンジョンでは完全にオーバースペックだけど、海の中でならこれも使えるんじゃないか? というアイテムにも、手が伸びてしまう。
海底ダンジョンで稼ぐようになったからか、いつの間にか海の中でどうやって戦うのか? ということを常々考えるようにもなっていた。
だが、そんな事をしていたからか、ある問題が発生する。
それは――
……夏休み前に、ついに荷物を置く場所がなくなってしまった。