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『鏡月さん? 大丈夫ですか? 鏡月さん!』

 

 明福さんの、焦ったような声がイヤホンから聞こえてくる。

 だが、それにいちいち答えていられるほどの余裕が、俺にはない。

 

 視界はモンスターが動いたことで生じる泡、泡、泡。

 状況を把握できないまま、俺はモンスターにダンジョンの壁に叩きつけられる。

 

 背中に衝撃が走り、壁が陥没。

 砕けた岩が破砕して、水の中で盛大に土が舞い上がった。

 更に視界が悪くなるが、俺はまだ体が動くことを確認する。

 

 ……『不屈の鎧』を着てなかったら、ヤバかったな。

 

 移動速度が犠牲になるものの、水中を動くモンスターに備えて防御力を上げるアイテムを装備していて正解だった。

 俺は『氷爆槍』を振るい、辺りを漂う土に石を吹き飛ばして視界を確保する。

 

 すると、俺から距離を取るように、一匹のモンスターの姿があった。

 

 外見は、イルカに似た大きく膨れた胴体に、頭部はイノシシとワニの中間のような顔。前足はアシカのような胸びれになっていて、下半身は鱗で覆われている。尾びれは扇形になっていて、二つに割れていた。

 下半身を魚のように動かして泳ぐそいつの名前を、明福さんが叫んだ。

 

『ケートゥスです! 他のダンジョンでは地面を這うようにして移動し、その前足と尾による攻撃が脅威とされています。水中ではそれを使った高速接近に打撃が脅威だと推測します』

「今まさに体感してますよ!」

 

 ケートゥスが海の中で吠え、また俺に突進してきた。

 だが、今度はこちらも相手の姿が見えている。

 

 ……さっきのようには行くかよ!

 

 水中を爆速で泳いでこちらに迫るケートゥスに向かい、俺は手にした槍をそのモンスターに向ける。

 その柄を握りつぶすかのように掴み、ケートゥスを貫くように刺突を放った。

 だが、まだ泳ぐモンスターとは距離が離れている。

 しかし、それで俺が握る『氷爆槍』の刃に、変化が起こった。

 

 突き出した進行方向が、凍り始めたのだ。

 

 ……海底ダンジョンだと威力が強すぎて使えなかったけど、ここでならこいつがもつ氷属性の効果を十分発揮できるだろ!

 

 氷爆とは、凍りついた滝のことを言う。

 そしてその名のような事象が、俺の目の前で起こった。

 

 滝が凍っていくように、槍の切っ先の延長線上にある水が、一気に氷爆されていった。

 

 それはもはや、無限に伸びる槍だ。

 氷の刃はダンジョン内の海水を喰らうように、一直線に水を凍らせていく。

 

 伸びる氷の進行方向には、俺に迫るケートゥスがいた。

 だがやつも、危機を察したのだろう。

 

 体を氷に巻き付かせっるようにして、こちら側の攻撃を回避する。

 そしてそのまま、渦を巻くようにして俺の方へと迫ってきた。

 最短距離で接近し、俺の体を食いちぎろうとしているのだろう。

 だが――

 

 ……俺だって避けられることぐらい、考えてあるんだよ!

 

 握った槍の柄を、捻る。

 

 すると、切っ先に出来た氷は砕け、更に新たに氷柱が伸びるように水を凍らせ始めた。

 だがその氷柱が完成するより先に、俺はまた槍を捻った。

 

 捻る。捻る。捻る。

 すると、進行方向に凍らせようとしていたエネルギーが、渦を巻くように拡散。

 氷は一直線に伸びる槍ではなく、歪に拡散した氷の檻のように広がった。

 

 当然、氷に巻き付くように最短距離で接近していたケートゥスは、その檻にがんじがらめにされている。

 

『ダメです、鏡月さん! 檻を作るためエネルギーを拡散させたため、檻の格子の強度が足りません! つまり、ケートゥスはあの氷の檻を破ります!』

 

 明福さんの言葉通り、檻の中のケートゥスが暴れ始めた。

 鱗が傷つき、肉が抉れて水を自分の血で汚す。

 それを全く気にした様子もなく、モンスターは負傷するのをいとわずに俺が作った檻を抜け出そうとする。

 

 そして、ついに檻が砕けた。

 氷の粒子が水中に飛び散り、すぐに溶けて水に混じっていく。

 しかし――

 

 ……俺がお前に近づく時間は、稼げたよ。

 

 やつの顔が俺に振り向くよりも先に、俺は『氷爆槍』をケートゥスの体に、深々と突き立てていた。

 そして、柄に力を込める。

 

 それから起こるのは、先程水を凍らせた現象の再現だ。

 違うのは、凍らせるのは水ではなく、モンスターの体だということ。

 

 その結果を、明福さんが口にする。

 

『ケートゥスの血液から筋肉、脂肪と氷結していることを確認。痛みにモンスターが身を捩ったことで更に傷口が広がり、ケートゥスの運動量が低下。徐々にゼロに近づいていきます』

 

 そして、その言葉通りとなる。

 俺を新木場ダンジョンで最初に出迎えてくれたモンスターは、凍りついて絶命した。

 

 塵になって消えていくケートゥスを見ていると、脳内に声が響く。

 

<必要な経験値を確認。対象者はレベル64に上がりました>

 

「たった今、レベルが64に上がりました」

『おめでとうございます。では、その調子で入口近辺の情報を集めて頂けますでしょうか?』

「了解です」

 

 ケートゥスが『ケートゥスの鱗』をドロップしたので『収納ボックス』へつっこんで、俺はまず上を目指して泳いでいく。

 このダンジョンに空気があるのか、確かめたかったのだ。

 

 ダンジョンに巻き込まれた人も、建物の中に取り残されていないのであれば、まずは空気を探すはず。

 逆に言えば、空気が存在していないのであれば、最初に新木場ゲートに飲み込まれた被害者の生存は、絶望的だ。

 しかし――

 

「一応、空気はありそうです。人が水からあがって退避出来そうなところはまだ見えませんが、先に生存者を探しますか?」

『いえ、まずは入口の安全を確保してください。生存者を救助中にケートゥスのようなモンスターに襲われたら、二次被害どころではすみませんから』

「了解しました」

 

 そう言って俺は、また水の中を潜っていく。

 ダンジョンに入ったばかりの時は気づかなかったが、水の底は悲惨な状況だった。

 

 底に沈む建物の中には、逃げ遅れた人たちの死体の姿がある。

 更に建物に並ぶように、モンスターの死骸もあった。

 海底ダンジョンと同じように、水に溺れたモンスターたちが死んでいるのだ。

 

『ミノタウロスに、オルトロス。それに、ギガンテスも。これは、水死体? ではゲートが私たちの世界に出現する時、ダンジョン内のモンスターたちが溺れないよう配慮して場所を決めてはいない、ということでしょうか?』

「……あの、そういう考察は生存者を探し終えた後にしませんか?」

『……すみません。何度もダンジョンのナビゲートをしたことはありましたが、このような現象は初めてでしたので』

 

 そんな話をしながら、俺はダンジョンの入口を捜索する。

 明福さんが言った通り、俺でも知っているモンスターがこのダンジョンでは湧くようだ。

 そしてメジャーなモンスターというのは、生命力が凄まじいらしい。

 

 溺れ死ぬ前のミノタウロスとギガンテスが、同じモンスターであるにも関わらず、互いを食い合っている。

 首や胸の部分に食らいつこうとしているので、まだそこに残っている相手の酸素を食って奪おうとしているのだ。

 

 凄まじい生存本能に圧倒されながらも、俺はモンスターたちを槍で射殺していく。

 ドロップしたアイテムを回収しつつ、入口付近のモンスターを掃討。

 安全を確認した後に、四聖天さんたち後詰めのパーティーを呼んだ。

 

 それから十分ほど捜索し。

 次の階層へ進む道と、生存者を発見したのだった。

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