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「新木場ゲートですが、ヘリポートを飲み込んだ影響なのか、水深五十三メートルのところに存在しているようです」

 

 タブレットを持ちながら俺にそう説明してくれたのは、スーツを着込んだ明福(めいふく) 世里香(せりか)という女性だ。

 もう夕日が沈みそうな海に揺れる船の上で、メガネを掛け直しながら彼女はまた口を開く。

 

「鏡月さんには、先遣隊として新木場ダンジョンに潜っていただき、ダンジョン内の情報を収集していただくことを想定しております」

「まだ高校生の君にこんな事をお願いするのは心苦しいが、中々人員が集められなくてね」

 

 そう言ったのは、かなり体ががっしりした男性だった。

 水上自衛官の四聖天(しせいてん) 房雄(ふさお)と名乗った彼は、本当に申し訳なさそうに俺に向かって頭を下げる。

 

「先遣隊と言いながら、実際潜るのは鏡月くん一人だけになってしまう。ダイビングライセンスを持っているメンバーは多いんだが、ダンジョンへ潜ることを想定した人員はうちにはそこまで多くなくてね。一番高いレベルで、俺の54が限界だ。もちろん自衛隊の中にプレイヤーとしてはもっとレベルの高いプレイヤーもいるが、そちらは海に潜る経験が少ない。まだ水深四十メートルであれば、なんとかやりようはあったんだが」

「仕方ありませんよ。水深五十三メートルだと、酸素中毒を起こす閾値ギリギリですから。新木場ゲートに到達する前に、最悪死んじゃいます」

「……四聖天海曹長。やはり自分は、反対です」

 

 そう言ったのは、確か老藤(おいふじ) 征太郎(せいたろう)と名乗っていた男性だ。

 四聖天さんより若い老藤さんは、自分たちの力不足を悔やむように口を開く。

 

「自分のレベルも彼に劣った47ですが、それでもこうした仕事は自分たちだけで完遂すべきではないでしょうか? 本来こうした危険業務に携わる必要のない、しかもまだ高校生の彼に――」

「言っていることはわかるし、それは俺も同じ気持ちだ、老藤三等海曹」

「なら!」

「だが、現実問題として今日本に水中で十分な活動経験があり、プレイヤーとしてのレベルも信頼出来るのは鏡月くんしかいないのだ。もちろん、彼に全て押し付けるわけではない。鏡月くんの送ってくれた情報を元に、後詰めとして我々が他のメンバーと共にダンジョンへ侵攻。入口付近で拠点を用意し、換えの酸素ボンベなどの備蓄を運び込んで拠点とする。ある意味、鏡月くんの生命線は俺たちだ。民間人の人命を守るため、老藤三等海曹にも協力してもらいたい」

「……了解しました」

 

 敬礼をして、老藤さんが一歩下がる。

 俺が乗る水上自衛隊の船以外にも、水上警察に海上保安庁の船と、バックアップのために大勢の大人たちが動いてくれている。

 俺みたいな子供に任せる申し訳なさと、しかし現実問題として、今打てる最善手がこれしかないということで、皆自分たちが今出来ることを全てやろうという気迫が伝わってくる。

 

 ……俺も、出来ることを全てやらないと。

 

「でも、どうして皆さんはそんなに簡単に、俺がレベル63だって信じてくれたんですか?」

「鏡月さんは二日前、東京の訓練所を利用されましたよね? その際着用されていた訓練服とドローンの映像から、レベル60を越えた実力をお持ちであるというデータが取得出来ております」

「あれ、そういう情報も取ってたんですね」

 

 明福さんの言葉に関心しながら、俺は頭につけたライトとカメラの位置を調節する。これで俺が見た映像は、全て他の人達にも共有されることになっていた。映像はAIで解析され、現場の状況をより正確に理解できる仕組みになっているのだという。

 次にイヤホンを付けて、音が聞こえるかを確認する。こいつで明福さんからナビゲートをしてもらうのだ。

 今回はフルフェイスマスクを使うので、俺も声を出して明福さんと会話することが出来る。

 背負った酸素ボンベが使えるかなどを確認し、『俊敏な服』などのアイテムも着込むと、いよいよ俺は新木場ゲートに向かうこととなった。

 

 ◇◇◇

 

 新木場の海は、予想通り鴻田井島の海よりも濁っていた。

 北から東京湾へ流れる荒川付近に新木場は位置しており、水流もそこそこある。

 そんな海の底へ、自分の体を魚のようにうねらせて、俺は潜っていった。

 

 しかし、少し経って俺は前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか、一瞬わからなくなる。

 新木場ゲートが海の底に空けた穴がでかすぎて、距離感が狂ったのだ。

 水深計を確認することで、ようやく俺はちゃんと潜れていることが確認できた。

 

 更に潜って、水深五十三メートルに到達。

 海の底に到達したはずなのに、俺の眼前には黒曜石よりも黒い、全く歪みがない、ただただ漆黒で真っ平らな面が存在していた。

 

 ……ここが、新木場ダンジョンへの入口か。

 

『新木場ゲート前に到着したのを確認。鏡月さん、侵攻をお願いします』

「わかりました」

 

 一瞬の浮遊感を得た後、視界が暗転した。

 

 島の海底ダンジョンで慣れ親しんだ感触に、俺は自分がダンジョンの中に入ったのだと実感する。

 そして、ダンジョンの中でも海底ダンジョンにいる時と全く同じ状態だと気づいた。

 

「新木場ダンジョンの入口は、まだ海が続いています」

『ありがとうございます。カメラからの映像でも、鏡月さんが水中にいることが確認できました。非常に有益な情報です。もう少し周りを見渡して頂けませんでしょうか?』

 

 その言葉通りに首を動かして、俺はすぐに回避運動をとる。

 俺の目の前に、ヘリコプターが現れたのだ。

 

 海に沈んだヘリコプターは、ダンジョンの中で水に流されて辺りを漂っている。

 それも一機だけでなく、複数のひしゃげたヘリコプターの姿があった。

 

 ダンジョンに飲み込まれた時に、壊れたのだろう。

 プロペラが粉砕したもの、機体が真ん中からへし折れたもの、窓ガラスが粉々になったものと、損傷の具合は様々だ。

 

 更に底を見ると、管制塔を含めた建物が、水の中に沈んでいた。

 海底都市、という単語が脳裏に浮かぶが、ゲームのような華やかさはない。

 あるのはただただ静寂と、そして海の冷たさだけだった。

 

 ……ゲートの大きさから想像してたけど、海底ダンジョンより新木場ダンジョンの方が圧倒的に広いな。

 

 その時、俺は危機感を感じて『収納ボックス』から『クリエラム』で買い漁ったアイテムを取り出す。

『氷爆槍』と名付けられたそれを構えたその場所に、何かが猛スピードでぶつかってきた。

 先程のヘリポートの残骸のように、ただ流されてきただけではない。

 

 明確な意志を、殺意を持って、そいつは俺にぶつかってきた。

 

 ……新木場ダンジョンに生息する、モンスターかっ!

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