15
「おらおら! もっとスピード出さんかいっ!」
「無茶言うな! これが限界だ!」
月明かりに照らされる中、俺は後ろに琥珀を乗せて水上バイクを走らせていた。
琥珀には、今まで黙っていたことを全て話した。
海底ダンジョンを見つけたことも、プレイヤーとして活動していたことも。
レベルを上げてアイテムを回収し、それを売って風呂のリフォーム資金なんかを捻出していたことも。
東京に行った目的が『収納ボックス』を受け取りに行くことだったことも。
そして今の俺が、プレイヤーとしてはもうプロプレイヤークラスのレベルに達していることも。
そのせいで二美先輩や、天真に転校することを進められたことも。
「やっぱり、東京には行かせるべきじゃなかったわね」
「……すまん。今のところ危険はないが、今後の展開次第ではおじさんおばさんだけじゃなく、お前にも迷惑を――」
「二美先輩。たった一日で下の名前を呼び合うような関係になるなんて」
「ねぇ、そこなの? 今までの話聞いて最初に気にするところそこ?」
きっと、琥珀も俺に気を使ってくれているのだろう。
天真の話を聞いて、自分だけじゃなくおじさんやおばさんに迫る危機に鈍感でいつづけられるようなやつじゃない。
わざとふざけた感じで場を和ませてくれたのだろう。
……本当に、俺は色々甘えてばっかだな。
「ねぇ? その、海底ダンジョン。私も連れていきなさいよ」
「……いいけど、今から出ると夕方になっち――」
「夜でもいいから連れていきなさい!」
そんな流れで今俺は、晩飯を食べた後に琥珀を海底ダンジョンへ連れて行っているところだ。
「いやぁ、正一とバイクに乗るの久々な気がするー」
「……まぁ、ここ最近はずっと一人で海底ダンジョンに潜ってたからな」
「そうだぞー。幼馴染ほっぽりだして、一人ダンジョンに夢中になってるから、変な女が寄ってくるのよ。気をつけなさい」
「いや、お前がいる時点で手遅れ――」
「なんだとぅ!」
琥珀が思いっきり俺に抱きついてきて、ハンドルが変な方向に曲る。
慌ててハンドルを切るが、ふざけたように琥珀はぎゅうぎゅう体を押し付けてきた。
「おい! 胸! 胸当たってるから! 背中でむぎゅむぎゅなってるぞ!」
「別にいいでしょ? 減るもんじゃあるまいし」
「それお前側が言うセリフだったけ?」
「あははははははっ!」
何が面白いのかわからないが、俺の幼馴染はご満悦らしい。
なら、もうこのまま目的地に向かってしまう。
エンジンをふかして、俺は水上バイクを走らせた。
◇◇◇
「おい、ちゃんとスノーケル水抜きしたか?」
「したわよ。正一こそマスクにちゃんと曇り止め塗った?」
「……あ」
「全く。ほら、貸して。やってあげるから」
海底ダンジョンの真上。その海面で俺たちは、二人で海の中に揺蕩っている。
水上バイクを海底ダンジョンの座標まで持ってきたところで、琥珀がダンジョンを見てみたいと言い出したのだ。
だが、水上バイクに二人分の酸素ボンベはない。
そこで妥協案として、シュノーケリングをやることとなったのだ。
「それじゃあ、準備はいい? っていうか、なんで私が仕切ってるの? あんたいつも潜ってるんでしょ?」
「シュノーケリングじゃねーからな。っていうか、いつも一人だから二人いるとリズムが狂う」
「まーた適当言って。ほら、ライト照らして。私先潜るから」
言われた通り、俺はゴーグルを水面に付けて海底ダンジョンの入口、ゲートをライトを照らす。
一見すると、本当にただ海の底にぽつ、と空いた穴にしか見えない。
でもあれがダンジョンという、俺たちが生活している場所とは全く違う場所につながっている入口なのだ。
……あ、馬鹿っ!
気づくと琥珀が、海底のゲートに向けて泳ぎ始めている。
持ってきているシュノーケリングの道具ではそこまで到達できないとわかっているのに、俺は焦って彼女の後を追った。
久々に幼馴染と一緒に泳いだ海は、俺が照らすライト以外の光がない、墨をこれでもかと流し込んだかのように真っ黒だ。
その漆黒を切り裂くように、俺のライトが海の底へと進んでいく。
琥珀はその唯一の光と戯れるように、まるで人魚のように海の底へと泳いでいった。
……本当に、泳ぐの上手いよな、こいつ。
だが、やがて息が続かないと観念したのだろう。
キリの良いところまで泳いで、琥珀が海面へ向かい始めた。
俺も、幼馴染の後を追う。
そして俺たちは水面を割って、酸素のある空間へと躍り出た。
二人分の水柱が上がり、それが海面を叩く音と、荒い二人の息遣いだけが聞こえる。
空には月と星が輝いていて、見えるのは俺たちが乗ってきた水上バイクだけだ。
この世にいるのが、俺たち二人だけなのではないかと錯覚した。
そしてそれぐらい世の中がシンプルだったらずっといいのにと、そんな今時の子供でもしない妄想を脳裏に思い浮かべる。
「私ね、正一」
やがて呼吸を整えた琥珀が、海に身を任せるように揺蕩いながら、言葉を紡いだ。
「私、重い女だけど、あんたのお荷物になるつもりはないから」
それは、一つの宣言でもあり、誓でもあり、そして、約束のような言葉だった。
俺は、どうしようもなく笑ってしまう。
「お前が幼馴染で、本当によかったよ」
「今更気づいたの? 私は生まれた時からそう思ってたわよ」
それから少し二人で泳いで、家に帰った。
シャワーを浴びて歯を磨いて。
久々に、二人一緒に爆睡した。