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 突然の第三者の登場に、俺だけでなく天真も無言になる。

 船上にぜぇはぁ、と琥珀の荒い呼吸が響き、幼馴染は額の汗を拭った。

 その耳には、何もついていない。

 

「ちょっと、正一! 今の話、どういうこと?」

「いやいやこっちがどういうことだよ! おばさんに運ぶように頼まれたカバンの中に、ずっといたの? お前? 脱水症状で死ぬぞ? スポーツ飲料水飲むよな?」

「はぁ? そんなの正一指名の予約の電話が、女の時点で警戒するに決まってるでしょうが! あ、ドリンクありがとう」

「うふふっ、仲がよろしいのですね~」

 

 ヤバい。謎のプレイヤーに謎の幼馴染が揃って、謎が謎に謎を呼んでいる状態だ。

 

 とりあえず本気で琥珀が危ないので、皆日陰に入って飲み物を飲んでいる。

 天真から話を聞いていた琥珀は、ペットボトルを豪快に飲みつつ、口を開いた。

 

「それじゃあ天真さんは、東京で緑旗のダンジョン攻略部の部長と戦って、勝った正一の動画を見てここまで来た、ってこと?」

「正確には、それだけでは正一さんの正体までは追えませんでした~。ですが~SNSにお二人がお買い物をされている写真がアップされてまして~。竹芝から船に乗ったというのはわかったので~、後は地図アプリとかで鴻田井島の道路風景の画像を、手当たり次第にAIで調べさせたんです~」

「はえ~、そんな事出来るんだ。それがあれば、東京に行った正一の同行も追えたのかな?」

「ですが~、SNSの画像も動画もすぐに削除申請で消されちゃいますから~。SNSクローリング出来るリソースがないと中々厳しいですねぇ~、この方法は~」

 

 二人は普通に話しているが、昨日琥珀が俺をガン詰めした画像を元に、天真は俺が鴻田井島にいたことを突き止めたらしい。

 他にも写真の被写体のガラスに反射した建物から位置情報を特定したりと、中々ヤバいSNSストーキングの方法が語られている。

 

「それで~、いかがでしょうか~? うちの高校のダンジョン攻略部に所属して頂けるのでしたら~、金額上限なしでお迎えさせて頂きますよ~。動画を拝見させていただく限り~、あの福塚二美をあっさり倒されてますし~」

「……悪いけど、そういう話は断っているんだ」

 

 二美先輩にも伝えたが、俺の答えは変わらない。

 

「俺の気質に、あってないんだよ。皆で競うように攻略するのって。自分のペースで、ゆるゆるやっていく方が、俺の性に合っている」

「ええ~、そ~なんですかぁ~。あ、連絡先だけは交換させてください~」

 

 全然残念そうに見えない天真を怪訝に思いつつ、とりあえず連絡先だけなら、とメッセージアプリの宛先を交換する。

 交換しながらも、俺にはもっと訝しんでいることがあった。

 

 ……琥珀が、俺がプレイヤーだったことに触れてこない。

 

 ぶっちゃけ、めっちゃ怖い。過去一の怖さだ。

 嵐の前の静けさというか、地球滅亡する前ってこんなに静かなんですね? みたいな、そんな感じ。

 

 ……いや、あれは、何かを考え込んでいるのか?

 

 口数少なくなり、ペットボトルでちびちび水分補給をしている琥珀をチラ見していると、天真がにこやかに笑いかけてくる。

 

「でも~、お考えも変わるかもしれませんし~、私、まだ二、三日は鴻田井島で泊まる予定なので~、お心変わりをなさったタイミングで、いつでもご連絡くださいませ~」

「……これも二美先輩に言ったけど、心変わりするのが一年とか二年かかったら、どうするんだ?」

「いいえ~、結構すぐだと思いますよ~? 正一さんの心変わり~」

 

 その言葉に、俺はギョッとする。

 

「随分、断言するんだな」

「だって~、正一さん、お優しい方ですから~」

 

 意味が、わからない。

 優しいと、すぐに心変わりするのだろうか?

 

 その疑問が顔に出ていたのか、うふふっ、と天真は笑う。

 

「だって正一さん、色んな方のお心を気にされてたりするじゃないですか~? ご自分がプレイヤーだと周りにおっしゃっていないようなのも、大事な方に心配をかけたくないからですよね~? でも~、も~あなたが凄いっていうのは~、SNSでバレちゃったんですよ~? そして正一さんの居場所は~、高校生の私たちでも簡単に見つけれちゃうんですよ~? だったらこの先、他の高校からも私みたいに、この島に押しかけてくる人がいないとは、限りませんよねぇ~? 気づいていらっしゃらないんですか? お自分の影響力を~」

 

 天真の言葉に、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 その理由を説明するかのように、天真が言葉を紡ぐ。

 

「高校のスカウトだけで、正一さんはてんてこ舞いです~。でも、スカウトはそれだけじゃないですよね~? 大学、企業、色んな組織が、あの福塚二美をあっさり倒したあなたを欲しがりますよ~。沢山、た~くさん、この島に人が訪れて~、あなたの周りをウロウロします~。あなたの故郷を、大切な人が暮らす、この島を~」

 

 天真の言った光景が、俺の脳裏に再生される。

 大量の人々が、この島に押し寄せる。一時的にこの島は潤うだろうが、俺を手に入れれないとわかった組織は、何をしでかすのかわからない。

 なにせ、高校生ですら、ぽん、と一億円を動かせる世界なのだ。

 

 そんなやつらが、四十物家にもし目をつけたら、どうなるだろう?

 ダイビングの予約は大量の空予約が入れられ、普通の観光客の足は遠のく。

 暴力の気配が家の辺りを漂うようになり、最後にそれが手を出すのは、一人娘の――

 

「私なら~、守って差し上げられますよ~」

 

 それは、もはや悪魔からの囁き以外に感じられなかった。

 でも俺は、その誘惑に抗う。

 

「お前も、同じ穴の狢だろ?」

「いえいえそんな~。そもそも、色んな組織から目をつけられる前に、どこかに決めちゃえばそれで解決なわけですよ~。だってもう所属先は決まってるわけですし~、手は出せないじゃないですか~」

「それなら、二美先輩の緑旗だって同じだろ?」

「福塚二美が、私のしたような指摘を出来ましたか~? 結局あの人が見ているのは理想論で、お姉ちゃん追いかけてるだけなんですよ~。それはそれで私は美しいと思いますけど~、それで正一さんの問題は解決出来ないじゃないですか~」

 

 その言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 

「だったら、高校生のお前だって出来る範囲は限られてるだろ? 同じ理屈で結局で高校卒業後の進路とか、その辺りをがんじがらめにされるんだ。一介のダンジョン攻略部の部長なら、やれることはたかが知れている」

「はえ~? 何か、勘違いされてませんか~? 私、聖イクノクスのダンジョン攻略部の部長じゃないですよ~?」

「……は? それだったら、俺をお前の学校に転校させれる権利なんて持ってねーだろ」

「ありますよ~。部長じゃなくても、部員でパトロンですから~。聖イクノクスは、ただの投資先の一つですねぇ。私、プレイヤーを支援・投資しているイナイワタキャピタルの会長の一人娘なんです~。投資先には、『泥沼』と『福音』が含まれていると言えば、わかりやすいでしょうか~」

「『十人の到達者』の内、二人を支援している、だと? マジかよ!」

 

 それだけで、もはや天真が違う次元で話をしているのだとわかる。

 天真は、出会った時と同じ笑顔を浮かべる。

 

「だから、『私』なら守って差し上げる、と申し上げたんですよ~。ど~ですか~? 手を組むの(投資する)なら、緑旗(福塚二美)より、聖イクノクス(私)じゃないですかぁ~?」

「……ってことは、あんたは何が何でも投資先の聖イクノクスが都大会で負けるのは困る、ってことか。ん? 待てよ? だったら最悪、俺が緑旗に入らない確約が取れれば、お前はひとまず引き上げるのか? それで聖イクノクスが優勝出来る確率が上がるんだから」

 

 そう言うと、天真はそこで出会って初めて、感情らしい感情を浮かべる。

 それは、愉悦だった。

 両手をパチパチ叩きながら、彼女は俺のことを舐めるよに見つめてくる。

 

「はい~、よく出来ました~。そ~なんですよ。リスクとリターン、それが重要なんですね~。ん~、これは嬉しい誤算ですねぇ~。プレイヤーとして以外にも、投資家としての才能もありそうですぅ~。ど~ですかぁ~? ちょっと、本気で私と組んでみません~。将来の私の右腕として、手取り足取り優し~くイロイロ教えて差し上げますよ~」

「……なんとなくあんたがどんな人間なのかわかってきたが、勘弁してくれよ」

 

 そう言うと天真は、笑いながら俺から距離を取る。

 

「まぁ、ひとまず、今日のところはこれで帰ります~。正一さんも、最低限の妥協ラインはご認識頂けたようですし~」

 

 そう言われて、俺は船を島に戻す。

 桟橋につくと、天真は何事もなかったかのように、『それではごきげんよ~』なんて手を振って帰っていった。

 

 ……しかし、『収納ボックス』を受け取りにいっただけで、ヤバいやつに目をつけられちまったな。

 

 ひとまず、天真は俺が二美先輩と協力関係にならなければ、変なことはしてこなさそう、ということがわかっただけで良かった。

 変に揉めると、確実におじさんたちに迷惑になる。特に、琥珀にだけ――

 

「痛って! 急に蹴るなよ、琥珀!」

「……蹴られるような真似したのは、あんたでしょ?」

「……………………すまん」

 

 そう言うと琥珀は、何かをこらえるように空を見上げた。

 そして何かを飲み込むように、視線を下げて、俺の目を見る。

 

「ちゃんと、話してくれるんでしょうね?」

「……ああ、もちろんだ。船の荷物戻し終えたらぐらいに、俺の部屋に来てくれ」

「わかった」

 

 いよいよ俺も、覚悟を決めるときが来たようだ。

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