13
その日、俺とおじさんは朝から中々に忙しく働いていた。
元々予約が入っていた観光客に加え、更に急に女性から電話がかかってきて、追加で別の観光客の予約が入ったのだ。
それも不思議な予約の取り方で、追加の方はどういうわけだか、船長は俺をご指名らしい。
「大丈夫か? 正一。ちゃんと一人で出来るか? ライフジャケットもったか? 信号紅炎は? 船灯はちゃんとつくか確認したか? ラジオの電池もまだ大丈夫か確認せんといかんぞ?」
「親子だなぁ、やっぱり」
おじさんは先に予約が入っていた観光客を乗せなければならないので、追加の客は俺だけの対応になる。
免許を取ってから何度も小型船舶は運転しているし、一人でも運転しているのだが、客を乗せるのは初めてだ。
そのため、おじさんが琥珀並みに心配してくれる。
「大丈夫よ、あんた。正一ならそつなくこなすわよ。初めてのおつかいじゃあるまいし」
「でも、初仕事にゃ変わらんだろ?」
「大丈夫大丈夫。あ、そのカバンも船に運んどいてちょうだいな。琥珀からそう言伝頼まれてたのよ。日陰の方にお願いね」
「琥珀から? まぁ、いいですけど」
何の荷物なのかわからないが、俺はおばさんに言われた通り、運転する船の日陰になりそうな場所へそのカバンを運ぶ。
やがておじさんが乗せるお客さんがやってきて、その船の出発準備を手伝い、それを見送った。
……そういえば、琥珀の姿が見えないな。
「すみませ~ん。急遽予約させていただいたものなんですけど~」
幼馴染の姿を探そうとしたところで、追加で予約を受けた客の名前が聞こえてきた。
迎えに行くと、そこには一人の少女の姿が見える。
手ぶらの彼女は、俺とそこまで年は変わらなさそうだ。
ふんわりとした印象の女の子が、こちらに向かって頭を下げる。
「本日は、よろしくお願いします~。あ~、私、天真 アカネ(てんしん あかね)と申します~」
「今日運転を担当させていただく、鏡月と言います。よろしくお願いします。あの、四名様とうかがっていたのですが、他の方は?」
「あ~、そういう話になっているんですか~」
「え?」
「いえ~、こちらの話です~。実は他の方は、風邪でこられなくなっちゃったんですよ~」
今の会話に疑問を持ちつつも、それよりも俺はマズい事態になった、と思った。
ダイビングの当日キャンセルは、全額料金をもらうことになっている。
急病などどうしても仕方がない用事というものはあるが、こちらも商売だ。
準備や手間もあるし、予約の調節も行っている。
……多いんだよなぁ。キャンセル料踏み倒そうとする人。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
相手が女の子であっても、ここはしっかりとした対応をしなければ、おじさんにも顔向けできなくなってしまう。
「申し訳ありませんが、当日キャンセルですと四名様分の――」
「あぁ、大丈夫ですよ~。全額お支払いしますから~」
そう言って女の子は財布を取り出し、確かに四名分のお金を支払った。
「あ、ありがとう、ございます」
「あの~、他の三人はいないんですけど~、船、出してもらうことって出来ますか~? せっかくなんで、周る予定だったところを、海の上からでも見てみたいなぁ~って思いまして~」
「……はぁ、それは構いませんが。ダイビングは、どうされますか?」
「はい~。一人ですし、残念ですがやめておこうと思います~。着替えるのも、大変ですし~」
そう言って天真さんは、両手で自分の体を抱く。
するとどことは言えないが、そのどこかが凄いことになっていた。
……マジか。この人、ひょっとして、琥珀のよりも――
「あの~、ど~されましたか~?」
「あ、いや、何でもないです! 出発する時間はどうしましょう? 元々の出発だと、あと十五分ほど経ってからの出発になりますが」
「できれば、前倒しさせてもらえませんか~? 今からの方が嬉しいです~。時間も節約できますし~」
「わかりました。それでは、行きましょうか」
天真さんと一緒に乗り込んで、俺は船を動かし始めた。
海には潜らないと言うので、気持ちはかなり楽だ。
時間と座標、そして燃料さえ抑えておけば、帰れなくなるということもない。
船が当初予定していたダイビングスポットへ移動するまで、天真さんとの会話はなかった。
初対面の挨拶移行、こちらが何を話しても、『そうなんですね~』『ほへ~』『わぁ、すご~い』ぐらいしか返って来なくなったのだ。
……まぁ、一緒に来るはずだった人が来られなくなっちゃったのは、ショックだよな。
観光でこの島に来ているということは、一緒に来たのは家族か仲の良い友達か。
少なくとも、俺なんかと二人っきりは想定していなかっただろう。
……でも、待てよ? 確か、予約で俺を指名したんだよな?
「そういえば~、正一さんは高校一年生なんですか~?」
疑問に思ったタイミングで、天真さんが話しかけてくる。
俺はひとまず、船のエンジンを切った。
「そうですよ。高一です。天真さんも、高校生ですか?」
「はい~。高二です~。でも正一さん、凄いですねぇ~。学校にも通いながら、観光案内のお仕事もされてるなんて~」
「まぁ、今は夏休みですから。ところで、天真さんは今日の何時頃に鴻田井島へ到着したんですか?」
「八時、ちょっと過ぎですかね~」
そのセリフを聞いて、俺はアンカーを海底に落とす。
天真さんの方を振り向きながら、俺は彼女を睨んだ。
「あんたも、プレイヤーなのか?」
だがその言葉を聞いても、彼女は朗らかに笑うだけだ。
「何をおっしゃってるんですか~? 私は――」
「その話し方が地なのか演技なのかはわからないが、時間の無駄だからやめようぜ? そういう腹のさぐりあい」
そう言った俺に、天真さんは相変わらずの笑みで口を開いた。
「いやですね~、演技じゃありませんよ~? でも、どこでバレたんですか~? 私がプレイヤーだって~」
「この島に到着する船は、どんなに波の影響があっても午前六時ぐらいなんだ。少なくとも、八時じゃ無理。一つの方法を除いてな」
それは、ヘリコプターだ。
この島は飛行機は降りれないが、ヘリポートは存在している。
「そんな自由にヘリ飛ばせるなんて、そういう金を動かせるやつだけだろ? 俺に声をかけにきたのは、この前二美先輩と対戦したプレイヤーだからか?」
「よくわかりましたね~。いつから気づいてたんですかぁ~?」
「……変だな、って思ったのは、手ぶらでうちの船に乗りに来たとこからだ。波で濡れるかも知れないのに、普通の観光客がタオル一枚も持ってこないなんてありえんだろ。それに、俺は苗字しか名乗っていないのにお前は俺を『正一さん』と名前で呼んだ。そして俺の仕事が観光案内のお仕事『も』してるって知ってるのなら、別の仕事で収入があることを知ってないと、あんな発言出来ない」
そう言うと、俺より一つ年上の少女は、出会った時から全く変わらない優雅さで笑った。
「では~、改めまして、自己紹介を~。聖イクノクス高等学校二年の~、天真アカネと申します~。所属は~、ダンジョン攻略部。この度~、プレイヤーの正一さんを~ヘッドハンティングしに参りました~」
その言葉に、俺が身構えていると――
「えええぇぇぇえええっ! 正一、プレイヤーになってたのぉぉぉおおおっ!」
カバンの中から、汗だくの琥珀が飛び出してきた。