12
無事、東京から戻ってきた。
琥珀はやたらと俺の体をベタベタ触りながら心配をしていたが、早くお土産、二美先輩に選んでもらった美味しそうなクッキーだ、を受け取りたいおばさんに強制退去。
それを横目に、『クリエラム』に出店していたアイテムが売れていたのでそれを郵便で送った。
それが終わると、俺はおじさんの手伝いに向かう。
夏休みなので島へ訪れる観光客も増え、ダイビングをしたいという需要も増えているのだ。
……ちょっと島を出てたし、しっかりおじさんの仕事手伝わないと。
今日の予約を全てさばき終えて、おじさんが俺にねぎらいの言葉をかけてくれた。
「おつかれさん。それじゃあ、後は片付けやって飯にしようか」
「いいよ。船の片付けとか俺やっとく。東京行ってて、その間手伝えなかったし」
「そうか? 悪いな」
夕日を背に家に帰るおじさんを見送って、俺は桟橋の下、海底へと泳いでいく。
そこには俺が海底ダンジョンから回収したアイテムと、『クリエラム』で買ったアイテムがそこにあるのだ。
砂をかけて移動しないようにしていたそれらを、俺は次々に『収納ボックス』へと入れていく。
このアイテムのいいところは、収納出来るのがアイテムだけなので、海の中でも海水まで一緒に取り込まないのが素晴らしい。
……もう海底ダンジョンに潜る時に持っていくのは、網じゃなくてこいつだけでいいな。
ダンジョンで見つけたアイテムも、回収した瞬間収納してしまえる。
これで作業効率も格段に上がるだろう。
全てのアイテムを収納し終えて、俺は浮上。桟橋へ戻り、頭を振って髪についた海水を飛ばす。
さて、船の道具を片付けな――
「なに、してたの?」
振り向くとそこには、琥珀の姿があった。
だが幼馴染の表情は、夕日と逆光になっていて、うかがい知ることが出来ない。
まだ蒸し暑い夕暮れだというのに、それらを全て凍てつかせるように、琥珀は冷たい言葉を吐く。
「東京で、なにしてたの?」
なんだか、琥珀の様子がおかしい。
『収納ボックス』を後ろ手でダイビングスーツのポケットに仕舞いつつ、俺は口を開く。
「何って、だから、フリマ系のサイトで落札したものを受け取りに――」
「嘘、だよね?」
そう言って琥珀は、俺にスマホの画面を見せつける。
そこに表示されていたのは――
「誰? この女」
そこに映っていたのは、二美先輩と一緒にお土産を探している俺の姿だった。
その写真はどう見ても、ウィンドウショッピングを楽しんでいるようにしか見えない。
……なんで一般人の俺の写真撮られてるの怖っ! いや、違うか。ダンジョン攻略部で有名な二美先輩を撮ったら、俺も一緒に入っちまったのか。
ひょっとしたら、二美先輩が男(俺)と一緒にいたから、わざわざ撮影したのかもしれない。
今なら、先輩がこうした人たちをめちゃめちゃ毛嫌いしていた理由がわかる。
こんなのやられたら、一生物のトラウマものだ。
そして現在、俺の目の前に今晩夢に出そうなほどトラウマものの表情を浮かべた、琥珀の姿がある。
「え? なんで? 女でしょ? 女なんでしょ? これ? ねぇ、正一。一緒いるの。女だよね? ねぇ? なんで? だから位置情報私と共有したくなかったの? ねぇ? やっぱり私に知れたくなかったの? ねぇ? ホテルはホテルでも違うホテル行ったの? ねぇ、正一。言ったじゃん、私。ダメだよ、って。ねぇ、言ったよね? 私。女と話しちゃダメ、って。死ぬよ? って。私に殺されるから。ねぇ? なんでこんなに仲良さそうなの? いつから? いつから連絡取ってた? マッチングアプリか? いいね押したんか? 押したんだな? 押したんだろ! 答えろや、おい!」
スマホの角で喉仏を執拗に狙う琥珀の攻撃を、ボクシングのウィービングの要領で避けながら、俺はどうにか反論を口にする。
「何勝手に決めつけてんだよ! マッチングアプリなんてやってねーわ!」
「だったらなんでダンジョン攻略部の部長と会ってんだてめー!」
……なんで先輩の素性バレてんの? SNS怖すぎんだろ!
ついにスマホの角が俺の眼球を狙い始めたので、喋る余裕がなくなった。
そんな俺の逃げ場をなくすよう、琥珀は桟橋の足場をステップしながら口を開く。
「言ったよね? 私、言ったよね? 私の同じクラスに、『高校のダンジョン攻略部オタク』がいる、って。その子がさっき送ってくれたの。そして教えてくれたんだよ。これに映ってるの、緑旗のダンジョン攻略部の部長だよ、って。一緒に写ってるの、琥珀の旦那さんじゃない? って」
「いや誰がだ――」
「口答えするな!」
……うおっ! こいつ、ついに膝裏狙ってローキックして俺の足潰して機動力削りに来たぞ、マジ怖ぇって!
危なかった。それこそ、二美先輩との対人戦を経験していなかったら、間合いを完全に見誤っていただろう。
一旦距離を取る俺に対して、琥珀は俺の水上バイクを繋いでいたロープを手にする。
「おい、バイク流されたらどうするつもりなんだよ!」
「大丈夫。すぐつなぐから。お前にな」
鎖鎌みたいにロープを回しながら、じわじわと琥珀が俺に近づいてくる。
「綺麗な人だよね? こういう人がタイプだったの? なんで? なんでよ? 言ってくれたらこっちもやりようあったじゃん。ずるいじゃん、言わないの。言わずにマッチングアプリで女探さないでよ」
「だからマッチングアプリなんか――」
「だったら出会わないでしょ! プレイヤーじゃない正一が、ダンジョン攻略部の部長なんかと!」
……なるほど。確かに、琥珀目線だとそうなるか。
琥珀は、俺がプレイヤーだとは知らない。
だからプレイヤーと俺の接点があるとは、とても思えないのだろう。
しかし、実際はバッチリ接点はある。
……でも、どうする? まさかこんな状況になるとは思っていなかったから、言い訳なんて考えてなかったぞ。
『クリエラム』での売買で沢山荷物が届いたり送ったりする理由は考えていたが、そもそも俺だって東京に向かう前は別の高校に所属するダンジョン攻略部の部長と会うだなんて想定していなかった。
結局俺は、琥珀に素直に話すことにした。
「色々偶然が重なっただけだよ。フリマ系のサイトで落札したものを受け取りに行く、って言っただろ? その相手が、たまたまその人だったんだよ」
「はぁ? どんな確率だよ! ガチャの成功率より低いでしょうがっ!」
そのツッコミは的を得すぎているのだが、実際その確率を引いてしまったのだから仕方がない。
どうしたものか、と思っていると、先程のこちらを射殺さんばかりの勢いは鳴りを潜め、琥珀は両目いっぱいに涙を溜めていた。
「……もう、いいよ。そんな適当なこと言って、どうせ誤魔化そうとしてるんでしょ? 正一はもう、私に本当のこと、話してくれるつもりないんでしょ?」
「いや、嘘はついてないぞ」
「なら、どうしてこの人とウィンドウショッピングしてるの? 落札した商品を受け取ったら、もう一緒にいる必要、ないじゃんか……」
「話の流れで、お土産買うの手伝ってくれる、って話になって」
「あのクッキー、こんなおしゃれな場所に売ってたの?」
「いや、そっちのお土産じゃない。お前に別で買ったお土産だよ」
これも、嘘ではない。
実際、俺の部屋に琥珀用のお土産が置いてある。
指輪をねだられていたが、全くメイカーを決めない幼馴染のために、二美先輩と一緒に選んでいたのだ。
……先輩に、島にいる幼馴染へのお土産も選ぶのお願いしたら、一瞬すっごい無表情になったんだけど、なんだったんだ? あれ。
まぁ、今はそれよりも琥珀だ。
俺の言葉を聞いた琥珀は、見るからに狼狽していた。
「え? 嘘、だよ。だって、ないじゃん。正一がそういうこと、してくれたこと、ないじゃんか」
「あれだけ東京行きの船に乗るの引き止めておいて、よく言うよ。どうせ帰ってきたら色々言われるんだろうと思って、買ってきたんだ」
「………………ふん! そんな、私をチョロい女だと思わないでよね! お菓子一つで全部許すなだなんて――」
「イヤリングなんだけど」
「DOKONIOITEARU?」
「俺の部屋」
「ばっ! ばっか、何やってんの正一! こんなところで突っ立ってないで、早く行くわよっ!」
「いや、でもまだおやじさんの仕事の手伝いが、船の荷物とかあるし」
琥珀が手伝ってくれて秒で終わった。
そして今、俺の部屋に琥珀とやってきている。
部屋の外では、やかましくセミが鳴いていた。
太陽はもう沈み、夜の時間になりそうでならない、部屋の明かりをつけるかつけないかで迷う、そんな時間帯だった。
「ほらほら、早く早く! 早く付けてよ、正一!」
「本当に俺でいいのか? 人にイヤリングつけたことねーんだけど」
そう言って箱から取り出したのは、黄色っぽい石がはめられたイヤリングだ。
恐らく石はガラスかなにかで作られているんだろうけれど、宝石の琥珀の色に近かったので、これにした。
「いいの! それがいいんだよ、正一! 痛くなってもいいから、早く来て!」
「来てって言われてもな」
俺が買ってきたのはネジ式のもので、その名の通りネジを回して耳たぶにイヤリングを固定するものだ。
イヤリングを取って、俺の勉強机の椅子に座る琥珀の隣に立つ。
ネジを回して、耳たぶよりも広めにイヤリングを開いた。
そしてそれを、琥珀の耳たぶに差し込んだ。
「んふふっ。冷たくて、くすぐったい」
「動くな。やりづらい」
「はーい」
右側をつけおわり、今度は左側だ。
左の耳たぶにイヤリングを差し込むと、いよいよ辺りが暗くなってきた。
部屋の明かりをつけた方がいいかと思うものの、俺はそのままネジを回し切る。
「痛くないか?」
「ん。大丈夫」
「つけ心地は?」
「くるしゅーない」
「そいつはよかった」
鏡で位置なんかを確認したいかと思い、明かりをつけようとする。
が、それよりも前に、琥珀が部屋の扉を開けていた。
「え? ここで確認しないの?」
「……だって、恥ずかしいから」
「今更?」
「だって、今、絶対過去一、顔真っ赤だもん! 恥ずかしいっ!」
そう言い終える前に、琥珀は部屋を出ていった。
部屋の電気をつけるタイミングをなくして、俺はその場で少し固まる。
……本当に、何考えてるかわからんな。
そう思ういながらも、俺は琥珀の後を追うように部屋を出る。
せっかく買ってきたのだから、付けてくれた姿は俺も見たい。
そうして、今日という日は終わりを迎えていく。
そして当然、今日が終わって昨日になり、明日が今日としてやってくる。
昨日になった今日の一日を見ていてわかってくれたと思うが、やっぱり俺にはSNSのアカウントを開設する時間はなかった。
だから、やっぱり気づかなかったのだ。
削除された動画に興味を持った東京のとある高校の学生が、今まさにこの島に向かっているということに。