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「正一くんにも、メリットはあると思うよ? 部活に入ればアイテムだって部員と共有出来るし、もちろん報酬も出るわ。プレイヤーとして必要なダンジョンの情報だって別の国の姉妹校から、それこそ国外のものも入ってくる。将来、高校を卒業してから本格的にプレイヤーとして活動するにしても、緑旗でつながった人たちとの人脈は貴重な財産になるわ。うちのOBOGは、プロプレイヤーも多いし。まぁ、こういう事言うと、また学校マウントって言われちゃうかもしれないけど」
「いや、流石に今はそういう事いいませんよ」
二美先輩の気質も、もうわかっている。
最初はあれだったけれど、訓練所ではよくしてくれたし、今俺を勧誘しているのだって、本気で俺の事を考えて、本音で俺のためを思って言ってくれているのだろう。
そして先輩の話は、俺としても悪い話ではない。
レベルは確かにプロプレイヤーぐらいあるのかもしれないけれど、最近ではレベルアップの速度も頭打ちになってきた。
これからはランクの高いダンジョンの攻略と、それにあわせたアイテム収集が求められるだろう。
でも――
「すみません、先輩。俺は、そっちにはいけません」
「どうして? まだ謝り足りなかったら――」
「いえ、違うんです。そうじゃないんです。先輩には、本当にちゃんと謝ってもらいましたし、そこはもう気にしてません」
そう言うと二美先輩は、何かに気づいたように、ハッとした表情を浮かべる。
「あ、そうよね。鴻田井島に、大切な人もいるでしょうし」
「? まぁ、いるといえば、いますけど」
そう言うと、先輩は僅かにショックを受けたように口をつぐんだ。
「そ、っか。そう、だよね。もう、高校生なら、いても、おかしくないよね」
「高校生? あんまりそこは関係ないと思いますけど」
「え! 中学生で、もう? で、でも、早い人は小学生からいるって聞くし」
「いや、生まれた時からいるって言ってもおかしくないと思いますけど」
「うま! え? 島に住んでる人って、そうなの? 皆そんなに早いの?」
……なんだか、話が噛み合っていない気がする。
「大切な人なら、家族とかいるでしょ。両親とか」
「………………あ! あぁそーいう? だ、だよねー! なんか、途中から変だなー? って思ってたんだけど、カフェだと変に決めつけちゃったからあんまり言わないようにしてたんだよね! なーんだ、そっかそっか。確かに、私もお姉ちゃん大切だし、それなら確かに生まれた時にはいるもんね! 大切な人! 家族とかっ!」
「まぁ、俺の両親は二人とももう死んでるんですけどね」
「……この会話の流れで地雷ぶっ込んでくるのやめてくれない? 流石に私も避けようがないよ!」
「大丈夫ですよ。その辺りも気にしてないんで」
ホッとしたように吐息を漏らす先輩を見ながら、俺は口を開いた。
「二美先輩の話を断ったのは、単に俺の気質にあってないな、って思ったからです」
「気質?」
「ええ。島で育ったからなのか、わからないんですけど。やっぱり、自分のペースでゆるゆる攻略するのがあってるのかな? って」
確かに先輩が語っていたように、未知の光景を見てみたい、誰も攻略したことのないダンジョンを踏破したい、という欲求は、確かに俺の中にある。
……でも、せかせか急がされるようにやるのは、ちょっと違う気がするんだよなぁ。
「レベルも上げて、お金も稼ぎたい。でも、俺は生きていたいんです。自分の人生を楽しむために、その要素の一つとしてダンジョン攻略がある、っていうのが俺の中のプレイヤーとしての位置づけなんで」
訓練所で先輩と戦っている時、俺はウォーウルフを倒した時のことを思い出していた。
命をかけた戦いの記憶。相手の命を、奪った記憶だ。
あの時の感触は、中々消えてくれなかった。
その理由は、きっと――
……なりたく、なかったからだ。奪われる側に。
俺がこれほどレベル上げとアイテム回収に夢中になれたのは、最初に潜ったのがあの海底ダンジョンだったからだ。
必ず勝てる。負けない。死なない。
だから、安心して俺はダンジョンに潜ることが出来た。
安心して、夢中になることが出来たんだ。
「弱虫だとか、根性なしだとか言われても、別に構いません。多くは語れませんが、俺は今まで本当の意味で命をかけて戦ってきたことって、なかったんだと思います。そりゃモンスターは死にたくないでしょうから、必死に暴れますよ。でも、俺が本当に死にゆくモンスターみたいな必死さで戦っていたかって言われると、自信がないんです。だから、俺は俺のペースで、一歩ずつ前に進んでいきたいんですよ」
そう言うと、先輩は優しげに笑って、首を振る。
「正一くんを否定なんて、しないわ。言ったでしょ? 私も偉そうなこといったけど、潜ったことがあるのは結局ランクEの『無限湧き』だけ。部活だから万が一に備えて指導教官もいるし、大きな怪我をすることも少ないもの。でも、だからこそ、私はお姉ちゃんの隣に立ちたいの。自分の力だけで立つ、あの人と並び立ちたいの」
そう言った二美先輩の眼は、燃えていた。
強い意志に照らされるように、彼女の瞳が輝く。
俺はそれを、美しいと思った。
「いいと思いますよ、先輩のその考え方」
「ありがとう。私も、いいと思うわ。正一くんの考え方。ちょっと、どころではないぐらい、残念だけど」
そう言って俺たちは、食べ終えたゴミを片付ける。
「でも心変わりするかもしれないし、そうなったらいつでも連絡を頂戴。すぐに迎えに行くから」
「心変わりするのが一年後で、先輩は卒業しているかもしれませんよ」
「だったら大学の部活に仮入部か、もしくは企業のアルバイトとして一緒にダンジョン攻略をすればいいわね」
「……以外に学年というか、世代関係ないですね、プレイヤーって」
「そうよ。だから一応、正一くんもSNSのプレイヤーアカウント開設しておいたほうがいいわ。そっちでつながる人脈もあるし、活動報告をしていたらパーティーへの参加のお誘いとかもあったりするわよ。ソロ同士で集まって国が開放している『無限湧き』に挑むとか、企業案件として報酬つきでダンジョン潜ったりとか。企業や国からのシークレット案件で『ワンショット』に入れる、なんて噂も定期的に立つわね。他にも『クリエラム』に掲載してないアイテムの売買とかトレードもあるし」
「マジっすか!」
それは知らなかった。
情報収集含めて色々後回しにしてきたけれど、今回先輩と出会ったのをきっかけに、もう少しプレイヤーとしてそういう活動を始めてもいいかもしれない。
「でも、閲覧数稼ぎの変なアカウントには気をつけなさい。私にもいるけど、勝手に動画撮影されてアップされたりするし。そういうのに限って何も知らないアンチが湧いて勝手に騒いで決めつけてくるのよね、マジでむかつく。ああ、他にもプレイヤーを名乗っていながら、グラビアっぽい写真だけ載せてる『プレイヤーもどき』とかね。ちょっと見れば背景は絶対ダンジョンじゃなくてスタジオだし、そのくせ持ってるアイテムはレアもの多いし加工バリバリだし胸強調しすぎだし、マジで全員毛穴という毛穴から紫色のヘドロが溢れ出して死ぬ奇病にかからないかしら。正一くんもそう思うでしょ?」
でしょ? って言われてもこんな会話、『まーあーんーあーえーそういう人もいるんっすねぇ』以外どうやって返せと?
……二美先輩がカフェで嘘ついたり『プレイヤーもどき』に対するヘイトがすごかったの、そういう背景もあんのかなぁ。
「それで? 正一くんはもうそろそろ船の時間なのかしら?」
「いえ、もうちょいありますね。お土産も買っていきたいんで、ちょうどいい時間です」
本当は、まだ結構船が出るまでは余裕がある。
しかしそれを言えば無限に愚痴を聞かされそうなので、どうにかここで会話を切り上げようと思ったのだ。
「そっか。それじゃあ私が、最近人気のあるお土産用のお菓子を売っているお店を教えてあげよう」
「え、マジっすか?」
「都外の高校のダンジョン攻略部と試合もするからね。東京に来てくれた子たちには、好評なところばかりだよ」
この提案は、正直かなり良い意味で想定外だった。
おばさんへのお土産を忘れたら、どんな目に合うかわからない。
「ありがとうございます! マジで助かります!」
「それじゃあ、行きましょうか」
「……え?」
席を立った二美先輩が、ジト目で俺を見てくる。
「何よ。情報だけ引き抜いてポイ捨てする気?」
「言い方に悪意しかないですね」
「冗談よ。ほら、行きましょう」
そう言う先輩の手に引かれて、俺はファーストフード店を後にする。
そして結局、俺は先輩に船の時間ギリギリまで色んなところを連れ回されてた。
島につくのは朝六時を少し過ぎるぐらいなので、もう船に乗ったらすぐ眠りにつくだろう。
思いがけず初の対人戦も経験したし、体力の限界だった。
だから、俺がプレイヤー用のアカウントをSNSに開設するのは、もう少しあとになることになった。
だから、気づかなかったのだ。
俺と二美先輩が一緒にいた様子に、訓練所の動画が、どこかの誰かに撮られていたことに。
そしてそれがSNSにアップされ、すぐに削除申請が出されて削除されたものの、ダンジョン攻略部界隈が大いにざわついたことに。
そして。
それに反応した数あるアカウントの内、ダンジョン攻略部を持つ、東京のとある高校の学生が含まれていることに。